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【冬怖3】岩手の冷蔵庫ものがたり

しいな ここみ様主催「冬のホラー企画3」参加作品です。

 金のことで派遣会社とやり合って出稼ぎを辞めて、自分は岩手に帰ってリモートの仕事にありついた。

 5年経って帰ってみると、家の寝室に古い冷蔵庫が1台増えていた。嫁に訊くと引っ越しの友人から5千円で譲って貰ったのだという。産直で買った白菜や大根を切らずにまるのまま入れておけるから便利なのだと。夏は麦茶とかも。

 実は出稼ぎに行っている間にもうひとつ事件があった。飼っていた黒猫の兄弟の弟のほうが死んでしまったのだ。嫁が病院に連れて行き、一旦は持ち直したものの翌々日の朝に急変を電話で告げられ最期は看取れなかったという。弟猫の遺体を病院から引き取ってきたとき、兄猫は死んだことが分からずに「起きて遊ぼうぜ」と言うふうに箱の中の弟猫の顔を叩いたという。その後ペットの移動火葬を頼んでささやかに葬式をして、弟猫は今は小さい骨壷に入っている。弟猫はダンスが得意で、くにゃくにゃと動いてよく嫁を笑わせていた。その動画をいま見ると嫁は泣いてしまうのだが。

 弟猫が死んでから、兄猫は余計に嫁に甘えるようになった。料理中の脚にまとわりついてよく大声を出される。怒られると寝室に行って「にゃっ、にゃっ」と啼く。それは弟猫を呼ぶ声だ。昔は兄猫のいたずらを弟猫がダンスで笑わせて取りなしてくれたのだ。寝室の毛布に隠れていると思っているのかもしれない。


 ある雪の降る真夜中に、自分は寒さと尿意で目を覚ました。いつもは自分と嫁の間に兄猫がはさまって川の字で寝ているのだが、その夜の兄猫は布団を抜け出し部屋の隅で「にゃっ、にゃっ」と啼いていた。その先にあるのは古い冷蔵庫だった。

「にゃっ、にゃっ」(ひゃぁうおぉぉおぉん)「にゃぉ、にゃっ」(いぃぃやぁうおぉぉおぉん)「にゃぉ、にゃぉ」(にぃやぁぅおぉぉうぉん)

 古い冷蔵庫は時折コンプレッサーが唸るような音を出す。それが兄猫の啼き声と相まって、自分には弟猫の啼き声のようにも聞こえてくる。

(ひゃぁうぉおんぉぉうぉう)「にゃぁん、にゃっ」(にゅおぉあんおぉんぉんぉん)「にゃっ、にゃぉ」(にゃぉおぉぉんぉうにゃおぉぉん)「にゃぉん、にゃぁん」

 尿意を堪えきれなくなり自分は布団を抜け出したが、その会話はトイレから戻ってもしばらく続いたのだった。

 後で嫁に訊くとそんなふうには聞こえないという。ただその冷蔵庫は、移動火葬が来るまでの間弟猫の遺体を庫内で保管していたと知った。だとすれば冷蔵庫には弟猫の霊が取り憑いている、とでもいうのだろうか……。

 しかし自分は怖いとは思わなかった。久しぶりに兄弟猫の掛け合いを聞いたようでうれしかった。そう思うとポンコツの冷蔵庫にも不思議と愛着が湧いてくるのだ。

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― 新着の感想 ―
啄木っぽくなりました? 全然題材は違うのに、「雲は天才である」を思い出しました。 文の流れが気持ちいいです。 さすが、岩手! お兄ちゃん猫には弟が見えていたらいいなと、正直に思ってしまいました。 下…
泣かされないぞ(๑•̀ㅂ•́)و✧
弟猫に先立たれた事にも気付かずに亡骸の顔に猫パンチしている兄猫の姿を想像しますと、何とも居た堪れなくなりますね。 第三者の私も居た堪れなくなるのですから、視点人物のお嫁さんは一層に辛い事でしょう。 こ…
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