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第四話
それからは、空虚な日々だった。狭いアパートの中で、俺たちは互いをいないものとして扱う同居人になった。彼女が淹れたコーヒーの香りも、洗濯物の匂いも、以前と同じはずなのに、その全てが俺の罪を告発しているようだった。
そして金曜日の夜、彼女は消えた。 リビングのテーブルには、名前の書かれた離婚届と、あの封筒。クローゼットからは彼女の服が消え、キッチンにはペアのマグカップの片方だけが、まるで俺自身のように、ぽつんと取り残されていた。
窓から見下ろすと、闇に溶けていく黒塗りの高級車。彼女は一度だけ、俺たちの部屋があった2階を見上げた。目が合った、気がした。だが、彼女の瞳は何も映していなかった。
一人になった部屋で、俺は何度もあの夜の自分の言葉を反芻した。あれは本心だったのか?違う。ただ、怖かったのだ。彼女を失うことが。だから、自ら手放した。自分の弱さで傷つく前に、自分で壊してしまった。
「……くろこ」
絞り出した声は、誰に届くこともなく、果てしない後悔だけを抱えて、俺の時間は止まった。




