第六話
あれから、どれくらいの時間が経っただろうか。メモを握りしめたまま、俺はアパートの前で動き出せずにいた。 「……畜生」 この期に及んで、卑屈な心が体を縛り付ける。そんな自分が憎くてたまらない。込み上げるものを堪えようと、雪の勢いが少し増してきた灰色の空を仰いだ。
不意に、隣を誰かが通り過ぎようとする気配がした。足音は不意に俺のすぐ側で止まった。 「あれ、変な人がいるな〜って思ったら、日笠先生じゃないですか」 聞き覚えのある声。驚いて顔を上げると、そこに立っていたのは、俺の勤める高校の生徒、相澤純恋さんだった。
「先生、もしかして泣いてました?」 彼女は心配そうに眉を寄せた。 「……何か、あったんですか?最近、先生の雰囲気がまた暗くなったから……。前の、辛そうだった頃に戻っちゃったみたいで。みんな、心配してるんです。もしかして……奥さんと、何か」
そうだ、彼女にはかつて、俺が進路指導で道を指し示したことがあった。家庭の事情で進学を諦めかけていた彼女に、「諦める前に、一度ちゃんと話してみろ」と背中を押したのだ。 人に道を指し示しておきながら、今の俺はなんだ。道標の前で、ただ立ち尽くしているだけじゃないか。
「……少し、話を聞いてくれるか」 俺が絞り出した声は、降りしきる雪に吸い込まれていくように、小さく震えていた。




