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自転車  作者: Soumen50
2/2

2


大して人が増える事なくレッスンは進んだ。


ほんの2時間程度でライラは息継ぎなしで10メートルほど進めるようになった。


中々筋がいい。


そろそろお腹も空いてきたので、プールを出る事にした。


見学室の窓を叩いて上がる事をクロエに伝える。


が、気付かない。


夢中になってペンを走らせている。


「あ~~………ほっといていいわ。ああなったらしばらく世界に入っちゃうの。自分で着替えられるし、見学室で会いましょう」


ライラが呆れたような声で僕に教えてくれた。


シャワーするんだよ、と声をかけ、更衣室に入る。


着替えてタオルで髪を拭きながら見学室に入り、クロエの近くのソファに座る。


膝の上に広げた紙にひたすらペンを走らせ、周りが見えていない。


この調子だと家の事をやるのは無理だな。


ライラが言った事の意味が少しわかる。


例えば………食事の準備も忘れてしまうんじゃないだろうか?


「ドミニクお待たせ。先に食べてようよ」


ライラがクロエの隣に置いてあったバスケットを取りに行く。


クロエはバスケットが無くなっても気付かない。


………これはすごいな。


ライラは僕の隣にバスケットを置いた。


「ライラ、クロエはいつもこんな感じ?」


「そうよ。書けない時にぼ~~っとしながら家事して、書き始めたら何もしないで書いてばっかり」


「そんな時の食事は?」


「私が作るわ。クロエが作るのより上手いと思う。机に持って行ったら食べてくれるの」


………これは……良い事ではないんじゃなかろうか?


「ドミニク、心配しなくてもいいの。クロエは彼女なりに精一杯私の面倒を見てくれてる。食事の時間を忘れるのはたまに、なの」


そうか?


「毎日私を学校に送り迎えする事は忘れないし、週末何処かに遊びに連れて行く時はペン出さないの。今日はあなたが面倒みてくれるし、プールを見ていたくなかったんだと思う」


「クロエは水が怖いって知ってるんだね?」


ライラはちょっとだけバツが悪そうな顔になった。


「うん。クロエには悪い事したって思ってる。でも、どうしても行きたかったの。パパに泳ぎを教えてもらったって自慢する子がいて……彼女、ライバルなの」


ライバル?


「ライラ、その子と何を競ってるんだい?」


「もちろん、彼氏、よ。ハリーっていう子がかっこいいのっ!!」


………今時のお子様は”おませ”でいらっしゃる。


ハリーは水泳教室に行ってて………と話すライラに圧倒されながら、クロエが気付いてくれるのをしばらく待った。





30分もしただろうか?


あぁっ!!というクロエの声に驚いてライラとの会話を止める。


「ないっ!!バスケット無くなっちゃったっ!!」


慌てたようにソファの後ろを見る。


ライラがはぁっと息を吐いた。


「クロエ、こっちよ。私達、お腹すきすき。荷物まとめてロビーに来て」


クロエは顔を赤くして、眼鏡を取る。


ごめんなさい、と呟くクロエにいいんです、と声を掛けてバスケットを持ち、ロビーに行った。


ライラがテーブルの上にバスケットの中身を出すのをじっと見る。


「これはすごいな。こんなに大変だったろうに」


ライラも頷いている。


「こんなの初めて見た。クロエ、今日は気合入れて作った感じがするわ」


山のようなサンドイッチにサラダ。


サンドイッチの中身は卵にハム、チーズ。


チキンソテーにローストビーフもある。


魚フライのもあるし、ピーナッツバターらしきものも………


「ぁの、遅くなってごめんなさい」


クロエが荷物を持って来た。


「言って下されば「気付かなかったでしょうね。もう良いから食べようよ、クロエ」……うん」


ライラに言われてテーブルに着いた。


「ドミニクも食べて」


ライラがサンドイッチを一つ取り、僕に勧めてくれる。


じゃぁ、と手を伸ばし、チキンのを取る。


クロエもライラも僕を見ている。


………食べにくい。


が、ここは食べて感想言う所のはず。


どんな味でも美味いと言うぞ、と決めて一口食べた。


ん?


「これ、美味いですよ?」


聞いてたのとは全く違う。


ふつうに、美味しい。


ライラが眉根を顰め、手に取っていたピーナツバターのを置いてチキンを手に取る。


「うん?クロエ、美味しいよ?どうかした?熱ない?」


クロエが僕達の言葉を聞いてホッとしたように息を吐いた。


「これ作るのに集中したの。いつもみたいに……考えながらせずに、やってみたのよ。家族じゃない人に食べてもらうから、ね」


クロエはライラにそう言った。


「いつもそうすればいいのに」


「それが出来ればあなたにお小言言われてないわ」


それもそっか、とライラはローストビーフのを美味しそうに食べる。


「あ~~ローストビーフは買って来たの………」


クロエは小さく呟いた。


「うん。それは分かってる。過去一度も作った事ないから」


………家族になったらどんなのを食べさせてもらえるんだろう?と考えながらサンドイッチを食べる。


「ドミニク、何が可笑しいの?」


「いや、ライラが一番に手にしたのがピーナッツバターだったな、と思って」


クロエが顔を赤くする。


「私はピーナッツバターが好きなの。他のを食べるのが怖かった訳じゃないわ」


ライラが慌てて手を振る。


クロエは益々顔を赤らめ、そんな彼女を可愛らしい、と思う。


「ドミニクが変な事言うからクロエが可哀想でしょ?!」


ライラに怒られ、ごめんなさい、とクロエに謝ると、クロエは困ったような顔をした。





予想以上に美味しい昼食をご馳走になり、僕は昼からの提案をする。


「今から何か用事ありますか?」


「なんで?また泳ごうよ!」


ライラは泳げるようになりたくて必死だ。


「でもね、急にたくさんやっても疲れるだけだよ。水泳はまた教えてあげる。お昼から遊園地行かない?」


「「遊園地?!」」


おや?ライラだけでなくクロエの目が輝いた。


「さっきフロントの人に言われて思い出したんだけど、今、移動遊園地がこの先の公園に来てるんだ。どうかな?」


「行くっ!!行きたいっ!」


ライラが立ちあがった。


「クロエ、早く片付けよう!」


「待って!そんなに早く出来ないわ」


クロエはバスケットの中にどんどんモノを詰め込んでいく。


………片付けも得意じゃないんだな。


サンドイッチやサラダが無くなったから、とライラのリュックも入れてしまった。


ある意味合理的ではある。


でも、きっとさっきまで彼女が書いていた紙は皺くちゃになったに違いない。


最後にウェットティッシュでテーブルを拭いてゴミ箱に捨ててお終い。


「さぁ、お待たせしました。行きましょう!」


クロエがノリノリで僕に話す。


「その前に、そのバスケット邪魔でしょう?ロッカーに入れていいか聞いてきます」


バスケットと自分の荷物を持ってフロントに聞き、夕方までなら、と預かってもらう事が出来た。


「どうせ今日は暇ですから。ロッカーも埋まりませんよ。貴重品だけ持ってってください」


ありがとう、とフロントに言って戻る。


「自転車も置いていきましょう。帰りに取りにくればいいですよ」


僕とクロエはライラと手を繋ぎ、移動遊園地のある公園へ歩いて行った。





遊園地で一番はしゃいだのは、クロエだった。


お腹は一杯だったので食べ物の屋台に行く事はなかったが、ライラを引き摺り遊具をはしごし、射的や輪投げ、ボーリングの小屋で何度も挑戦していた。


僕はあちこち走り回る彼女たちを見失わないように走り回った。


「っあ~~また失敗だわ」


もう5度目となる射的でクロエはまた外した。


「もう諦めたら?」


「いやっ!あの子が欲しいのっ!!」


クロエの言うあの子、とはかなり大きなウサギのぬいぐるみ。


ライラよりでかい。


『8』と書いてある箱を倒したら貰えるそれを、さっきからずっと狙っている。


1度打ち終わったら後ろに並び直さなければいけないので、ライラは一寸ウンザリしてる。


「クロエ、ウサギのぬいぐるみなら家にたくさんあるでしょ?もう要らないんじゃない?」


「そんな事ないわ。ライラ、ドミニクさんと遊んできて。私、また並ぶから」


………この執着心の強さはどうした事だろう?


ライラはため息をついて僕を引っ張って離れた。


「ごめんね、ドミニク。クロエ、ウサギが大好きで、家中にいるの」


「そうなんだ」


ライラと一緒に大きなブランコのような遊具に並びながら話を聞く。


「クロエ、いつか時計を持った白いウサギが自分を迎えに来てくれると思ってるの。25にもなって、頭の中はメルヘンなのよ」


ライラは呆れちゃう、とでも言いたげ。


『不思議の国のアリス』ね。


「クロエが書いてる物もメルヘンチックなのかい?童話とか?」


「ううん。大人の読みモノ、なんですって。ドミニクは知らないかもしれないけど、女の人にはかなり人気があるらしいの」


そう言ってライラが小声で教えてくれたのは、あるベストセラー小説家の名前。


彼女の書く恋愛小説は2、3本映画にもなった。


その最初の映画が問題になったんだったな。


確か………原作に忠実に作り過ぎて、恋愛映画と言うには余りにも官能的すぎるだっけ?


倫理委員会みたいなところがポルノだ、とか言って上映が先送りになった。


子どもは見たらダメ、みたいな事になったような気がする。


それ以降の映像化はそういう部分を外している、とも聞いたような………


それをクロエが書いてるのか?


「ふ~~ん、僕は読んだ事ないけど………その名前聞いた事あるよ」


「私には読ませてくれないの。15歳過ぎたらいい、って言われたわ」


順番が来て、ブランコに乗る。


ぐるぐると振り回され、風が気持ち良かった。





遊具に3個乗って射的の小屋に戻ると、クロエが大きなウサギのぬいぐるみを持ってにこにこして立っていた。


かなり目立つ。


ライラは25だって言ったけど、どう見ても20そこそこ。


手を上げて近寄ろうとすると、男が二人、クロエの前に立った。


「ねぇ、さっきから誰待ってんの?」


「俺らと遊ばない?」


「立ちっぱなしで疲れたっしょ?」


………ナンパか


クロエは困ったような顔で二人を見ている。


ライラは、はぁっとため息をつき、一人クロエの横に行った。


「ママ、お待たせ。パパがそろそろ帰ろうって」


「「ママ?!」」


男どもはライラが指差す方を見た。


僕は笑顔で彼らに手を振る。


「おじさん達、ママのお友達?」


ライラが男どもに聞くと、二人は手を振って、去っていった。


「ありがと、ライラ」


「いい加減慣れた方がいいわ。いつも助けに来れるとは限らないんだから」


クロエはライラに手をひかれ、僕の方に近寄ってくる。


………過去何度もあったって訳か。


「何て言って良いか分からないのよ。断っても断っても上げ足とる様に言われるでしょう?」


「あんなのゴミと一緒なんだから、無視していいの。返事しようとするから、ややこしい事になるのよ」


ライラの方が大人だ。


「ライラ、クロエさん、休憩しませんか?」


見ていられなくて、アイスクリームスタンドを指差す。


「ドミニク、良い所に気付いたわ。私、ストロベリー」


「ライラっ!その言い方はなに?!「いいんですよ。クロエさんは何にします?」ぁ、チョコ……いえ、私が買いに行ってきます」


クロエはスタンドに行こうとした。


「いえ、僕が行ってきます。そこのベンチで待ってて下さい」


手を掴んで引き留め、代わりに走っていった。


自分の為にはジュースを買い、ソフトクリーム二つを持ってベンチに戻る。


一番端にウサギ。


その隣はライラ。


で、クロエの隣が空いている。


………これは、そう言う事かな?


二人にソフトクリームを渡し、クロエの隣に座る。


「ありがとうございます」


「いえ。それより、ぬいぐるみ本当に取ったんですね」


「実は……お店の方に譲って頂いたんです。お礼もしましたけど、あのままじゃ何百回やっても取れそうにありませんでしたから」


………ずれている。


美味しそうにソフトクリームを舐めるクロエの横顔を眺める。


「失礼ですが、おもちゃ屋さんに行けば同じような物はあるんじゃないでしょうか?」


「そうですね。でも、あの子はいないでしょう?私はあの子が欲しかったんです。家にいる子はどれも代わりの利かない、可愛い子ばかりなんです」


ヘンな考えだとは分かっている、とクロエは苦笑する。


「自分でもどうにも出来なくって。”運命の出会い”って思う時があるんです。どれでもいい訳じゃない。ホント、バカみたい」


クロエはパリパリとコーンを食べて手を払った。


「美味しかった。たまに食べるとすごく美味しいですね、ソフトクリーム」


笑顔のクロエにそれは良かった、と返す。


「私が遊んでる間、何に乗りました?」


「そう………あれと、あれと………後はあっちの小さな観覧車」


「あぁ、あれ意外と恐くなかったですか?」


「高さが中途半端なのがね。造りももっとしっかりしてくれてた方が安心は出来るかな」


でしょう、とクロエは笑う。


「昔、兄に連れて来てもらって、泣いちゃったんです。グラグラして今にもゴンドラが落ちちゃうんじゃないかって」


「その時もウサギのぬいぐるみを取ったんですか?」


クロエはくすくす笑う。


「いいえ。兄も働きだしたばかりでお金がない頃で………5個くらい遊具に乗って終わりました。最後にとっておきで観覧車に乗ったんです。兄に悪くって余計に泣いたものです」


「お幾つだったんですか?」


「そうですね………12歳位かしら。子ども、と言うには少し大きいですね」


僕がジュースを飲んでしまったので、次に行こう、とクロエがライラを見る。


「あら、大変。静かだとは思ってたけど」


クロエの声にライラを見ると、寝ていた。


ソフトクリームを舐め終わった所で力尽きたらしい。


口の周りをピンク色にしたままだ。


コーンのカップが半分までかじられた所で手から転げ落ちていた。


「さすがに疲れちゃったのかな」


「えぇ。でも寝るのは家に帰ってからじゃないと」


クロエはライラを揺り起そうとした。


「僕が抱っこして行きますよ。気持ちよさそうに寝てるから起こすのは可哀想だ」


クロエは一寸考えてから待ってて下さい、と何処かに行った。


すぐに戻ってくる。


濡らしたハンカチでライラの顔と手を拭いた。


ライラはうるさそうに首を振るだけで、目を開けようとしない。


相当疲れたらしい。


「一応きれいにしました。洋服は汚れないと思います。お願いします」


そう言って濡れたハンカチは自分のポケットに。


………それは良いのか?


不思議な感じはしたが、ライラを抱きあげると、クロエもウサギのぬいぐるみを持った。


「プールに戻って荷物を受け取らないといけませんが………持てますか?」


「はい。全部自転車に乗せます。ドミニクさんこそ、結構重いでしょう?」


「まぁ、なんとかなりますよ」


僕達は並んで話しながらプールへ寄り、荷物を自転車に乗せてクロエの家まで歩いて行った。





クロエの家はセキュリティーのしっかりしたマンションの最上階。


かなり広いし、立派。


余りきょろきょろして失礼だ、とは思うが、アイボリーで統一された室内は清潔で居心地がいい。


聞いてたのと全然違う。


ここへ、と案内された部屋のベッドにライラを降ろす。


降ろされてもピクリとも動かない。


大人びた口調のライラだが、こうして見ると、まだまだ子供だ。


部屋の中はカラフルで、おもちゃやぬいぐるみがたくさんあって、女の子の部屋って感じがした。


机の上には写真が数枚飾られており、ライラとその両親らしき人が笑顔でこっちを見ている。


「疲れたでしょう?コーヒー淹れました」


クロエが部屋の外から声を掛けてくれた。


「女の子の部屋って可愛いものがたくさんですね」


写真立てを置いて部屋を出る。


「まだ足りないんですって。でも私も似たようなものだから怒れないんです」


落ち着いて見ればリビングには大小様々な大きさのウサギのぬいぐるみ。


中でも今日の戦利品は一番大きい。


今は一人掛けのソファに座っている。


クロエの向かいに座り、コーヒーを飲む。


「週末はハウスキーパーさんが来て下さるんです。部屋が一番きれいな時で良かったわ」


「小説を書かれてる、と聞きました。仕事がお忙しいんでしょう?」


「いえ、書下ろしばかりなので……締め切りに追われる事もなく、のんびりやってます。出版社の方には悪いんですが、元々筆が早い方ではないんです」


クロエは苦笑する。


「アイディアが出て来るまでは何日もぼぅとしてます。ライラが来て………時間のメリハリが出来て前よりもずいぶん良くなりましたけど」


毎日送り迎えして、食事の支度をするからだろう。


「本の内容は………経験からくるものですか?」


「いいえ。頭の中の事です。世の中にはいろんな話が転がってます。雑誌や新聞にはたくさんの信じられない話が載っています。そういうのをいかにもありそうな事として自分の中で消化して吐き出すんです」


クロエはそこまで話して、はっとしたような顔になった。


「私がどんな話を書いてるかご存じなんですか?」


「読んだ事はありませんが………ペンネームは存じ上げています」


クロエはホッとしたようだった。


「良かった。男性は読まなくてもいいモノです」


「どうしてです?」


「アレには夢が入ってます。女性の憧れ、と言ってもいいかもしれません。絶対にないって事が書いてあるんです。あの通りの男性がいたら………スーパーマンだわ」


「どんな男性?」


「そう………かっこよくて、優しくて、頭も良くて、何でも出来る。いつでも主人公の事を一番に考え、彼女の為に色々頑張るんです」


男性評は余り良くない、とクロエは続ける。


「勿論、女性に向けて書いているモノなので気にはなりませんが、親しい人に読まれるのは……恥ずかしいですね」


「そんなものですか?」


「そんなものです」


クロエは苦笑してコーヒーを飲み干した。


「さ、夕食の準備をしましょう。ドミニクさんも食べて行って下さい。お礼、と言うには一寸……足りないけど」


「僕も何か手伝います。こう見えて結構料理出来るんです」


クロエは一寸考え、お願いします、とキッチンへ案内してくれた。


小さいエプロンを借りてクロエと一緒にサラダとスープを作り、ステーキを焼く準備をする。


テーブルのセッティングをしているとライラが目を擦りながら起きてきた。


「あれ?ドミニク?家に住むの?」


「おはよう、ライラ。一寸だけお手伝いしてたんだよ。顔を洗ったら夕飯にしよう」


ライラは嬉しそうな顔をしてダイニングを出る。


「すみません、ヘンな事言って。良く言いきかしておきます」


「いえ、いいんです」


クロエの声に笑顔を返して、肉を焼く彼女の隣に立つ。


「あぁ、まだ早いです。もっと焼き目が付いてから返さないと。何度も返すと硬くなるんです」


「そうなんですか?知らなかったわ。いつもなんとなく焼いてた」


クロエの手からトングを取り、焼き加減を見る。


「このくらいまでなったら一度だけ返して下さい」


クロエは僕の隣でステーキになっていく肉を見る。


「お皿取って下さい」


「はいっ!」


クロエに渡された皿にステーキを載せ、肉汁を使ってソースを作る。


出来たソースをかけて完成。


「出来ました。運びましょう」


「………スーパーマンだわ………」


クロエは何か呟きぼうっとしていた。


「クロエさん?大丈夫ですか?どうかしました?」


「ぁ、いえ、何でもありません」


ほんのり顔を赤らめてクロエはお皿をテーブルに運んだ。





クロエは勿論、ライラも美味しい、と食べてくれた。


「このソース、お店のみたい。ドミニク、どうして?」


「ん?昔レストランでバイトした事があるんだ」


「それって、あそこですか?」


「はい。マスターに仕込まれました。その後、今の会社に就職したんです」


一時は真剣に店を継げ、と言われていた。


僕自身は料理よりも水泳の方が好きだった。


その話をするとマスターが今の会社を紹介してくれた。


マスターには感謝しっ放しで、だからほとんど毎日店に行き、元気な姿を見せている。


そんな話を訝しげにライラが聞いているのに気付いた。


「クロエは何でそのお店知ってるの?」


「あ~~、ランチを食べた事があるの。ドミニクさんに連れて行ってもらって………」


クロエが困ったような顔をする。


「ずるい!私も行きたかった!!」


「ライラも今度連れて行ってあげるよ。僕が作るより何倍も美味しいよ」


「ホント?やったっ!!クロエも行って良い?」


「あぁ、勿論だよ。夜はメニューが変わるんです」


「そうなんですか?楽しみだわ」


二人ともにこにこしてお皿を空にした。


久しぶりに賑やかな楽しい夕食だった。





その後、毎週末、僕はライラに水泳を教えた。


フロントに顔を覚えられる頃にはライラは息継ぎを覚え、クロールで半分まで泳げるようになった。


クロエはいつも見学室で紙を広げ、ペンを走らせている。


昼食はマスターの店。


マスターはライラの事が気に入ったようで、もう少し大きくなったら色々教えてやる、とスカウトしていた。


昼からはまたプールに戻ったり、映画や公園に行く事もあった。


夕食はその時々。


作る時もあれば、食べて帰る事もある。


いつも一緒にキッチンに立つから、酷いのは食べた事が無い。





僕が彼女の事を”クロエ”と呼び、泊って帰る事も増えた頃、クロエは新刊を上梓した。


道ですれ違うだけだった男女が、姪っ子をキューピッドに恋に落ちる話。


今までと違って、ほのぼのとしたその恋愛小説は読者層を広げ、発売一月も経たない今、映画化の話が出ている。


クロエは主演を誰にしようか悩み、僕は相手役が誰になるのかわくわくしている。


ライラは25メートルを泳げるようになり、ハリーと付き合いだしたらしい。


「ドミニク、そろそろ引っ越してきたら?部屋代がもったいないわ。クロエの寝室に転がり込めばいいのよ」


最近のお子様は………



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