第39話 反転
剣士は頭を切り替えた。
身代わり人形を掴まされた時点で、試練としては詰んでいた。
人形の力を使えば、チートアイテムを用いて試練をこなそうとしたと見なされ、“助力を禁じる”という禁令に違反する。
当然、神よりの裁きが下る。
人形を使わなければ、首無の一撃を食らわなければならない。
そうでなければ、こちらもまた“虚言の禁止”と言う禁令に違反する。
もちろん、巨大な斧で首を刈り取られても、その時点で人生は終わる。
どの道も、その果ては“死”という終焉を迎える事に違いはない。
ゆえに、剣士は生き残る事を諦めた。
(ならば! 拭えぬ爪痕を残してやる!)
剣士の選んだ最後の一手、それは“刺し違える事”だ。
「でやぁぁぁ!」
気合の一声と共に強烈な一撃が繰り出された。
飛び込み様に鋭い突きが放たれ、首無の脇に抱えた顔目がけて剣が突き入れられた。
だが、寸前のところで首無が斧を繰り出し、それを止めた。
「貴様、この期に及んで悪足掻きか!?」
「差し違えてでも、お前を倒すだけだ!」
「禁令で殺生を禁じられているのを承知の上でか!?」
「お前は不死者だ! 打ち倒したところで殺したうちには入らん! なにしろ、すでに死んでいるからな!」
「貴様!」
「唸れ、雷の剣よ、『汝に死の雷を』!」
首無は剣士の刺突は防いだものの、電撃は防ぐことはできなかった。
天空より突き刺さった雷は剣士の持つ『雷鳴剣』に落ち、それを伝って剣士と首無双方を貫いた。
互いに強烈な電撃を受けたが、剣士の勢いが勝った。
雷に打ち据えられるのに慣れていた分、ダメージが比較的少なかったのだ。
剣と斧の鍔迫り合いは剣士が制し、相手の体勢を大きく崩した。
「がはぁ!」
「勝機! もらったぞ!」
大きく体勢を崩した首無に向けて、剣士は再度の突きを繰り出した。
しかし、そこまでだった。
バキバキッっという嫌な音と共に、不意に腕があらぬ方向に曲がってしまったのだ。
「はい、残念でした~♪」
いつの間にか、『身代わり人形』を手にしていた女王が、不敵な笑みと共に人形の腕を捻じ曲げていたのだ。
その曲がり具合は、剣士の体そのものであり、ぽっきりと折られてしまった。
「…………ッ!」
「術式を反転させたわよ~。本来なら、あなたが受ける傷を人形が肩代わりしてくれるけど、逆にこの人形を傷つけると、あなたに傷が移るようにしといたから♪」
女王からの無慈悲な宣告に、剣士はいきなり腕が折れた理由を理解した。
だが、剣士は止まらない。
あろうことか、まともに握れなくなった剣を口に咥え、再び首無に斬りかかったのだ。
「あはっ♪ すっごい! でも、ダメ~♪」
口で剣を咥えて斬りかかると言う器用な真似に感心しつつも、女王は人形の足をへし折り、剣士の体もまたそれに連動して、足が曲がってはいけない方向へと曲がってしまった。
四肢を失った剣士は地面に転がり、咥えていた剣も同じく主の目の前に転がり落ちた。
だが、闘志はなお衰えず、唯一動く頭部は、見下ろす二人の怪物に向けられ、その視線でなおも威圧し続けた。
そんな地べたを這いずる剣士に対して、首無は脇に抱えていた自らの首をわざわざ剣士の目の前に突き出し、ニヤリと笑った。
「いやはや、残念だったな。いささか驚いたぞ。あの場面で反撃を試みてこようとはな! 大抵の奴は、あの場面でぽっきり心が折れて絶望するか、あるいは恐怖の内に一目散に逃げだすかなのだが……」
「グッ……!」
「ん~、四肢をへし折られても、なおも衰えぬ闘争心、見事である。まあ、その努力も希薄も、無意味なものではあるがな」
ペシッっと、首無は空いた手の指で、剣士の額にでこぴんをお見舞いした。
でこぴんと言えども、金属製の篭手での一撃である。普通に痛い。
実際、額から血が滴るほどの一撃だ。
だが、剣士の気迫はなおも衰えない。その指を食いちぎろうと、噛み付こうとする有様だ。
「おっと、危うい危うい。ククク……、無意味だと言っているだろう、諦めの悪い奴よなぁ」
首無の不快な笑い声が剣士の耳に突き刺さり、苦痛と死の恐怖と共に全身を駆け巡った。
それでもなお、剣士は決して屈しない。
もはやどうする事の出来ない状態でありながらも、なお戦う意思を捨ててはいなかった。
噛み付こうとしたのも、その表れだ。
だが、そんな剣士を女王は物理的に踏み付けた。
捻じ曲がった足を踏み抜き、更なる苦痛を与えてきたのだ。
「…………ッ!」
「呻き声を上げないのは大したものね! その点は褒めておいてあげるわ」
グリグリとあらぬ方向に曲がった剣士の足を踏み躙り、悦に浸る女王の姿はまさに悪魔のそれである。
凄まじい激痛が傷口から全身に向けて律義に伝わるが、それでも剣士はその苦痛に耐えて見せた。
動かないはずの腕をどうにか動かせない物かと必死にもがき、腰の道具袋から回復のための魔法薬を取り出そうとした。
ならばと、今度はその腕を踏み付ける始末だ。
どこまでも性格の悪い女王であった。
「いいわ~。その必死で抵抗する様は!」
「おいおい。いい加減、とどめ刺してやれよ。哀れ過ぎる」
「あら~。あなたが温情なんて珍しい」
「最初から気に入っているぞ。思惑はどうであれ、勇敢に試練に立ち向かってくる奴は好きだ」
首無は再び放り投げていた斧を握っており、いつでも哀れな挑戦者の首を跳ね飛ばせるようにしていた。
だが、女王はそんな気は更々ないのか、なおも踏み付けた。
「剣士のボウヤ、前にも言ったわよね? 私は夢を見せてあげるのよ。ま、主に淫靡な夢をだけれども、それ以外の夢をみせてあげることもできるのよね。さしずめ、あなたの夢は“勇者や英雄と呼ばれる存在になる事”かしらね。いわゆる英雄願望、憧れるわよね~、そういう存在には」
「何が言いたい!?」
「夢破れて朽ちていく。あるいは、掴んだと思った夢が、目の前で砕け散る。ああ、なんて哀れなのでありましょうか! そんな馬鹿げた夢を、幻を、願望を見せてあげるのが私なの」
口調こそ優しげで甘美であるが、行動は一致していない。なおも剣士の傷口を踏み躙り、苦痛を与え続けていた。
そして、掴めないはずの手を差し出し、ニヤリと笑った。
「さあ、辛い現実なんて忘れて、私に全てを委ねなさい。あなたの見たい夢を見せてあげるから」




