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さよならからさよならへ(仮)  作者: いもつぶし
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第三話


無理に作った笑顔の下で、心は軋みを上げていた。愛しているからこそ、苦しい。彼女の幸せを願うなら、俺は彼女の傍にいてはいけないのではないか。


その日の夕食のハンバーグは、まるで砂を噛むように味がしなかった。 「焦十さん?美味しくない?」 心配そうに顔を覗き込む黒子の優しさが、毒のように全身に回る。俺は嘘をつき、心を閉ざした。


夜、寝静まった彼女の横で、俺はあの封筒を月明かりに翳す。そこに並んだゼロの羅列は、俺という人間の価値を無慈悲に突きつけていた。この紙切れ一枚で、俺の存在は彼女の人生から消せるのだ。その事実が、俺のプライドをズタズタに引き裂いた。


その日から、俺は家に帰るのが怖くなった。黒子の完璧な優しさ、その全てが俺の罪を責め立てるようだった。俺はわざと仕事を作り、職員室で時間を潰し、終電で帰る日を増やした。彼女を傷つけていると知りながら、そうするしか自分を保つ術がなかった。


そして、そんな日は長く続くわけはなかった。


運命の夜が来る。 リビングで俺を待っていた彼女の手には、隠したはずの封筒が握られていた。 「これは、何?」 血の気が引いていく。観念した俺は全てを話した。


「どうして、すぐに話してくれなかったの...?」 彼女の言葉が、俺の最後の理性を断ち切った。乗り越える?何を。この埋めようのない断絶を、どうやって。


「無理なんだよ!俺みたいな卑屈な男が、君の家族に敵うわけないだろう!」 一度堰を切った感情は、濁流となって溢れ出した。それは、彼女への怒りではない。自分自身への、救いようのない絶望だった。


「俺は笑われてるんだ!『財閥令嬢を誑かしたヒモ教師』だってな!あの執事の言う通りなんだよ!俺じゃ、君を幸せにできない!俺は、君を不幸にしているだけなんだ!」


そうだ、言ってしまえ。惨めな本音を全てぶちまけて、彼女に軽蔑されればいい。そうすれば、この苦しみから解放されるかもしれない。俺は、最も醜い形で、彼女に救いを求めていた。


黒子の顔から、すっと表情が消えた。その目は、まるで知らない人間を見るかのように冷え切っていた。 「私が愛していたのは、あなたじゃなくて、私が作り上げた幻だったのね。……ええ、本当に。滑稽だわ、私」


パタン、と閉められたドアの音が、俺たちの関係の終わりを告げた。テーブルの上には、俺の醜い本心と引き換えに手に入れた大金と彼女との繋がりの証明だったリングだけが、虚しく残されていた。

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