第41話 暗闇の中で
首無の振り下ろした斧の一撃を受け、剣士は首を切断された。
不思議と痛さは感じない。頭と体が切り離されて、それゆえだろうと剣士は勝手に納得した。
首を切られても、僅かな時間は意識を保てると聞いていたが、よもや自分がそれを経験しようとは考えてもいなかったが、すでに無意味だ。
死にゆく者は、意識を暗闇に沈める以外にない。
(ああ、ちくしょう! 俺もここまでか……。みんな、すまない)
駆け巡る走馬灯。映し出されるのは、旅仲間の三人だ。
連れだって故郷の村を飛び出した、幼馴染みの武闘家。
旅先で出会い、それとなしについてきた神官。
迷い込んだ森の中で見え、面白半分に同行してきたエルフの魔術師。
仲間との約束を果たせぬまま、死にゆく事だけが心残りだ。
(勇者の試練を制し、本物になってやろうってのに、なんていう無様だ)
すでに意識が途切れかかっており、思い浮かべる仲間の顔も不明瞭になりつつある。
闇に引きずり込まれ、それを以て人生の終了となる。
死神のお迎えと言うやつだ。
(死神……。そうだ、あの爺さんが言ってたっけ。死神がどうとか)
今更にして思い浮かんで来る木こりの老人とのやり取り。
かつて勇者と呼ばれた男の成れの果て。『剛腕』の二つ名に相応しい鋭い斧の一撃を放っていた。
本気であれば、あの時に死んでいたはずだ。
今も首筋に残る“かさぶた”は、伝説の英雄に手ほどきを受けた証だ。
(と言っても、一方的にこちらがそう思っているだけで、あちらは『勇者の試練』の舞台装置に従っての事。とんだ独りよがりだ)
己の実力を過信し、引退して老いさらばえた元・勇者の一撃を食らった間抜けだ。
許されるなら、もっとあの老人の話を聞いておきたかった。
だが、その時間はない。
いよいよ“死”が浸食してきたようで、もう意識が途切れる寸前だ。
首を切り落とされても、なおも意識を保ち続けただけでも奇跡と言える。
そんな状況にあっても、妙にあの老人の姿だけは鮮明に浮かんで来る。
ただひたすらに木を切り続けているだけの姿だというのに、その姿は目に焼き付いていた。
スコーンッ!
耳にも、斧を振り下ろし、木を切る音さえ聞こえて来るかのようだ。
スコーンッ!
規則的に打ち出される音は、妙に耳に響く。
葬送歌のようであり、同時に何かしらの激励のようにも感じるリズミカルな音。
その音に呼び起され、剣士の頭に老人からかけられた言葉がふと浮かんできた。
「生きていると感じていれば、死んでいてもそれは生者の振る舞いだ。逆に、生きていても死んだと感じれば抜け殻も同然。死んだ事と同義だ。そして、“死神”と言う奴は、そういう存在から魂を抜き取り、生きてはいても死んだものとして、あの世へ送り出してしまうものなのだ」
死へと誘う死神の腕は、確実に自分の魂を掴み取っている。
剣士はそう感じていた。
だが、老人はそうではないと言う。
生きていると思えば生き、死んだと思えば死ぬ。
そういうものなのだと。
そう考えた途端、剣士の体に異変が起こった。
まだ死んではいない。否、死んではいけないのだ、と。
(あの爺さん、やっぱ本物だったんだな。きっちり最重要の情報、渡してくれていたじゃないか!)
何があっても“死”を思い浮かべるな。
意思を保ち、身構えている限り、“奴”は決して食事を始めたりはしない。
どれも珠玉のごとき助言だ。
今にして剣士は思う。あの老人は、生死の境界まで来れれば、役立つであろう言葉を残してくれていた事を。
そう考えると、死の意識が遠のいていった。
暗闇が晴れ、月明かりが差し込むかのように、沈んでいた意識に光が届いた。
(死を思うな。受け入れるな。むしろ、死の先を行け。死を乗り越えろ!)
意識は甦った。
それだけではない。グチャグチャにされたはずの四肢の感覚が戻り、切断されたはずの首すら引っ付いてくる感覚が湧き起こった。
(そうだ! これは夢だ! 幻だ! 潰された四肢の感覚が戻っているのが証拠だ! 斬られた首が繋がっている感覚もある! 何もかもがまやかしだ! ならば!)
そして、覚醒した。
深い眠りから覚めたとも言える。
それは悪夢であり、心地よい夢でもあった。
英雄に、勇者になると言う、昔からの憧れだ。
憧れて掴みに行き、そして、道を踏み外した。
だが、それは嘘。まやかしだ。
踏み外してなどいない。踏み外したと錯覚しただけだ。
(まだ試練は続いている! なら、俺は立ってみせる! 諦めない!)
意識のみならず、視界も回復した。
もはや自分を鎮める闇もない。
四肢は元に戻り、切られた首はそれが嘘であったかのように、元の位置に収まっている。
決して“首無し”になどなっていない。
手も、足も、首も、ちゃんと元の位置に戻っているのだ。
そして、剣士は生え変わった二本の足で立ち上がった。




