「死者との冥婚」のために棺桶に入って嫁いだ私ですが、死体のはずの夫が毎晩「息を止めて」と耳元で囁く理由を知って、震えが止まりません。
※ホラー要素を含みます。苦手な方はご注意ください。
不気味な演出や緊迫した展開がありますが、バッドエンドではありません。
最後は必ず幸せになりますので、安心して適度なスリルをお楽しみください。
ガタ、ゴト、ガタ、ゴト。
体が揺れている。狭くて、暗くて、カビと線香の匂いが充満する箱の中。
私は知っている。これが嫁入り籠ではなく、葬儀に使われる棺桶であることを。そして、私が着せられているのが、婚礼の赤と葬儀の白が混じった、死者のための花嫁衣装であることを。
私の名前は麗華。貧しい農村の娘だ。
流行り病で傾いた実家を救うため、私は銀貨五十枚で売られた。買い手は、近隣一帯を支配する名家・沈家。
ただし、生きている人間の妻としてではない。
沈家には、若くして病死した長男・星雲がいるという。その彼があの世で寂しくないようにと、生きた娘を送り込む儀式――『冥婚』の供物として、私は選ばれたのだ。
「……着いたぞ。花嫁を下ろせ」
地面を擦るような低い声と共に、棺桶の蓋がギギギと開けられた。
眩しいはずの外の光は、分厚い雲に遮られて薄暗い。
目の前には、霧の中に聳え立つ巨大な屋敷があった。門には赤い提灯が揺れているが、明かりは灯っていない。まるで、巨大な獣が口を開けて獲物を待っているようだった。
「さあ、奥様。旦那様がお待ちです」
出迎えたのは、腰の曲がった老婆だった。
顔は白粉を塗りたくったように白く、頬だけが異常に赤い。彼女は私の手を取ったが、その手は乾いた古木のように軽く、そして冷たかった。
老婆の足元を見て、私は息を呑む。
彼女は、歩いていなかった。着物の裾を揺らすことなく、滑るように移動していたのだ。
屋敷の中は、窒息しそうなほどの静寂に包まれていた。
廊下の至る所に、結婚を祝う『囍』の文字が貼られている。だが、その紙は風もないのにカサカサと鳴り、まるで壁に張り付いた無数の虫のようにも見えた。
通されたのは、屋敷の奥にある寝室だった。
窓は全て板で打ち付けられ、昼間だというのに赤い蝋燭が揺らめいている。部屋の中央には、天蓋付きの大きな寝台。
そこは、新婚の甘い部屋というよりは、立派な霊廟だった。
「お食事をお持ちしました」
先ほどの老婆が、お盆を持って入ってきた。
置かれた器の中を見て、私は吐き気を催した。
泥のように濁った冷たいスープ。そして、炊かれていない生の米。
それは人間が食べるものではなく、仏壇に供えるための食事だ。
「……あ、あの。これを食べるのですか?」
「ヒヒ、ヒヒヒ……」
老婆は答えず、ただ喉の奥で嗤った。
その顔は笑っているのに、目は笑っていない。いや、瞬き一つしないその目は、まるでガラス玉か、あるいは絵筆で描かれたもののようだった。
老婆が下がった後、私は空腹を抱えながら膝を抱えた。
逃げ出したい。でも、外は高い塀に囲まれているし、この屋敷の広さは迷路のようだ。
何より、家の借金のために売られた私が逃げ帰れば、家族はどうなるかわからない。
夜が来た。
赤い蝋燭の芯が燃え尽きようとしていた時、重厚な扉が音もなく開いた。
現れたのは、一人の青年だった。
透き通るような肌に、切れ長の目。生前の姿を模しているのか、あるいは死体が腐敗していないのか、息を呑むほどに美しい。
彼こそが、私の夫となる死者――沈・星雲。
彼は黒い道士服のような喪服を纏い、無表情で私を見下ろした。胸が上下していない。……やはり、呼吸をしていないのだ。
「……あなたが、星雲様……」
震える声で呼びかけた瞬間だった。
星雲の姿が掻き消えたかと思うと、次の瞬間、彼は私の目の前にいた。
バッ!
氷塊のように冷たい手が、私の口と鼻を乱暴に塞いだ。
悲鳴を上げようとしたが、声にならない。冷たさが皮膚を突き抜け、骨まで凍りつかせそうだ。
彼は私の耳元に顔を寄せ、感情のない声で囁いた。
「息をするな」
「……ッ!?」
「声を出すな。吸うのも、吐くのも許さん。……奴らに気づかれたくなければ、死人のふりをしていろ」
チリーン、チリーン……ズルズル、ズルズル……。
廊下から、奇妙な音が聞こえてきた。鈴の音と、何か重い袋を引きずるような湿った音。
星雲の瞳孔がスッと細くなる。
彼は私を抱きかかえると、乱暴に天蓋付きの寝台へと放り込み、自らも覆いかぶさるようにして入ってきた。
重い。死体特有の、硬直した重みだ。
冷たい陶器のような顔が、私の目の前にある。
彼は懐から一枚の黄色い紙――お札を取り出すと、ペタリと私の額に貼り付けた。
視界が黄色く遮られる。
(殺される……!)
私は恐怖でパニックになりかけた。
この男は、私を窒息死させて、本当の「死者の妻」にするつもりなのだ。
しかし、星雲は私の首を絞めることはしなかった。ただ、石像のように固まり、私の呼吸を封じ続ける。
廊下の音が扉の前で止まった。
ドアノブが、ガチャリ、と回る。
『……おやァ?』
『新入りの匂いが……しないねェ……』
扉の向こうから聞こえたのは、人間の声ではなかった。
老婆の声のようであり、獣の唸り声のようでもあり、乾いた紙が擦れ合う音のようでもある。
私は恐怖で心臓が破裂しそうだった。息を吸いたい。でも、吸えば星雲の手がさらに強く押し付けられる。
やがて、気配は遠ざかっていった。
ズルズル……チリーン……。
音が完全に聞こえなくなると、星雲はパッと私から離れた。
私は咳き込みながら、貪るように空気を吸った。
「はぁ、はぁ、っ……! 今のは……」
「何も聞くな」
星雲は冷たく言い放つと、額に貼ったお札を剥がし、私の手に押し付けた。
お札には、見たこともない呪文が朱色で書かれている。
「いいか。この屋敷では、俺の許可なく部屋を出ることは許さん。そして、このお札を肌身離さず持っておけ。風呂に入るときも、寝るときもだ」
「これは……なんのお守りですか?」
「お前を生きた人間だと悟らせないための呪いだ。……剥がしてみろ。一瞬で骨までしゃぶられるぞ」
彼はそれだけ言い残すと、寝台の端に直立不動で座り込み、目を閉じた。
眠っているのではない。
まるで、電池の切れた人形のように「機能停止」したのだ。胸は動かず、体温もない。
私はその夜、一睡もできなかった。
隣に座る美しい夫は、間違いなくキョンシー(動く死体)だ。彼は私を「供物」として新鮮なまま保つために、お札で管理しているに違いない。
いつか、あの老婆のような化け物に喰わせるために。
翌朝になっても、星雲の態度は変わらなかった。
彼は部屋の隅に立ち尽くし、私を監視している。
昼食に運ばれてきたのは、またしても冷たい泥スープと、線香の灰が混じったような饅頭だった。
老婆が部屋を出ていくとき、着物の裾から一瞬、何かが見えた気がした。
――竹ひご?
骨のような細い竹の棒が、老婆の足首に見えたのだ。
(ここは地獄だ。死人の国だ)
空腹と恐怖で、私の精神は限界だった。
このままここにいれば、衰弱して死んでしまう。それとも、今夜あたり星雲が牙を剥くのだろうか。
私は決意した。
逃げよう。
例え実家に迷惑がかかっても、ここで座して死ぬよりはマシだ。
星雲は日中、日が当たらない部屋の奥で、死んだように動かなくなる時間がある。その隙をつくしかない。
深夜。
屋敷が再び静寂に包まれた頃、私は行動を起こした。
星雲は寝台の端で、直立したまま目を閉じている。呼吸音はない。
私は音を立てないよう、靴を脱いで裸足になった。
手には、星雲から渡された黄色いお札が握られている。
『剥がせば死ぬ』と言われたが、これは私を屋敷に縛り付けるための呪いに決まっている。こんなものを持っているから、逃げられないのだ。
私は思い切って、お札を寝台の上に置き去りにした。
そして、重い扉を少しだけ開け、廊下へと滑り出した。
廊下は月明かりだけで薄暗い。
冷たい空気が足元を這う。
私は出口の門を目指して、長い廊下を走った。
使用人に見つからないように。あの不気味な老婆に会わないように。
中庭に差し掛かった時だった。
サラサラ……カサカサ……。
風に紙が舞うような音がして、私は足を止めた。
中庭に、誰かが立っている。
昨日の老婆と、数人の使用人たちだ。彼らは月明かりの下、微動だにせず立っていた。
私は息を殺して物陰に隠れた。
しかし、様子がおかしい。
彼らは、あまりにも「薄い」。
横を向いた使用人の体が、まるで紙のようにペラペラだったのだ。
風が吹く。
老婆の体が、ふわりと宙に浮いた。
着物がめくれ、その下にあったのは肉体ではなかった。竹ひごで組まれた骨組みと、その上に貼られた和紙。
顔は、のっぺらぼうの紙に、筆で目と口が雑に描かれているだけ。
「――ヒッ」
喉の奥から、短い悲鳴が漏れてしまった。
その瞬間。
中庭にいた数体の「それ」が、一斉にバッ! と私のほうを向いた。
描かれた目が、ギョロリと動く。
『オヤ……?』
『オヤオヤオヤ……?』
『お札の匂いがしないねェ……』
『生きてるねェ……温かいねェ……!』
カサカサカサカサッ!
紙の使用人たちが、人間にはありえない速度で、蜘蛛のように手足を動かして迫ってきた。
逃げなければ。
私は踵を返したが、背後の闇が濃くなっていることに気づいた。
そこには、紙人形ではない、もっとおぞましい気配。
腐臭と、圧倒的な悪意。
闇の中から、眼球のない真っ黒な穴を開いた何者かが、ぬらりと姿を現す。
沈家の先祖たち――悪霊と化した、本物の化け物だ。
『嫁だ……星雲の嫁だ……』
『生贄だ……喰らえ……肉を……血を……!』
四方八方を囲まれた。
逃げ場はない。お札を置いてきたことを、私は死ぬほど後悔した。あれは、私を隠すためのものだったのだ。
化け物の腐った手が、私の肩に伸びる。
死の冷たさが、すぐそこまで迫っていた。
「――誰が、俺の許可なく部屋を出ていいと言った」
凛とした声が、月夜を切り裂いた。
頭上から影が降ってくる。
ドンッ! という衝撃音と共に、私と化け物の間に誰かが着地した。
舞い散る砂埃の中、立ち上がったのは、死装束を纏った夫――星雲だった。
彼は腰に佩いた剣を抜き放ち、化け物たちに向けて切っ先を突きつける。
その背中は、決して私を渡さないという意志で満ちていたが、彼の肌はやはり、死人のように蒼白だった。
私は震えながら、彼の背中を見つめた。
彼は私を殺すために来たのか。それとも――。
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「……下がれ、化け物ども」
星雲の声は低く、地を這うようだった。
彼は私を背に庇い、剣を構えて立ちはだかった。
しかし、中庭を取り囲む悪霊たちは、その脅しを嘲笑うように不快な音を立てて迫ってくる。
『星雲……お前は我らの同胞だ……』
『なぜ嫁を庇う……その女は供物だ……喰らわせろ……』
『それとも、お前が独り占めする気かァ……?』
闇の中から伸びる無数の黒い手。
星雲の剣技は鋭く、迫りくる紙人形の手足を切り落としていく。だが、実体のない悪霊たちには物理的な刃が通じにくい。霧のような黒い影が、星雲の首筋へとまとわりつく。
「くっ……!」
「星雲様!」
彼が膝をつきかけた、その時だった。
星雲は躊躇なく、剣の刃を自らの左掌に当て――引いた。
鮮血が飛び散る。
彼はその血を剣身に塗りつけると、凄まじい気迫と共に横になぎ払った。
「失せろッ!!」
ジュワアアアッ!
血飛沫を浴びた悪霊たちが、まるで焼けた鉄を押し付けられたように悲鳴を上げて蒸発した。
紙人形たちが燃え上がり、灰となって崩れ落ちる。
圧倒的な「陽」の力。
悪霊たちは怯み、闇の奥へと後退していった。
「……今のうちに、走れ!」
星雲は私の腕を掴み、強引に走り出した。
迷路のような廊下を抜け、私たちは元いた寝室へと転がり込んだ。
重い扉を閉め、閂をかける。星雲はさらにお札を何枚も扉に貼り付けると、ズルズルとその場に座り込んだ。
「はぁ……はぁ……っ、ぐ……」
彼の肩が激しく上下している。
今まで「死体」のように静止していた彼が、今は苦しそうに呼吸をし、脂汗を流している。
私は慌てて彼に駆け寄り、血を流している左手を取った。
そして、息を呑んだ。
温かい。
氷のように冷たかった彼の手が、今は高熱を発しているかのように熱いのだ。
傷口から溢れる赤い血は、生々しい鉄の匂いがする。紛れもない、生きた人間の血だ。
「あなた……生きているの?」
「……ああ」
星雲は苦しげに顔を歪めながら、それでも私を見て微かに笑った。
その表情は、能面のような無表情ではなく、人間らしい痛みに満ちていた。
「生きているさ。……この地獄のような屋敷で、ただ一人だけな」
星雲は、途切れ途切れに真実を語り始めた。
三年前に流行った疫病で、沈家の人々は全滅したこと。
強い霊力を持っていた星雲だけが生き残ったが、家族たちの無念が悪霊となり、自分たちが死んだことに気づかぬまま屋敷を支配してしまったこと。
彼らが「生きた人間」を見つければ、あの世への道連れにしようと襲いかかってくること。
「俺は生き延びるために、自らの脈を止め、体温を極限まで下げる秘術を使って、『死者』になりすますしかなかった」
彼は何年もの間、たった一人で、死体のふりをして家族の霊と暮らしていたのだ。
会話もできず、温かい食事もとれず、呼吸さえ殺して。
「冥婚の話が出たときは絶望した。だが、拒めばお前が殺されるか、俺が生きていることがバレて二人とも殺される。……だから、あえて冷たく接した」
「私に『息を止めろ』と言ったのは……」
「お前の『生者の息吹』を隠すためだ。お札もそうだ。お前を怖がらせてでも、この部屋に閉じ込めておきたかった。……ほとぼりが冷めたら、お前を気絶させてでも外へ逃がすつもりだったんだ」
私は言葉を失った。
キョンシーだと思っていた。私を喰らう化け物だと思っていた。
けれど彼は、孤独な暗闇の中で、命を削って私を守ろうとしてくれていたのだ。
私のために流された血が、私の手を温めている。
恐怖は消え去り、代わりに胸の奥が熱くなった。
「……馬鹿な人」
私は着物の裾を裂き、彼の手の傷に包帯を巻いた。
もう、彼の手は冷たくない。
私はその手を両手で包み込み、強く握り返した。
「一人で抱え込んで、死人のふりなんて……もう終わりにしましょう」
「麗華……?」
「私はあなたの妻としてここに来ました。夫が戦っているのに、逃げるわけにはいきません」
私は部屋を見渡した。
あちこちに飾られた、婚礼用の赤い蝋燭。そして、祝いの酒が入った甕。
この屋敷は紙と木でできている。そして陰の気は、火に弱いはずだ。
「燃やしましょう。この偽りの屋敷も、悪夢も、全部」
星雲は驚いたように目を見開いたが、やがて力強く頷いた。その瞳に、生気という名の炎が宿る。
「ああ……そうだな。俺たちは生きて、ここを出るぞ」
私たちは準備を始めた。
酒を部屋中に撒き、カーテンに染み込ませる。
廊下からは、再び悪霊たちの唸り声が聞こえ始めていた。扉が激しく叩かれ、お札が焼け焦げていく。
「行くぞ、麗華!」
星雲が扉を蹴り開けると同時に、私は火のついた蝋燭を放り投げた。
ボッ!
撒かれた酒に引火し、炎は瞬く間に燃え広がった。
古びた紙や木材は、爆発的に燃え上がる。
紅蓮の炎が、赤い婚礼衣装のように屋敷を包んでいく。
『ギャアアアアアッ!』
『熱いッ! 熱いイイイッ!』
紙の使用人たちが燃え上がりながら逃げ惑う。
悪霊たちが黒い煙となって霧散していく。
私たちは手を取り合い、火の海となった廊下を駆け抜けた。
「こっちだ!」
星雲の剣が、立ち塞がる梁を切り裂く。
熱い。煙たい。でも、あの凍えるような寒さはもうない。
私たちは互いの鼓動を感じながら、崩れ落ちる門へと飛び込んだ。
***
気がつくと、私たちは屋敷の外の草原に転がっていた。
背後では、巨大な屋敷が音を立てて崩れ落ちていく。黒い煙が空へと昇り、浄化されていくようだ。
そして――空が白んでいく。
分厚い雲の隙間から、黄金色の朝日が差し込んだ。
「……夜が、明けた」
星雲が呟いた。
朝日に照らされた彼の顔は、もう蒼白ではなかった。血の気が戻り、汗に濡れた肌が輝いている。
彼は眩しそうに目を細め、それから私を見て、ふっと優しく微笑んだ。
それは初めて見る、彼の本当の笑顔だった。
「麗華。……ありがとう」
彼が手を伸ばしてくる。
触れられた頬に、温かい体温が伝わった。
死体のような冷たさも、カビ臭い匂いも、もうない。ここにあるのは、愛する人の温もりだけだ。
「手が、温かいですね」
「ああ……。こんなに朝日が温かいとは、忘れていたよ」
私たちは煤だらけの顔を見合わせて、笑い合った。
生きていれば、お腹も空くし、傷も痛む。
でも、それがたまらなく幸せだった。
***
それから、数年後。
沈家のあった土地から遠く離れた、小さな町。
私たち夫婦は、小さな食堂を営んで暮らしていた。
贅沢な暮らしではないけれど、毎日湯気の立つ温かい料理を食べられる。
「はい、お粥ができたわよ。熱いうちに食べて」
「ありがとう」
店じまいをした後、二人で夕食をとる。
星雲はフーフーと息を吹きかけてお粥を冷まし、一口食べて幸せそうに溜息をついた。
私はその横顔を見て、あの日々のことを思い出し、いたずらっぽく囁いた。
「ねえ、あなた」
「ん?」
「もう、息を止めなくていいの?」
星雲はスプーンを止め、少し顔を赤らめた。
そして私の手首を掴むと、ぐいっと自分の方へ引き寄せた。
顔が近づく。互いの呼吸がかかるほどの距離。
「……今は、君を愛しすぎて息が止まりそうだよ」
彼が甘く囁き、唇を重ねてくる。
口を塞がれた私は、本当に息ができなくなって――
でも今度は、恐怖ではなく、幸福な目眩の中で目を閉じた。




