01 ツイてる先輩
私は田中きらり
この4月から働き始める大学でたての新社会人
就職活動を始める時期に不運にも交通事故にあってしまった
軽度な怪我で済んだが約1ヶ月の入院生活
スタートダッシュに失敗してしまったせいか希望の会社には入れなかった
その後もなかなか上手く行かず、結局内定もらったのは極小のベンチャー企業
面接してくれた社長さんにとっても気に入られたようであっさり採用の運びとなった
そして今日は初出社の日である
事前にリモートで入社に向けて説明などされているが、やっぱり実際に社会人生活が始まると思うと緊張する
仕事への不安とやる気がないまぜになった不思議な気分だ
気持ちを整理しながら歩いていると目的のビルに到着した
築年数も浅いようで思っていたよりも綺麗な10階建ての建物だ
会社のある7階に移動し受付を見て驚いた
小さい会社とは聞いていたが、そうは思えないちょっと派手とも見えるような造りだ
なんだかキラキラとしてるし、神殿とか神社を思い起こさせる荘厳さもある感じだ
面接した時は工事中だったから分からなかったがこんなだったのか
入口の横に内線が置いてあり横の掲示には『御用の方は1番を押してお声がけ下さい』と表示がある
内線の受話器を上げ、表示通り1番を押す
1コールもしないところで男性の声で応答があった
「はい。営業部、つきもとです。御用件をお伺い致します。」
「あっ!私、田中きらりと申します。今日からこちらでお世話になります。」
「あぁーお待ちしていました!すぐそちらに参りますのでお待ち下さいね」
明るい男性の声の応対があり少しホッとして気持ちを落ち着けているとロックが外れる音がしてゆっくりとドアが開いた
そこには私より頭1つ高いスラッと長身でイケメンな男性が立っていた
「改めまして、営業部の月下蛍です!今日からよろしくね」
流石営業マンと言わんばかりのスマイルと聞きやすい通った声、しかもイケメン高身長
一瞬、見惚れて思考停止していた所に声をかけられる
「社長も中にいますので早速行きましょう」
「は、はい!」
促されるまま月下さんについて社内を進む
「社内の説明はちゃんとあとでするけど、田中さんの席はあそこになるからね」
指さされた先には個人のブースと中にはまだ何も置かれていないデスクがあった
「ボクのデスクはその隣だから」
隣のブースには整理された机が見えた
そのオフィスを見てふと疑問に思ったのだが、月下さんと私以外のデスクも置いてあり、私のブースのように空っぽというわけでもなく誰かが使用している感じであった
「社員はお二人だけだとお聞きしていますが、このオフィスでどなたかいらっしゃるんですか?」
「あぁ、2人で会社回すの大変だから社長が臨時でバイトを雇ってたりするよ。他のブースはその為のものだよ」
「そうなんですね」
話しながら進んでいくと奥の社長室に着いた
ドアをノックして月下さんが声をかける
「社長、田中さんをお連れしました」
「おぉ、入ってくれ」
「はい」
ドアを開け中に入ると優しい印象の社長が出迎えてくれた
「よく来たね。さあ、こっちに掛けてくれたまえ」
応接セットに手招きしテーブルを境にして社長と対面で座る
「社長、私はやりかけの仕事がありますのでそれだけ終わらせてきますね」
「そうか、わかった」
「それじゃ、また後でね」
私にも声をかけて月下さんは部屋を出ていった
社長は優しい笑顔を変えぬまま話を始める
「本当に入社してくれてありがとう。こんな社員2人しかいない弱小企業なのにねぇ。」
「いえ、こちらも就職出来ないかと思っていたところを雇っていただけて救われました。しかも社員さんは2人でもバイトの方はいるんじゃないですか」
「えっ? あ、あぁバイトね。あぁバイトならいるね…あは、あはは…」
なんだか歯切れの悪い社長を見て不思議に思っていると
「今日、そのバイトさんにもう会ったかな?」
「いえ、まだです。デスクがあるのを教えてもらっただけですよ」
「そっか、そっか… すぐ会う事もあるかもしれないね」
含みのある言い方にどこかモヤモヤしていると社長が続けて話す
「うちが雇っている人間は月下君とキミの2人だけなんだよ…」
「他の方は派遣会社から来てもらってるとかですか?」
「いや、雇っている“ニ・ン・ゲ・ン”はだよ」
「? 人間以外を雇う事なんて無いですよね?」
「そう、人間以外は雇えないけどたしかにバイトさんはいるんだよ」
「言ってる意味が分かりません。その言い方だと人間以外のバイトさんがいるみたいですね」
「いるよ、バイトさん。幽霊のね」
? 幽霊? 社長は何を言ってるのだろうか?
「実はね… 月下くんってめっっっっっちゃ集めちゃう人なんだよ」
社長が今までで1番力強く話す
「そういう家系みたいでね。彼のお祖母様も所謂霊能力者ってやつで、そのお祖母様と知り合いで頼まれたのもあって彼と一緒に仕事してるんだ」
社長は続ける
「彼は視えないしこういう話も信じてくれないんだけど、幽霊にとって彼がすごく目立つみたいでいろんなのが寄って来るの。寄って来て留まってくれる幽霊は力を貸してくれるみたい。だから会社の仕事をやってもらってるんだよ」
ハハハと笑っている
「でも、私も幽霊なんて視えませんし信じてもないですよ」
「ああ、それなら大丈夫。キミもう視えてるから」
「えっ?」
「さっきは丁度いなかったのかもしれないけど、面接しに来た時に会社の中で女の人に会釈したでしょ?彼女が幽霊さんだからね」
面接の時を思い出す
入口まで社長に迎えに来てもらって部屋に向かう途中… 給湯室にいた女の人に会釈した…
「たしかにしました… でも、悪い冗談ですよね?幽霊なんて…」
「こんな冗談言うわけないじゃん。視える人が面接来るなんてすっごく嬉しくて即採用決めちゃったよ」
満面の笑みで社長が見ている
「ほら、挨拶に来てくれたみたい。横見てみなよ」
社長が指さす方に視線を向けた
「!!!!!!!」
鼻先が擦れるくらい間近に顔があった!
びっくりして飛び退くと、黒髪で無表情な女性は会釈だけしてドアも開けずに壁をすり抜けて退出していった
「これから月下くんと組んで仕事してもらうからよろしね」
こんな会社、やっていけるだろうか?