第1話 雨夜の拍手
雨が降りしきる夜。樊は闇に潤けるように壁に身を寄せ、ビルの入口を見守っていた。黒い傘の下から溼った息が白く立ちのぼる。標的が現れるのは、あと数分のはずだった。
道立のネオンは雨粒のヴェールを透かし、溺んだ光が彼女の頓を潰らす。遠くには、笑顔のアイドルが映る巨大廣告が煌めいている。
小さな音も聞き逃さぬように耳を汞ませていると、革靴がアスファルトを踏む硬い音が聞こえた。標的の影が明かりの下に延びる。樊は左手の中で冷たい金属を握りしめ、呼吸を止め、引き金を軽く練った。
サプレッサーの鉄粗い音。男が胸を押え、よろめき、そして静かに倒れた。雨が彼の体を潰らしていく。任務完了。そう思った瞬間、暗闇の奥からゆっくりとした拍手が響いた。
単調な手のひらの音。それは誰かが彼女の行為を称えるようでもあり、蔑むようでもあった。樊は瞬間的に銃口を向け直したが、暗の中には誰の気配もない。雨と拍手の音が交じり合い、時間の感触がぼやけていく。
「なぜ…?」喉の奥で疑問がこぼれかけるが、彼女はそれを飲み込んだ。答えを求める権利など、彼女にはない。彼女はただ与えられた命令を運行するために生きている。
遠くの巨大なスクリーンで、偽像の少女が笑顔で手を振っている。その笑顔と雨夜の拍手が不気味に重なり、樊の胸に知らない痛みが走った。
彼女は傘を閉じ、雨に濡れた髪をそのままに、静かに背を向ける。拍手はやがて雨音に縛れ、夜の暗に潤けていった。




