第七話
深夜のファミリーレストラン。俺は懺悔にも似た、惨めな独白を続けた。妻とのこと、執事のこと、そして自分の弱さが全てを壊したこと。最後に、彼女が入院したと知らされたことまで、全てを。
「……だから、俺には会いに行く資格なんてないんだ」 全てを語り終えた俺は、そう結論づけて自嘲の笑みを浮かべた。
沈黙の後、相澤さんは静かに口を開いた。 「先生は、奥さんの気持ちを考えたことがありますか?」 彼女の言葉は、鋭い刃物のように俺の胸に突き刺さった。 「先生が今考えているのは、『自分が彼女を傷つけた』『自分には資格がない』……全部、先生自身のことばかりじゃないですか」 「もし、奥さんが今、たった一人で心細い思いをしていたとしたら? もし、病室のベッドで、先生が来てくれるのを待っているとしたら? それでも先生は、自分のプライドのために行かないんですか?」
そうだ。俺は、いつだって自分のことばかりだった。黒子の幸せを願っていると口にしながら、その実、傷つくことから逃げたいだけの自分の弱い心を守ろうとしていただけだ。
「会いに行く資格がないんじゃなくて、会わないで後悔する覚悟が、先生にないだけじゃないですか」
その言葉は、決定的な一撃だった。 なんと醜く、卑怯な男だろうか。
「……ありがとう、相澤」 俺は顔を上げた。「君の言う通りだ。俺は、行かなきゃいけない。たとえ拒絶されても、罵られても。ちゃんと彼女に会って、自分の口から謝らなきゃいけないんだ」
伝票を掴んで店を出る。あれほど激しく降っていた雪は、いつの間にか止んでいた。 「先生、頑張ってください」 背後からの声に一度だけ振り返り、礼を言うと、俺はタクシーへと向かった。ポケットの中のメモを強く、強く握りしめる。冷たいアスファルトを蹴る足取りに、もう迷いはなかった。




