よくあること。2話
弟は部屋に入るなり、兄貴を殴った。
「まだまだ若いな、おまえは。思春期か」
「腹が立って仕方ないんだ。俺は悪くない」
「良し悪しの区別がつかないようじゃ、犯罪者になりかねないな」
兄貴は頬を擦りながら弟を宥める。
「一体何がおまえを犯罪に駆り立てるんだ?」
「…フラれたんだ」
「八つ当たりか。困った弟だ」
「だって聞いてくれよ、兄貴。あの女は誰でもいいから恋人が欲しいといったんだ」
「その言葉を鵜呑みにして告白したのか。呆れるほど単純なやつだな」
「酷い女だ!嘘つきだ!ぺてん師だ!誰でもいいなら、俺だっていいじゃないか!女は酷いよ」
「その女が世の中の女の代表ではないのだから、女ならば全員酷いという早合点はするな。それに男だって同じセリフを口にするだろう」
「誰でもいいから恋人が欲しいって?」
「そうだ。しかしいざ告白してみると、断られる」
「酷い男だ」
「弟よ、この間おまえも誰でもいいと言ってたろう?」
「言った。けど俺は本当に誰でもいいんだ」
「思春期ではなく発情期だな。節操のない男は嫌われるぞ」
弟はますます不機嫌になる。
「どんな男でも受け入れられるから、誰でもいいというんだろう?」
「どんな男が好みなのか自分でも曖昧だから、誰でもいいと言うんだ」
「投げやりじゃないのか?」
「試験的なのだよ。言葉にできなくても、ある程度好みは決まっているから、誰でもいいと言いながら近寄って来る人を選別する」
「俺は本当に誰でもいい」
「おまえはただの発情期だ」
兄貴は弟にエロ本を投げつけた。
「おまえがもっと美男子で、財力があり、権力があり、名声があればその女もOKしたさ」
「俺はとても優しい男だ」
「その女は優しい男を求めてなかったか、おまえに何かの欠点を見い出し選別したんだ」
「俺の欠点?何が気に食わないんだ?」
「何かだ。要するにおまえはその女の好みのタイプではなかったからフラれたんだ」
弟は腕を組み、納得いかず唸る。
「おまえにも意識してなくとも好みがあるだろう。この人がいいと特定できなくとも、この人は恋人の対象にはならないと無意識に消去法で選んでるんじゃないのか?」
「うーん…」
「そういうある程度の好みの前提があっての『誰でもいい』なんだ。誰でもいいから恋人が欲しいという男女がお見合いしても、必ず成功するとは限らないということだ」
「…でも、中には成功する人もいるだろう?」
「好みの最低条件を互いにクリアしていれば成功するだろう」
「つまり、最低条件をクリアしている人なら誰でもいいと言ってるのか…」
「ただし、最低条件といっても多かったり、厳しかったりすると告白されてもフってしまうから、ほとんどの人がフラれることになる」
「ふうん。つまりあの女の理想が高過ぎるってこと?」
「おまえがフラれた可能性の1つだ。もう1つはおまえが、前提にある最低条件を無視して突っ走ったからだ」
「でも条件が低ければ俺でも成功したろう?」
「低いか高いか、告白する前に自分で見極める必要があるだろう。数打てば当たる戦法もいいが、成功率は低い」
「難しいよ」
「成功率を高くしたいなら、外見をよくするなり名声を得るなり、とにかく初対面でも気に入ってもらえる男になる努力をするんだな。あるいは地道にコツコツ、周りに自分の良さをアピールして反応を見ておけ」
いくらか落ち着いてきた弟。だが、まだ不貞腐れている。
「本当に誰でもいいから恋人が欲しい人いないかな?」
「おまえの場合、下半身の欲求をもてあましているだけだろう」
「本当に誰でもいいんだって…兄貴でも」
「発情期も末期だな。仕方ない、歯を食いしばれ」
兄貴は拳を握った。