1話「異世界」
※6月11日文の改正及び誤字脱字の確認を行います。
目が覚めたら異世界だった。そんな馬鹿げた話を誰が信じるだろうか。
生まれ育った国ですらまともに出たことがないのに、ほんのひと時の間に世界すら越えてしまったらしい。そんな非現実的な現実を定晴は目の当たりにしていた。
目の前に広がる大合戦。数多に響く金属の打ち合い、擦った金属音が痛く耳に広がる。微かに鼻孔をくすぐる鉄の匂い。生臭く奥に残る匂いは紛れもない血の匂いだ。
これが自分の生まれ育った日本の何処かだというのなら、それこそ現実ではない何かだろう。鉄の鎧を着た人間がぶつかり相手の生命を奪い取るという行為。これが日本で行われているとするなら、それはそれで問題である。
そう、確実といえるほどにこの眼前に広がる戦いは現実であり、ちょっとした瞬間に違う世界――異世界に来てしまった。
相良定晴、20歳。冴えない日本大学生。今日から異世界デビューしたようです。
相良定晴は大学生であった。
1995年生まれ。実家は農家、両親は普通の会社員。お見合い結婚によって定晴が生まれた。特に不孝なこともなく、平凡に、幸せに生まれた彼。特別なにかの才能を持っているわけでもない。普通に生活して、普通に友達と遊んで将来は適当に会社員でもやればいいや、という程度の認識で将来を見る彼。
そんな定晴の人生を変えた出来事は、大学の帰り道で起きた。5月20日の出来事である。
その日は地元から電車で通う大学の帰り、事故の影響でいつも使っている道路が閉鎖されたために道を迂回して帰路についていた。
毎週木曜日は6限まで授業をとっていたので、夜も遅い時間帯だったのを記憶している。迂回した道はひと通りがなく、薄気味悪かったために日が暗いうちはあまり通りたくない場所だった。しかしながら、ここ以外でさらに迂回すると完全な遠回りになってしまう。その日は講義も多く、酷く疲れていたので迂回する程の気力は定晴にはなかった。だから、その道を選んだ。
それが、いけなかったのだろう。
その道の途中。突如として、視野が暗転したのだ。
特別何かしたわけでもなく、自然に、呼吸をするよう視界が暗くなった。そればかりか体が突如浮くような感覚に襲われた。
怖かった。何も見えない。虚空の中にいるという感覚が肌を通して伝わってくる。経験のある人であるのならば、宇宙――無重力の中にいるようだと感じるだろう。だが、定晴は普通の大学生。歴史の学びを専行する文系の彼にとって、無重力というのがどういう状態であるのかなんて理解るはずがない。
突如に訪れた虚空に無重力。足は地に付かず、視野もない。音も聞こえない。人間の五感の2つを奪われた彼が冷静にいられるわけがなかった。
手足を必死に動かし、なんとか地に着こうと努力する。
だが、唐突な出来事に抗う事もできずに彼は『落ちた』。
無重力の状態から一気に下へ。
怖い、恐ろしい。下へ下へと落下する自分の体はどうなってしまうのだろうか。そんな不安が彼を支配し、落下の中で震えた。
おそらくは、一瞬。だが、落下する時間を長く感じる時間が過ぎる。
「……っ!痛っ!」
そうして、盛大な尻餅をついて、彼はこの世界にやってきたのだ。
目の前で行われる喧騒を、定晴は呆然と立ち尽くして見るしか他ならなかった。どうすることができようか。現実味のない光景が広がり、だがそれが夢でないことが体の感覚、音。血の香りを通して知らしめてくれる。
――俺は、どうしてまったのだろうか。
定晴はこう考える。何か、悪い事をしたから神様が天罰をくれたのだろうか。何かした覚えなんてないけどな。
ふと、ポケットの中に手を入れてみれば中から長方形の箱が出てきた。白い銘柄の煙草である。
あぁ、高校の時に吸ったからかな。
一度だけであるが、高校生の時に煙草を吸ったことがある。なんてこない、興味心からくるものだった。
何をしても平凡な彼が非凡な事に手をだしてみたかった。当時はひどく不味くて以降20になるまで吸うことはなかったが、その時の罰だろうか。
未成年者は煙草を吸ってはいけませんよ、という神からの。
「――馬鹿らしい」
背負った鞄からライターを取り出して煙草に火をつける。地べたに腰を下ろして完全の戦を見下ろした。
珍しい地形のようで、定晴がいる位置は丁度高い崖のような形になっている。目の前は荒野とも草原ともいえる広い場所でそこをよく見渡せた。
紫煙を吐きながら定晴は目の前の光景――この状況を冷静に見ることにした。
第一に、ここは異世界である。
間違いない。ここが日本であるのならば相当可笑しい。そして、時代逆行の可能性はないかとも考える。あの鎧といい、中世ヨーロッパのようだ。時代を遡りヨーロッパにきてしまったのではないだろうか、と。
第二に、今現在の定晴の状況が危うい可能性があるということ。
戦争が行われる世界、または時代だとして定晴は何も持っていない。一緒に落ちてきた鞄の中身は大学で使ったノートと筆箱。それとに携帯電話と充電器。
携帯は電車の中で散々つかったせいかもうバッテリーが残り少ない。こんな時にもスマートフォンの燃費の悪さを呪った。電源はきっておこう。何かにつかえそうだ。
第三に、元に帰れるかどうか。
正直、考えたくもないのだが一番望みが薄い気がする。おそらくは、帰ることは叶わぬことになるかもしれない。
定晴自身、ライトノベルから孫子の本まで、広く読む。唯一金をかけている部分だけであって、一時期図書館。なんて言われたほどだ。
本の虫であった彼だがこういった異世界トリップものも読んだことがある。面白さはさておき、どの作品であっても2通りに別れる。
帰れるか、帰れないか。
何かの目的があって、呼ばれるパターンであれば帰れる可能性がある。元の世界へと帰ることを目標とした主人公も多い。だが、その場合は正式に召喚されただの、間違って召喚しただの、異世界に来た際に説明を行う人物がいる。大抵は素敵美少女でありヒロインでもあるのだが、定晴を迎え入れてくれたのは素敵な地面と草木である。
となれば、突如穴が開いて異世界にきたパターン。
異世界に落とされ、苦悩しながら様々な人物と出会い、自分の才能を開花させて最後は異世界で幸せに暮すというパターン。
小説の中で得た無駄ともいえる知識の中で組み上げられたパターンの中では一番近いのは、後者のものである。勝手に落とされた帰れないパターンのほうだ。
「……」
紫煙を吐く。
冗談ではなかった。彼はもはや冷静に自分を分析するのが限界になりつつあった。
煙草のタールとニコチンで今の状況をごまかしてはいるが、頭が爆発しそうになる。
異世界に来るなら、前者が良かった。流れるように人生を生きてきた彼は自分から何かしようとしたことがない。前者であるのなら、大抵の事はやってくれそうだ。ましてや異世界のことでの知識を十分に説明してくれる。援助だってそうだ。住む場所、食事、生きていくだけなら苦労しない。
だが、現状は戦を眼前に周りは木。
美少女なヒロインなんてもってのほか、生きていくことすら怪しい。
「まじで、もうなんなのよ……」
思わず涙がこぼれ出た。
紫煙で目を痛めたわけではない、これからの不安に今の現状の嘆き、その他諸々。
家族を思い、今までの生活がまるで走馬灯のように流れこんでくる。
煙草が根本まで燃え尽き、火の粉が手元に落ちた。火傷による痛みに慌てて煙草を靴元で潰して携帯灰皿に入れる。
自然と2本目に手が伸びて辞めた。
一月にこれだけ吸ったら吸わない、と自分に決めて煙草の費用を抑えていた定晴はポケットの中にあるのを含めて3箱しかない。内、1箱は半分は消えている。
元々、月1箱も吸わない定晴。煙草はイライラした時や、何か考える時に使っていた。無意識にまるでお菓子のように吸うような煙草の付き合いはしていない。脳を落ち着かさる、または働かせる時に使っているのだ。
もっとも、煙草自体は体に悪いものだし、脳にも悪影響があるのは確かだ。煙草を吸えば苛立ちを抑えることも、考えをまとめる効果もない。ただの思い込みである。
定晴はそっと立ち上がった。
なんにせよ、行動しなければならない。この世界、もしくは時代は戦争が行われる。平和ではない。命がより一層危険であることは間違いない。不安を胸に抱きながら、とりあえずここを離れなければならない。
「大丈夫、大丈夫だ」
呟く。己への自己暗示。泣き喚きたくなるのを抑える。動機が激しい。
異世界に来たのなら――それが自分だけであるのなら、自分は主人公だ。
定晴は深く深呼吸した。
主人公は死なない。きっとご都合主義で生きていけるだろう。定晴は気持ちを改めて出来るだけ前向きな姿勢を保つように心がけた。
歩みを進めて戦を背を向ける。崖であるためか、歩く道は緩やかな坂道になっている。最初落ちた場所であろう所を通りぬけ、下る。
水もある、食料もある。コンビニで買ったものだが2日くらい、うまく配分すればなんとかもつだろう。
まずは街だ。なんとか生きていける手段を探すのだ。
歩みは遅い、何度か止まりそうになる。その場に座り込んで一生を終えたくなる。
いけないと思いつつも、考られるのは最悪のケース。
言葉は通じるか。文化は?人間はいるのか?奴隷商人に捕まったら?
自然と息が荒くなる。過呼吸のような感覚である。酸素が不足して意識が朦朧としてきた。これではいけない。
時折立ち止まり、深呼吸を繰り返しながら幾つか歩いた。
時間がやけに長く感じるが実際に歩けた距離は1キロ程度。そこまで歩いて周りに違和感を感じた。
明らかに、木々に混じって甲高い音が聞こえるのだ。
それを感じ取れるまでに時間を有した。それが金属が擦れる音、そしてそれに混じるモノが人の声らしきものだとわかったときにはもう遅かった。
「な、何者だ!」
甲高い声。声色に怯えが見られる。どうやら女性のようであるが、馬に乗って鎧を身に着けている。剣を身につけている。銀色に輝いていたであろう鎧は赤い血と土に汚れて輝きを失っていた。
当たり前であるが定晴は馬に乗った鎧の騎士を間近で見たことがない。初めて見たものであるが、その威圧感に思わず股間が竦みあがった。もはや失禁すらできないほどである。
「あ……あああ」
声が出なかった。声が喉の奥で詰まる。嫌な汗が滝のように流れた。
思う。ここで、何か言葉にすれば、変わっただろうか。
ここで違う、俺はただの一般人だと叫べば救われただろうか。
そんな事を思いながら。
「殺せ!敵兵の偵察に違いない」
ドン、という衝撃の後、定晴は自分の胸辺りに熱さを感じながら仰向けに倒れた。何が起こったかわからなかったため、定晴は視線を落として違和感を感じ取った場所を見た。
なるほど、と思わず思ってしまう。
自分の胸辺り。正確には水月あたりから血が噴き出ている。再び視線を上げれば相手の剣がどす黒く染まっていた。
あぁ、俺は死んだのだ。あっけなく、刺されたのだ。
視野が暗くなる。どこかで感じたことがある。
――あぁ、そうだ。ここにきたときもそうだった。
訪れる虚無感に恐怖心が再び蘇る。本当の暗黒が視野を徐々に埋めていった。
体が先ほどとは逆に急激に冷たくなるのを感じとった。それがたまらなく怖くなって、定晴は自然と口を開き、言葉にしていた。
「生きたい……」
薄れゆく意識の中で考える。
何も知らずに落とされて、このまま死んでいくのか。それは嫌だ。こんな俺を、神様は我儘だと笑うのか。
――巫山戯るな……!
心の奥底で叫んだ。普段何気なく、平和に暮らしてきた定晴は自身が死に近くなることで、心の中の欲望が忠実に現れた。死にそうになって、初めて自分のやりたいことが一気に浮かんできた。過去の走馬灯ではなく、未来の理想図のようなものが脳裏に焼き付く。やりたいこと、これからの想像。それは、女の子とイチャイチャすることだったり、美味しいものを食ったり、自分自身が強い力をもつことだったり。
未来図、というよりは妄想というのが正しいかもしれない。そんな彼の妄想はやがて消え失せる。自分の意志とは逆に瞼が小さく閉じようとしていた。
やがて、定晴は。
その深い闇の中へ意識を委ねることになった。
「やぁ、おめでとう。どうなるか心配したけど、なんとかやっていけそうだね。ご苦労様」
労いの言葉を掛けられて、定晴はうんざりしたような気分になった。人生の中で今日という日が一番忙しい。目まぐるしい世界の移動、というやつだろうか。目を閉じて開ければ常に違う場所だ。この場所も先ほどの木で囲まれた場所とは違う。
定晴を刺した兵士も、戦場の喧騒すら聞こえない。
白い壁の部屋。中央にはポツンと一つ椅子が置かれており、それを独占するのは声をかけてきた子供である。
お前は誰だ――?
そう訪ねようとして、違和感。この姿を何処かでみた事がある気がした。
「……俺?」
怪訝そうに呟くと、子供は笑った。
「あぁ、この姿?別になんでもいいんだけどね、君の子供の頃の姿を取らせてもらってるだけ。安心して」
果たして、一体何をもって安心すれば良いのだろうか。定晴は一度深く息を吸って天井を見た。
そして考える。
「……とりあえず、説明してくれるのか?」
苦しく、詰まらせるように出した言葉に子供は首を傾げた。短時間の間に色々ありすぎた。異世界に来たと思ったら、刺されて、今度は別の場所だ。
対話はできる、言葉が通じるというのなら何か聞くべきだ。そして、不思議空間の中で定晴は、子供の頃の定晴を「借りた」と表現する目の前のこいつは、小説でいう『説明キャラ』的なボジションなのではないだろうかとも考えた。
「何を?」
笑って子供は返事を返した。
「っざけんじゃねぇぞ!全部だ!」
からかっているとしか考えれない。唾を飛ばして定晴は憤怒する。
「あの世界の事も!ここの事も!全部だよ!お前か!こんな目に俺を合わせたのはお前なのか!」
「質問が多いなぁ、一度で全部は答えれないよ」
「……!」
もはや、言葉はいらなかった。視界が狭くなって、血が沸騰するように煮えたぎる。歯を強く噛み締めて定晴は腕を振り上げて掴みかかった。
「おっと、落ち着きなよ」
――“縛”。
そんな言葉が聞こえたと思うと、次の瞬間には体の自由が奪われていた。両手が体にピタリとくっつき、「気を付け」の状態で地面に横たわった。
「まぁ、とりあえず、説明するからさ。座りなよ」
地面に思い切り側面から倒れたのに痛くない。何かが可笑しいことに気がついて、定晴の頭の熱が引いていく。
「思っている通りだと思うよ。ここは一種の夢の中さ」
「……夢?」
「そう、オレが相良定晴の夢の中に干渉して、対話しているだけ」
そう言うと、指をパチンと鳴らした。縛り付けていた何かが崩れる。
「ちょっとは落ち着いた?」
「……」
その質問に対しては返事はしなかった。どうにもこいつは嫌いだ。初対面であるけれども、純粋にそう思えた。
「とりあえず、こっちが思っている以上に君は色々と大変なようだからね、説明するためにわざわざ夢の中まできたってわけさ」
「夢の中で会うのが嫌なら、直接くればいいだろ!」
それは落ちた時に、色々助けてくれてもよかった。という意味合いも含めての言葉だった。夢の中で説明するのではなく、直接、異世界に定晴が来た時に。
「それは悪いけど、無理な話かな。オレは動けない状況だからさ。だからこそ、こうして夢の中まできてるわけ。これ、結構大変なんだよ?
「……」
「まぁ、とりあえず。説明を始めよう。長く居過ぎるとオレも危ないからさ」
「……なら、俺の質問に答えてほしい」
定晴は少し考えた後にそう言葉にした。相手からの説明だけで自分が納得できる答えが少なくなるかもしれないからだ。
「いいよ、そっちのほうが楽そうだ。ただし、答えられない質問もあるから気をつけてね」
「……お前が俺をあそこに連れてきたのか?」
「うーん、半分はそうだね」
曖昧な答えだった。詳しく説明を求めるとすぐに答えが返ってくる。
この世界への扉をあの場所へ開けたのはこの子供だという(姿を借りたと言っていたので正確には子供ではないようだが)しかし、その扉に誰が入る、というのは特定していなかったようだ。つまり、開けた扉に偶然と入ったのが定晴ということだ。
「――例えば、それが人間以外だった場合でも扉によってここに来ることはあるのか?」
「ないね、人間の『男』以外は入れないはずだ」
――なぜ、男だけなのだけ?
その言葉に特別な意味を感じる。
「ふふ、男である必要については、後々わかるよ」
「あそこは一体どういう場所なんだ?」
「ここは、『アーク』と呼ばれる世界さ。君がいた平和の世界とは逆の、戦争が起こる異世界。その世界の内部事情に関して、詳しくじっくりと聞きたいのなら、君を拾った人物に話を聞くといい
「――拾った?」
定晴が首を傾げると、子供は呆れたように肩をすくめた。
「忘れているようだけど、君、刺されたんだよ?」
そうであった。
定晴はその事を思い出し、そっと手に胸を当てる。勿論、夢の中だというので傷はない。が、あの刺された感覚を思い出して思わず手が震える。
「まぁ、心配しないで、死んでないよ。死んだら夢なんて見ないし。ここが死後の世界なら別だけどね
拾ってくれた人が優しくてよかったね、と子供は笑った。
その態度に苛立ちを覚えつつも、自分の体がまだ生きていることに安堵を覚える。どうやら命を救ってくれた人がいるらしい。その人には礼をきちんと言おう。
「しかし、よく生きていたな俺。正直、治療どうこうで生きれるようなもんんじゃないと思うが」
「ふふ、君には奇跡の力がある。そのおかげさ」
「奇跡の力?」
「最初に言ったはずだよ『おめでとう』って。君は一度、死にかけた。あっさりと、呆気無くね。でも、そのおかけで早くその力に目覚める事ができた。君はこの世界の中でただ一人。本物の魔法を使うことができるようになったんだよ」
「ま、ほう……?」
「そう、それがオレのいう奇跡の力だよ」
魔法、とは。ファンタジー世界の中でよく飛び交う『アレ』を意味するのだろうか。呪文を唱えることによって手から火が出たり、傷を癒すことができたり。極めれば一騎当千の力を出すことができる、あの魔法だろうか。
定晴は手のひらを見つめた。
――俺が魔法使い?
「きっとこの世界を生きていく中でとても重要な能力になるだろうね。誰も使うことのできない特殊な力。この力をうまく扱えるかは君次第だ」
「一度――死にかけたから、俺は魔法の力を手に入れることができたのか?」
「そ、君は実に運がいいよ。なにせ、一番条件が厳しいからね。本来、異世界に渡ってきた人間はその過程の中であらゆる力の原石みたいなものを得るんだけど、それが覚醒する条件は個々によって違う。勿論、強弱違うのだけど」
「俺は魔法という能力を得た。その条件が『死にかける』こと?」
「そう、オレも初めての召喚だったし、先代たちの書籍によって得た知識だからね。一概には情報が正しいとはいえないから。あんましに気にしないでくれ」
ともかく、と子供は言葉をつないだ。
「君は魔法という力がある。それがどんなもので強力なのか、はたまた小さなモノなのか。詳しくは分からないがそれを使い、十分にこの世界で生きてくれたまえよー」
「ちょ、ちょっとまってくれ!」
定晴は声を荒げた。根本的な――大事な事をまだ聞いていない。
「俺は!俺は帰れるのか!?元に世界に、俺がいた――」
「無理だね。ごめんね。諦めて」
言葉を。定晴の声を遮って子供は笑った。
「は?」
力が一気に抜ける。まるで他人ごとのように、ちょっとした冗談の後に謝るような気軽さで子供はそう口にした。
相良定晴はもう元の世界には帰れない。
「……んで、なんで……」
小さく呟く。なぜなのか、何故自分は帰ることができないのか。友達にも、両親にも会うことはもう二度とないと、平然と子供は口にする。その重大さを軽く扱うこいつは何も分かっていないように感じられる。
「ま、この世界も悪くはないんじゃないかな?君が憧れるものもいっぱいあるし。君は力もある。よかったじゃないか、君は大好きな創作の中の主人公になれたんだ」
あぁ、本当にわかっていない。定晴は顔を俯き、その額に掌を当てた。
創作の中だからこそ、楽しいのだ。面白いのだ。他人からしてみれば、とんだ笑い話でも娯楽話であっても、その話の中心の当事者は一番辛い事があるのだと、この子供はわかっていないのだ。
「……――最後に、一つだけ質問がある」
「ん?何かな」
「お前は、あの世界にいるのか?存在しているのか?」
「そうだね、だからこそ、君を呼べたんだけど」
「では、お前は神か?」
質問が2つじゃないか、なんて子供は笑った。
「違うよ。きちんと空気を吸って吐いて生きている。ただ、人間ではないけどね」
「そうか、なら。俺はあの世界で一つ、目標を見つけた」
へぇ、それはなんだい?子供が訪ねてくる。
定晴はそっと目を閉じた。
夢の中で目を閉じるというのはおかしな話だが、こうして夢の中で対話ができている時点で可笑しいな話。自分の子供の頃の姿を借りたというこいつは一体誰なのか、何者なのか。そんなものはもうどうでもよくなった。
――帰れない?巫山戯るな。
その笑い声が神経を逆撫でる。どんなやつかも知らない奴に好き放題されて、言われて素直に聞いて黙っているほど、定晴は出来た人間ではない。そこまでされて笑顔でいれるのなら、そいつは人間じゃない。
怒りが静かに燃え上がる。定晴は、目を閉じたまま大きく口にした。それは確かな意志表示。己が異世界で生きていくための支えの一つにするつもりだ。
「お前に俺を落とした罪を償わせることだ」
――俺を連れてきたこいつをぶん殴ってシめる!
定晴の言葉に子供は立ち上がった。
そいつは、おもしろい。やってみせてよ。
最後にそんな笑い声が聞こえて定晴は光に包まれた。
6月11日 添削終了