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第25話 晩餐

 その日の晩餐は実に豪勢であった。新鮮な野菜は言うに及ばず、領主が持ち帰ったシカ肉は処理された後、程よくローストされ、大皿の上に乗せられていた。


 調理は夫人が手ずから行っていたようで、配膳もまた召使いと一緒に行っていた。


 その間、剣士と領主は今日の出来事について談笑していた。



(嘘はつかんように気を付けないとな)



 話す内容に嘘があっては、天の咎を受ける可能性があるため、口にする内容には細心の注意が必要であった。


 堪えられない事は適当にはぐらかし、一々神経を使う言葉のやり取りのせいか、思いの外に空腹となった。


 そして、夫人が剣士や領主が見ている前で、運んできたシカ肉の塊を手際よく切り分け始めた。



「おい、そっちの生っぽい方を頼むぞ」



「もう、あなたったら……。シカ肉ですよ。あたっても知りませんからね」



「肉は軽く火を通したくらいの、生肉感がある方が旨いのだよ」



「はいはい」



 一見すると、仲のいい夫婦の食事風景である。互いに笑顔で言葉を交わし、その睦まじさを見せ付けているかのようだ。


 さりげないありふれた場面だが、欺瞞だらけであることを剣士は知っている。



(もし、これが本当に『剛腕』と『光の盾』の二人だったら、どれほど幸せな事だろうか)



 聞かされた作り話(カバーストーリー)の通りであれば、かつての勇者とその相方の平和な時代の姿。夫婦の団欒の場面のはずだ。


 試練の舞台装置システムに取り込まれ、次なる勇者の登場を待つ、それまでの間続けられる仮初の夫婦だ。


 今生において死によって別たれた二人が、仮想現実ゆめのせかいの中でだけ夫婦でいられると言う悲しくも微笑ましい状況。


 だが、それは欺瞞だ。


 事実は違う。聖域は魔族に乗っ取られ、次なる勇者を待ち望むかつての勇者の想いを踏み躙り、やって来る挑戦者を次々と屠っているのだ。


 剣士もまた、危うくやられかけたが、仲間の持たせてくれた数々のアイテムと、自身の考えた末での立ち回りによって、今のところは無事だ。



(だが、それももうすぐ終わる。問題は今夜仕掛けてくるか、明日に仕掛けてくるか、だな)



 明日の夜には試練を受けるために、この屋敷の裏手にある『試練の山』に登る事になる。


 普段は雷雲が山頂付近に常に居座り、下手に登ろうとすれば雷に打ち据えられ、黒焦げとなる。


 今も稲光が見えるほどだ。


 しかし、週に一度、安息日の前日の夜から安息日の朝にかけては雷雲が消える。


 これ自体も嘘の可能性はあるが、元・勇者である『剛腕』、雑木林で出会った老人もまたこの情報を出しているので、これは事実だと考えていた。


 そうなると、今夜中に仕掛けてくるか、あるいは山に罠でも仕込んで待ち伏せるか、そのいずれかだろうと踏んでいた。



(しかし、仕掛けてくる様子はないな。こちらがどう足掻こうとも、勝てるという自信か、それとも、昼間の出来事を察していないのか)



 昼間は夫人が淫魔サキュバスとしての本性を現し、剣士に襲い掛かってきたが、これを返り討ちにしたあげく、破邪の護符で封じ込めにも成功していた。


 無理に魔族の力を行使しようとすれば、たちまち護符アミュレットが反応して、激痛でのたうつことになるはずだ。


 伝えていない、察していないのであれば、随分と間抜けな魔王である。


 それならば自分一人でどうにかなるかとも思うが、そうであるならば『剛腕』が動かない理由が見えてこない。


 封印が解けておらず、不完全な魔王であれば、正体さえ知っていれば仕掛けてもおかしくはないのに、これと戦おうともしなかった。


 聖地の乗っ取りを察していながら、勇者として戦おうとしなかったのはなぜか。


 そこが疑問であった。



(何か理由があるのかもしれんな。明日、もう一度雑木林に行って、爺さんに聞いてみるか)



 などと考えていると、夫人が切り分けたシカ肉を皿に乗せ、剣士の目の前に置いた。


 生っぽいところを注文した領主と違い、こちらはしっかり火の通った部分を差し出してきた。


 よく匂いを嗅ぐと、香ばしい中に少しばかり刺激的な香りが混じっており、食欲を掻き立てる何かが含まれているのに気が付いた。



「胡椒か。こりゃまた随分と豪勢な」



「挑戦者の英気を養い、万全の状態で挑んでもらうのが、当家のお役目ですからな。肉を美味しく召し上がるのには、これが一番ですよ」


  

 などと言いながら、本当に生っぽいシカ肉をペロリと平らげてしまう領主であった。


 その豪快な食べっぷりに触発され、剣士も肉を口に運んだ。


 香しい匂いに加え、程よく食欲をそそる香辛料の刺激に、脳もご満悦のようでもっと寄こせと叫んでいるようであった。


 その命令に忠実に従い、皿の肉をすんなり平らげてしまった。



「いや、見事な食いっぷり! ラル殿は若いですし、ドンドン召し上がってください。ほれ、おかわりの肉を!」



 領主の言葉に応じ、夫人もさらに肉を切り分け、再びそれをラルフェインに差し出した。


 歓待されてはいるのだが、当然警戒心が強く、料理をイマイチ楽しめない剣士であった。



(ほんと、これが夢か幻であってくれればいいんだがな)



 美味しい事は美味しいのだが、剣士の脳を横滑りに突き抜けていった。


 やはり、どんな珍味美味であろうとも、卓を囲める仲間があってこそだと、今更ながらに痛感した。



           ~ 第26話に続く ~

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