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第10話 適用範囲

 雑木林を出た剣士は、日が沈みかけている事に気付いた。


「おっと、こりゃいかん。思った以上に老人とのやり取りが長引いたようだな。暗くなる前に引き上げるか」



 さすがに夜を徹して情報収集などするつもりもなし、何より“あの”領主もそろそろ帰宅している事だろうとも考えた。


 むしろ、領主とのやり取りこそ、情報収集を行うのに最適だと判断すると、その足取りも自然と早くなった。


 そして、領主の屋敷まで戻ると、昼間と同じ二人の門番が出迎えてくれた。



「これはラルフェイン様、お帰りなさいませ」



 二人揃って丁寧なお辞儀をし、門を開けた。


 すると、そこへ一人の女性が歩いてくるのが見えた。ドレスをまとい、それなりに着飾っている事から、侍女メイドではなく、貴婦人であるのは一目瞭然であった。



「あちらは主人の奥方様です」



 一人がそう耳打ちしたので、剣士は姿勢を正した。


 これから数日、この屋敷で寝泊まりするわけであるし、心象を損なうのは慎むべきだと言う考えがそれをさせた。


 そして、目の前に現れた貴婦人は、薄暗い中を自らが持つ燭台ジランドールの灯に照らされながら現した姿、まさに“絶世の美女”と呼ぶに相応しい容姿であった。


 闇夜をそのまま溶かし込んだような艶やかな髪はさらりと伸ばされ、同色の瞳はまるで吸い込まれるように深く、見つめられるだけで剣士は落ち着かなくなるほどだ。


 昼間の村娘も確かに美人であったし、体型スタイルも申し分なかったが、闊達過ぎる振る舞いや積極性が、却って“品の無さ”の表れでもある。


 しかし、目の前の貴婦人は違う。雰囲気や立ち振る舞いが貞淑なる貴人のそれであり、剣士が今まで見てきたお高くとまった貴族の婦人や御令嬢とは一線を画する、そんな何かを感じ取るに十分過ぎるものがあった。


 そんな貴婦人に対して、剣士は緊張のあまりピンと背筋をこれでもかと伸ばしてしまう程だ。



「あら? 旦那様が返ってきたかと思い、お出迎え申し上げようかと思いましたが、御客人の方でしたか。お話は伺っております、剣士ラルフェイン殿。当家の主人ザムエールの妻で、エインシュートと申します。気軽にエインとでもお呼びください。逗留される短い期間ではございますが、どうぞよしなに、未来の勇者様」



 夫人がニコリと微笑んできたので、剣士は顔を赤らめて照れ臭そうに慌てて頭を下げた。


 “慣れていない”初心な童貞男丸出しな姿に、門番二人が思わず吹き出してしまうような、なんとも締まらない姿だ。



(御夫人の方も気安いな~)



 夫婦揃って初対面の者に距離を狭めてくるのは、これも試練の一環なのだろうかと、ついつい勘繰ってしまうほどだ。


 そんな事を剣士が考えていると、そこへ一頭の馬が駆け込んできた。


 もちろん、出かけていた領主だ。



「おやおや、みんなしてお出迎えとは痛み入る。麗しの妻に会いたくて、急いで戻って来てみれば、賑やかな事で何よりだ」



 領主は馬から颯爽と飛び降りた。


 そして、鞍に括り付けてあった大きなウサギを握りしめ、それを夫人に渡した。



「ほれ、夕食を獲ってきたぞ」



「まあ、立派な兎ですね。早速、調理させましょう」



 夫人は笑顔で兎を受け取り、領主もまた笑顔で返した。


 なんとも仲睦まじい夫婦の一幕なのだろうが、剣士はこの場面に違和感を“二つ”も感じ取った。



(いい夫婦なんだろうけどもさ、なんか年齢、違い過ぎねえか!?)



 並んで立っていると、それが殊更強調された。


 領主の方は中年。恐らくは四十半ばから五十くらいではなかろうかと予想した。


 一方の夫人の方はかなり若い。もしかすると、自分とそう歳が変わらないのでは思うほどだ。


 そして、ついつい口に出してしまった。



「質問、お二人の年齢は?」



「ん? 歳? 四十七歳だ」



「私は十七歳です」



「まさかの三十違いの歳の差婚!? しかも、御夫人の方は俺と同い年!?」



 年齢差のある夫婦だとは思ったが、夫人の方が思った以上に若かった。


 剣士はついつい二人をジロジロ見てしまったが、二人はその無礼を笑って流した。



「まあ、良く言われることだ。そんなことより、ほれ、早くそのウサギを厨房に持って行ってくれ。晩餐が遅くなってしまう」



 領主に促され、夫人は軽く会釈した後、兎を脇に抱えて邸宅の方へと去っていった。


 だが、その“ウサギ”こそ、年齢差と同じく剣士が感じた違和感だ。



「なあ、領主さん、ここは聖域で“殺生”は禁忌じゃなかったのかい?」



「それはそうなのだが、“適用範囲”にここの住人は含まれておらんぞ?」



「…………!」



 思わぬ新情報に違和感が吹き飛び、逆に背筋に寒いものが走った。



(禁令は余所者、というか試練を受ける者にしか適応されないって事か!? なら、さっきの一撃で……)



 森の中の老人からの一撃。老人の言う通り、本気だったら殺されていたと言う事だ。


 殺生は禁じ手であるから、脅し程度の話だろうと考えていたら、本当に手加減していたということだ。


 だが、問題はそれだけではない。



(なら、“虚言”を弄してくる可能性もあるって事か! まあ、三つの禁令自体には嘘はないだろう。説明されたルール自体が嘘だったら、試練として機能しないからな。だが、今まで出会ってきた連中がもし“嘘つき”だった場合は?)



 剣士はここまで思考を進めて、老人の言葉が妙に頭に響いてきた。



「“奴”は人目を欺くのが上手い」



 “奴”の正体はまだ不明だが、騙すのが上手いと言う点が気掛かりだった。


 自分は禁令によって正直に話さないといけないのに対して、正体すら分かっていない“奴”は禁令に縛られていない。


 嘘もつけるし、殺すつもりで襲い掛かっても来れる。


 なんなら“色仕掛け”すら可能だ。



(だが、そうなると、老人の言葉すら“嘘”が混じっている可能性もある。これは情報収集に難儀しそうだな!)



 思わぬ落とし穴の存在に気付き、剣士は冷や汗をかいた。


 さながら蜘蛛の巣に絡まった羽虫のような気分だと、老人の言葉をそのままに受け取った。

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