第34話 試練の山
それは登山と呼ぶには、あまりにも神々しい演出と言えた。
山頂までまっすぐ伸びた石造りの階段と、等間隔に設置された燈明は、剣士が目を見張るほどに美しかった。
登山ではなく神事。試練の前振りとしては、十分すぎる演出だ。
屋敷の裏にある試練の山は、それなりに標高のある山なのだが、普段は常駐する雷雲に阻まれて全体像を把握する事はできない。
雷雲が晴れるのは安息日の前夜から早朝にかけてであり、 日が登り始めると同時にまた雷雲が集まり始める。
そのため、『試練の山』をはっきりと見る事はまず叶わないと言える。
しかし、今は違う。
山頂まで一直線に伸びる階段は、さながら天界へと登る道程。
山自体もまた、淡く輝いているようで、薄ぼんやりとだが穏やかな闇夜の中に存在感を見せ付けていた。
「さて、すでに登り始めてから言うのもなんだが、山頂に到着すれば二度とは引き返せぬぞ。そこに至らば道は二つ。死して土塊に成り果てるか、あるいは神よりの試練を乗り越えて勇者と名乗るに相応しい者となるか、その二つだ」
足を踏み出すごとにガチャリガチャリと、鎧の音を響かせながら領主は階段を登っていく。
全身鎧を着込んでいると言うのに、重さを感じさせない軽快な足取りは、常人の域を遥かに超えていると認識せざるを得ない。
なにしろ、剣士が聞いた情報が正しければ、目の前の男は“魔王”なのだと言う。
淫魔と同じくこの聖域を住処とし、完全復活のための時間稼ぎと、未来の勇者を叩き潰すという、一石二鳥の策を用いているのだと言う。
実際、淫魔に襲われた件と言い、この聖域が汚されているという点には疑いようもない。
魔王と言うのも、あるいは誇張表現なのかもしれないが、少なくとも、淫魔の女王を従える程の実力者である事は疑いようもない事実だ。
今かけられている言葉も、嫌味や嘲笑のようにしか剣士には聞こえていなかった。
(だからこその“選別”か。自分が力を振るうに値するかどうかの)
女王が言うには、精神には鮮度と言うものがある。
上げてから堕としてこそ、美味なる魂になるのだと言う。
そう考えると、今は上げている最中だ。物理的にも、精神的にも。
相応しい舞台を整え、勇者となる事を欲する者を呼び込み、そして、戦う。
実力者をさらに上行く力を以てねじ伏せ、打ちひしがれる様を楽しみつつ、その魂を食らう。
(まさに悪魔的所業! だが、『光の盾』が言うには、『試練の山』に“まとも”に登っていったのは久々だと言う。二十年前、自分が逃げおおせた際の挑戦者が最後で、それ以降は俺が初。目の前の奴にしても、久々の食事に胸躍ると言ったところか)
剣士もまた緊張のままに階段を登っているが、神経は研ぎ澄まされていた。
目の前の男の一挙手一投足を見逃すまいと、とにかく必死であった。
『光の盾』の見立てでは、やはり『試練の山』にこそ魔族がこの地を制した理由なりが存在するのだと言う。
何かしらの魔術具か、あるいは魔法陣、考えられるものはいくつかある。
それを破壊ないし無力化、最悪、情報を持ち帰る事を考えねばならない。
(試練と銘打つも、この汚された聖地で繰り広げられるのは、魔族が主催する晩餐会だ。ロクなもんじゃない! だが、奴に脅されようとも、とうに下がると言う選択肢はないんだ!)
剣士の脳裏に浮かぶのは二人の姿。伝説に語られる『剛腕の勇者』と『光の盾』、その変わり果てた姿だ。
片や、老いさらばえてなお魔族に捕らわれ、悪夢の中を彷徨っている。
片や、人形の姿になってでも、その捕らわれた元勇者を救おうとしている。
伝説には語られない英雄達の後日譚。彼らの戦いはなおも続いているのだが、それは決して明るくも華やかでもない。
腐臭漂う汚れた聖域で繰り広げられている、どうしようもない狂宴だ。
(次の勇者に必要だよな、これの解決は。先輩勇者の悪夢を終わらせ、健やかなる内に眠りについてもらう。俺ができる憧れの大英雄への、せめてもの手向けだ)
剣士の決意は固い。
もう一切の揺るがぬ信念として、心の内に確固たる意志を宿していた。
勇気を示し、覚悟を見せろ。
勝って仲間に告げる。堂々たる勝負に勝ち、勇者になったと。
敗れたとしても、堂々と言える。勇者のごとく、胸を張って戦って死んだと。
もう、恐れるものは何もない。
ないからこそ、目の前の男の問いかけにも応じず、ただ淡々と足を進め、山頂を目指すだけだ。
それすら読み取っているのか、領主は自身の問いかけに無言で応じる剣士に、更なる問いかけもなしだ。
すでに余計なお喋りなど不要だと、二人揃って無言のうちに了承しているかのようだ。
淡々と階段を登り、ただただ山頂を目指す。
この聖域での出来事のトリを飾る舞台、『試練の山』の頂上に向けて、二人は黙々と歩を進めていった。




