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10話「アレンの気持ち」


 

 暗闇の中からの覚醒は、頭痛を伴う酷いものだった。


 まるで酷い二日酔いのような感覚が頭を襲う。右に左へ揺さぶるような痛みは長く続いた。眉間を指で抑えながら定晴は鉛のように重い体を上げる。


「……」


 ボヤける視界で把握できたのは、自分がベットの上で寝かされているということだった。白い服装に着替えさせられて、まるで入院した気分であった。


 そして、隣に座る人物を見据えた。


「……おはよう」


 銀色の騎士。騎神アレンである。


 








 彼女は何も言わなかった。ただ、ベット横にあるイスに座りながら佇み視線を定晴に向けたままだ。


 日はすでに沈み、暗闇。ベットの近くに置かれたランタンからの灯りが2人を照らしていた。


 何か言えよ、と定晴は思う。視線を泳がせて、俯くアレンは話をしなければ、かと言って隣においてある申し訳程度の見舞い品である林檎を剥く様子も見せない。


(ボコった相手に対して見舞いに来れば気まずくもなるか……)


 結果的に見て、定晴は床に倒れアレンはこうしてピンピンしている。自分がどういう状態であるのかは、分からないが全身に痛みがあるだけで体の節々がまったく動かせないわけではない。


 骨は折れていないようではある。それが唯一の幸いか。


(……俺だって話づらいわ……)


 自分をボコった相手に対してどう話せば良いかなんて、経験したこともない。ましてや、殺す勢いであった人である。


 俺どう?全身打撲?全治一週間?


 聞けるか。


「……はぁ」


 ため息を1つ吐いてみれば、大袈裟にもアレンが体を震わせた。ビクリと小さな振動を見せてチラチラとこちらを見る。


 どうやら定晴の1つ1つの動作に怯えている様子で、何処か小動物を連想させるような驚き方を見せた。


 殺気を全身に纏い、殺すような勢いで槍を振るう騎神の姿は何処かへ消えてしまったようだ。あまりに違うギャップを感じて思わず顔が引き攣った。


「悪かったよ」


 だから、定晴は頭を下げた。謝罪の言葉と共に下げた頭を上げると、アレンが戸惑いの表情を浮かべている。


「悪かった。調子に乗りすぎた。今なら分かる。力に酔ってた」

「あ、謝るのは私の方だ!すまなかった。私もやり過ぎてしまった。お前を――本気で殺すような勢いで……」


 今、冷静に振り返ってみて。定晴が己の力に過信してしまったいた事に気がついた。それが果たして必ずしも悪いことなのか、と問われればそうではないだろうが、それでも、自分のちからに酔って過信すればいつか戦場で痛い目にあう。現にアレンと闘って痛い目にあったのだから。


 これが本物であれば今頃胴体が吹き飛んでいる筈である。


「でも、あれは俺に“分からせるため”だったんだろう?ちょっと、心が折れそうになったけど、これが本番じゃなくてよかったって思える――」

「違う、違うんだ……私は……!」


 しかし、それだけが理由ではない。


 確かに、定晴に対して“少しばかり”のお灸を据えるつもりだった。でも、だからと言ってアレだけの気迫を見せたのは別の理由があった。


 アレほどに感情的になってしまう程に。


 やるせない。自分に怒りを感じた。魔法による強化がうまくいっていなければ定晴は間違いなく死んでいた。仲間を死なせるばかりか、自分の主を悲しませる事になってしまう。


 騎士として失格になるばかりか、人としても失格になる所だった。


「……少し、聞いてくれるか」


 だから、何処かその罪の言い訳をするようにアレンは語った。


 己が騎士になる前の過去である。






 アレンは生まれながら騎士になることを約束されたと言わしめる程の才能の持ち主だった。


 これが、王であったなら覇王と並ぶ力を持っただろうと、言われることもあった。それほどまでにアレンは凄まじい力を持っていたのだ。

 

 そして、彼女の姉もまたその才を持ち力を持っていた。


 辺境の地の村でひっそりと暮らしていたが、遠征中だったシキと出会いその才を見ぬいたシキがすぐに騎士として迎え入れた。


 2人は喜び、そして王の元で騎士見習いとして働く。


 日々成長し、さらに力を身につける彼女たちは、他の騎士を圧倒的に上回る程の成長スピードをみせて、気がつけば他国に噂が広がるような力をつけるようになった。


 だが、成人を迎える1年前に悲劇が起こる。


 アレンの姉が他界したのだ。


「姉上は強かった。私なんか霞むくらい強かった。……でも、死んだ」

 

 絞りだす声は震えていた。今でも覚えている。あらゆる数の暴力。そして、圧倒的な強さをみせる騎士という存在。


 姉は、力を振るうことがいったいどれほどのものか、知らなかったのだ。


 力を持つもの同士の戦いが才だけで決まるものではないと、知らなかったのだ。


 己が一番だと疑って奢った結果だった。


「騎士となり、初めての戦で姉は死んだ」

「……蛇国か」

「あぁ。決して強くはない、相手だった。私が勝てたのだ。姉が負ける筈がなかった」


 騎士との戦闘中。燐がうまく作動せずに、隙が出来た。ミス、というよりかは力の過信。


 その過信が命取りだった。


 燐が発動しなかった驚きによる硬直は、騎士が相手であるならば致命傷。遺言も残さずして首を撥ねられた。


 アレンの目の前で。


「何故、燐が発動しなかったのか。今でもわからない。でも、確かに姉は自分に酔っていた」


 そして、アレン自身もだ。


「私は、ただ運がよかったのだ。自分が強く、敵などいない。そう思える力があったから。そして、それに気がついたのは姉が死んだ時だった」


 だから、姉の変わりにここにいる。


「もしかしたら、あそこで首を撥ねられたのは私の方だったかもしれない」


 涙が溢れてしまった。母も父ももういない。病気で早くになくしてから身内は姉一人。たったひとりの家族は礎となって死んだ。


「姉は……っ!あそこで死ぬような人ではなかった!私よりも強く!賢く!代わりに私が死ねばよかったと、何度も!何度も何度も何度も……!」


 でも、今ここに生きているのはアレンだ。


 姉ではない。居ないことを、振り返っても仕方がないのだとシキに諭された。


「許してくれ……!私は、過去の自分を見ているようで、自分の情けない姿を、姉の面影をお前に感じて――!」


 だからこそ、怒りにまかせて定晴を傷めつけた。おおよそ、仲間に向けるような刃ではない。例えそれが訓練の1つでも、戦場のなんたるかを分からせるような事でも。


 それすら全てを忘れて、気がつけば殺していた。


 最後の交わりの一撃。シキが止めなければ、アレンは確実に定晴を殺していた。必殺の一撃を叩き込む筈だったのだ。


 刃が潰れていても、風を刃に変えて、燐を叩き込むつもりだった。


「――あぁ、俺は大馬鹿だ」


 定晴は天井を仰いだ。


 騎士といえども、こんなにもただ、一人の女性である。泣き顔を見せまいと俯きながら両手で抑える彼女を見て果たして騎神といえようか。


 そして、こんな女の子を泣かせて定晴は果たして騎士といえようか。


 叩かれていい。拒絶されるのも承知で定晴は思わずアレンの肩を抱いた。そうした事が当たり前のように感じたのだ。


「ありがとう」


 慰めるつもりも、気を使うつもりもない。ただ、ただ感謝の言葉を素直に心から述べた。


「謝らなくていい。泣く必要もないって。むしろ謝るのは俺の方だ。力に溺れていた。酔っていたんだ。初めて手にした力だった。自分が強いって思ってた。でも、間違いだったんだ」


 それに、彼女はまさに体を張って気づかせてくれた。例え、それがただの怒りであろうとも、殺すつもりだったにせよ。結果的に死んでもいないし、幸い大事に至ることもなかった。



「ごめん。ありがとう。月並みな言葉しかいえないくて、気もつかえない男だけどさ。お前が謝る必要なんて何処にもないんだ。ただ、胸を張って。お前は間違ってるって、そういえばいいんだ」


 そして、姉の死が決して無駄ではないことを。


 確かに、家族が死ねば悲しい。定晴も異世界に来てもう恐らくは家族と会うことはない。実質生き別れだ。でも、異世界に来てしまったことはしょうがないし、過去に戻れるわけではない。


 死んでしまったら、もうどうしようもない。


 だけど、定晴はアレンではないから。それを言える義理はない。家族を失った気持ちは家族にしかわからないから。


 だから定晴はこんな言葉しかいえない。


 ごめん。ありがとう、と。


 暫く続くアレンの泣き声。


 男とか、女とか。多分そんなものは関係なくて、ただ一人の人間として悲しい時は悲しいし、苛立つ時は苛立つのだ。そして、それを支えてあげるのもまた、人間なのだ。


 だからこそうして、定晴は彼女が落ち着くまで傍にいるのだ。





遅くなってすまそ☆

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