第44話 陽はまた昇る
「さて、剣士ラルフェインよ、落第とは言ったが、見込みがないわけではない」
『剛腕』は腕を組み、剣士を見据えていた。
惜しい、悩ましい、と感じさせるような視線だ。
「なら、再試験とやらでもしてくれるのかい?」
「そうだな。それがいいのかも知れん」
そう言うと、『剛腕』は天に向かって両手を掲げると、その両手にそれぞれ巨大戦斧が収まった。
また、顔つきも老人から青年へと変わっており、まさに往年の姿。つまり、全盛期の勇者のそれである。
まさにそれこそ、伝説に語られる『剛腕』の戦闘スタイル、あるしは容姿そのものだ。
巨大な斧を二つ同時に振り回し、鋼鉄の旋風とも称される戦い方で、数多の敵を屠ってきた。
それが目の前にいて、自分に闘気を向けてきているのだ。
剣士もまた緊張したが、すぐに解れた。
「いや、再試験は今は止めておくよ」
「臆したか?」
「俺はあんたに勝てると思っているほど、自惚れちゃいないさ。老人の姿であろうとも怪しいくらいだ。だから、“再試験”ではなく、“自習した上での再試験”でやらせてもらう」
「ほう、言うではないか。多少鍛え上げれば、私に勝てるとでも言うのか?」
「勝てるさ。その自信をあんた自身から貰ったからな」
「渡したつもりはないがな。お前に与えたのはせいぜい、首筋にある“かさぶた”くらいだ」
なお残る首筋の傷跡。木こりの老人に付けられたものだ。
後で知ったが、それは元・勇者からの一撃であり、納得の武の冴えであった。
あれを超えない事には、話にならないというのが剣士の考えだ。
「それにあれだろ? あんた自身が言っていたじゃないか。『肩書とは背負うもの』だってな。今の俺がそれを背負えるほど、できた人間だとは思っていない」
「だから、背負うに足りるまで待つ、と?」
「ああ。突っ込むだけが勇敢じゃないんだろ?」
これには『剛腕』も大いに笑った。
なんやかんやで目の前の剣士は、聖域での出来事をきっちりと吸収していたからだ。
もはやこの男は、ただの自惚れ屋に非ず!
真に勇者の肩書を背負うに相応しくなりつつあるのを、これでもかと実感させられた。
元・勇者にしてみれば、それがたまらなく愉快であった。
「よかろう! 剣士ラルフェインよ、自己鍛錬の猶予を与えよう! もし、お前自身が“勇者”の肩書を背負うに相応しいと感じた時、またここへ来るが良い! その時こそ、最後の試練をくれてやろう!」
「ああ、そうさせてもらう! あんたの後釜になるつもりはないが、あんたを超える存在にはなってやるさ!」
「その粋や、よし! 存分に磨いてくるが良い」
そして、二人は握手を交わした。
いずれ再会する事を約した、男と男、元・勇者と次なる勇者を目指す者の、確たる証だ。
それを見守る『光の盾』もまた、満足そうに頷いていた。
「じゃあね、ボウヤ。次に会うまでに、女相手にドギマギすることのないよう、そっちの方も鍛えておくことね」
その言葉を待っていたかのように、遥か彼方からゆっくりと陽が顔を覗かせてきた。
安息日の到来を告げる、朝日の洗礼だ。
その輝かしい姿はなんとも眩しい。
生きている事を実感させてくれる、そんな温かさと安らぎをもたらす存在だ。
ふとそちらに視線を向けているうちに、二人の姿が消えている事に気づいた。
闇夜が晴れる払暁をもって全てが終わった。そう言わんばかりに。
(いや、俺にとってはここからだ。まだ勇者としてのスタートラインにすら立っていない。ただただ再試験を認められた程度だ!)
そして、剣士は朝日に向かって誓った。
次こそ確実に試練を乗り越えてみせると。
そんな剣士の耳に密やかに突き刺さる声があった。
「また来るがいい」
「またおいで」
それだけははっきりと聞こえた。




