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2023年5月  作者: 矢尻和夫
3/7

2023年5月 1日目(3)

 もうこれ以上話しを続けられないと感じたので、

「もうすぐ2時間になる、俺は帰るぞ」そう言って、話を終わりにした。

「本当だ」

「あんたが、話を終わりにしないから、俺は2年分くらいまとめて話した感じだ、これ以上話したら寿命が縮んじゃうよ」

「嘘でしょ。でも、ほとんどおじさんが話してたんじゃない」

「あんたに説明してたら、こんなになったんだ。あんたも気をつけて帰れよ。この時間だと、原発から帰る車で道路とコンビニは一杯だから、早く帰れよ」

俺は階段の方に向きを変えた、その時だ、

「ああ、帰りたくない」と、今までで一番大きな声で言った。

「なんだよそれ」

「帰りたくないの」

「そんな事を悪いやつに聞かれたらどうするんだ、食い物にされるぞ」

「ここに悪い人居るの?」

「俺が性悪な爺だったらどうする気だ」

「性悪だったらって事は、性悪じゃない人、いい人って事」

「いや、性悪だ」

「本当?」

「だから、食い物にされる前に帰れよ」

「ねね、どんな風に食い物にするの、教えて教えて」

「なんだ、急に、人が心配してるのに」

「ごめん、わるかった」

「あんた、栃木か」

「え、なんで」

「違うのか?」

「当たってる、なんで?」

「何となくさ」

「やだ、どうしよう」

「都会の女のつもりだったのか」

「そんなんじゃ無いけど、結構都会っぽく見えるかなって思ってたのに」

「栃木だってそれほど田舎じゃ無いだろ」

「ううん、家の方は田舎。鹿が出る」

「なんだ、俺の家と良い勝負だな。でも、今は少し明るくなったけど、最初、えらく暗くて疲れてそうに見えたけど、大丈夫なのか」

「うん、つらいけど大丈夫」

「無理するな、泣きたかったら泣け」

「何処で泣くのよ」

「泣いてなかったか、さっき」

「うん、もうどうしようと思って」

「でも、よく堪えたな、俺が泣かしたらどうしようと思ったぞ」

「泣いたのは、おじさんに関係ないから、大丈夫」

「そうだよな、まだ若いから頑張れよ」

「ねね、おじさんにも帰りたくない時って有ったでしょ」

「俺を巻き込むなよ」

「参考にするだけだから」

「俺の場合か、面倒な事が有って帰りたくない時は、面倒だけどさっさと帰った。面倒な事が有る訳ではないのに帰りたくない時は帰らなかった」

「ううん、ってことは、今日はさっさと帰るか、それとも、今日からは家に帰らないって事」

「どういう変換だよ。悩むような事じゃ無いだろ、帰れば良いんだ」

「だから、本当のこと言うとまだ、家にも連絡してないし」

「なんだ、本当に帰りたくないのか」

「帰りたくない」

「反抗期か」

「そんな年じゃないですよ、実は昨日までね、仙台のほうで工場に行ってたんだけど、いろいろあって継続出来なくってさ、派遣終了ってことで、会社の寮から荷物持ってきて実家に帰る途中なの」

「連絡くらいしておけよ、今からでも、実家まであと4時間くらいって言ったっけ」

「そう、そのくらいだね。だってさ、帰ったって、どうせすぐにいろいろ聞かれた上で邪魔にされるだけだし。家はさ、母親と妹とその旦那、それと去年出来た子供が居て、今は、家の中が子供中心で、もう、毎日毎日さ、子供の話題で一杯で、明るく楽しいみたい。それで、そんなとこによ、子供どころか結婚もしてない仕事もしょっちゅう変わるあたしなんかさ、話にもうまく付き合えないし、家に居るなら、子供の世話と家事とかどれだけ手伝うか、求められてるのはそれだけかな。ずいぶん前から母親とはうまくいかないしさ、結局ね居場所がないのよ」

「まあ、あんたもいろいろ有るんだろうけど、まあ、帰る連絡くらいしとけ」

「そうだね、でもさ、帰っても、付き合ってる男は居ないのか、次の仕事は有るのか、その質問ばっかり。うんざりなんだ」

「仕方が無いだろ、心配してんだから」

「本当に付き合ってる男は居ないのか」

「あたしなんかに寄ってくる男なんて全然居ないよ。もうすぐ、30だって言うのに」

「そんなことないだろ、男なんか周りにいくらでも居るんだろ」

「居ない、居ない。てか、周りに興味のある男が居ないんだからどうしようもない」

「そんなもんかね。それに、年齢ってやつは待ってくんねえからな、何にもしてないうちによ勝手にゴールの方が近付いてきて、気がついたときはビックリするから。特に30過ぎると早いぞ。本当だ」

「ああ、怖い」

「ところで、おじさんは、いくつなのよ」

「俺か。俺はもう65過ぎて年金もらってる。余裕が有れば、年金の時期を少し時期を遅らしても良いんだけど、俺もそんなに生きてられるかもわかんないしな。それに震災の時に、この辺に住んでれば、少しは金も貰えたんだろけど、時々仕事でこっちに来るくらいの人間には一文も出ないしな。

少ない年金と貯金だけでなんとか暮らしてくしかないだろうけど、まあ一人だからなんとかなる」

「ええ、一人なんだ。良いよね気楽で」

「何言ってんだ、この先人生不安だらけだ。金があるうちに死にたいもんだ」

「年金かあ。良いですよね貰えて」

「うちらの頃にはどうなってるんだろう」

「まだまだ先のことだろ」

「でも、なんかね、先のことなんて考えてたら本当に不安ですよね」

「それに、このままさ、ずっと一人だったらどうしようかなって考えるよね、結婚だってしたいけどさ、お金も心配だし仕事も不安だし、本当にどうしよう」

「だから、俺なんかと話なんかしてないで帰って次の仕事を探せ。遅くなったらこの辺は女が一人で歩くような場所じゃないぞ。だいたい、飯食うたって、ガソリン入れるたってここから40キロ以上行くかしないと、無いんだから」

「確かに、お店って言ったら本当にコンビニばかりで、それ以外のお店ってあまりないですよね」

「そうだ、女だったら一人で飯食うとこも泊まるとこも無い」

「でも、来る途中にもビジネスみたいなのが結構有ったけど」

「あれは、原発と復興の作業員相手のホテルだ。そんなとこに予約も無しで行って女一人なんて、泊めてくれるか解からないぞ、あとは、周りにある店もだいたいは、そういった作業員らを相手にしてる店だから、俺なんかが一人で行くのはかまわないけど、女一人だと結構辛いぞ」

「それもそうだけど。まあ、泊まる気はないけど。ねえ、泊めてよ、一人暮らしなんでしょ。ゴミ屋敷の掃除もするから、ねっ、お願い」

「なに、危ない事を言ってるんだ、襲われても知らないぞ」

「襲うの?」

「襲わないけど駄目、帰れ、みんな待ってるんだろ」

「多分、待ってない」

「そんなことないだろ、帰らないんだったら、さっさと泊まるところ探せ、時間から言っても、もうなかなか見つからないぞ」

「どこか、安く泊まれる所知ってる」

「割と福島のこの辺は割高だから、安いところは早くしないと」

「事情があるんだろうけど、帰れ。事情は言うなよな、聞きたくないから」

「冷たくない、言えって言ってるんじゃないの」

「言ってない、こう見えても俺は正直だ」

「ねえ、お腹すいてないの」

「だから、帰るんだよ、今日は時間が半端だったんで、昼飯とってないんで、腹減ってるんだ」

「ね、何処で食べるの」

「今日は最初から行く店決めてあるんで、そこに行く」

「予約とかしてあるの」

「俺はいつも一人だから予約なんかして行ったことない、そんな感じの店でもないしな」

「食べログとかにも出てる」

「出てる」

「じゃ、あたしも一緒に行く」

「簡単に言うなよ、俺は帰り道だから良いけど、ここから遠いぞ」

「だって、この辺には、無いんでしょ」

「まあ、そうだな。さっき言ったとおりだ」

「じゃあ、一緒に行く」

「ここからだったら、山の方に行ったら何にも無いけど、6号線でいわきまで行けばなんかコジャレタ店が在るだろ」

「コジャレタって」

「女子向きの」

「ダメダメダメダメ、そういうお店は一人で行ったら惨めだから行かないし、今日はそんな格好してないし」

「面倒くさいな」

「どうせ、いわきの方に行かないと帰れないんだから、一緒でも良いじゃない」

「行くのか?」

「一緒に行く、連れてって。どんな店よ」

「普通の町中華だ。まあ、一人で食べるよりは、話し相手が居た方が良いかもな」

「でしょ、じゃあ行こう」

「飯だけだぞ」

「解った」

「行く前にそこが6時までだから、トイレに寄って行くから」

「寄って行くの」

「あんたも行っておけ。今頃の時間だったら、南に向かう道路沿いのコンビニは客が一杯で時間が掛かるばっかりだ。さっき言っただろ」

「ええ、そうなの」

「さっき、俺の話聞いてなかったのか」

 先にトイレを済まして車に戻って、女の戻ってくるのを待っていた。チラッと女の車の中を見ると、妙にゴミが散乱してる。後部シートとトランクは荷物で一杯だった。生活が荒れている風には見えなかったが、いろいろ事情が有りそうだ。ブランケットと枕らしい物が見えて、まさか車中泊をしてるのかと考えたが、見る限りそのようだ。それで 泊めてくれって言ったのかと思った。確かに様子は変だが、家に泊めるのは良いが寝具が一人分しか無いし。そんな事を考えていたら、トイレを済ました女が戻ってきた。

「じゃあ、ちょっと待ってろ、いわき・フクマ・・・、これだこの番号をナビに入れてみろ」

車に乗った女にスマホの画面を見せて電話番号で検索させた。

「この番号ね」入れるとナビの画面に経路が出た。

「うわっ、結構遠いね、60キロ有るよ」

「だから言ったろ、遠いって」

「いいよ、どうせ通り道だから、ここって良く行くの?」

「最近はあんまりだけど、以前は顔を覚えられてたみたいだ」

「じゃあ、常連じゃないの」

「最近はあんまり行ってないから、もう忘れてるよ」

「へえ、そう、行ったら聞いてみようかな」

「相手は商売だぞ、営業トークで、覚えてるって言うに決まってるだろ」

「なんか悪いことでもしたの」

「店でか?」

「そう」

「する訳無い」

「いつも、なに食べるの?」

「今日は、家を出た時から『青椒肉絲』、と決めていたんで、これと他に何か」

「中華は苦手じゃないのか?」

「全然大丈夫」

「全然コジャレタ店じゃない、油っぽい町の中華屋だからな」

「全然大丈夫だって、今日はこんな格好だし」

「本当に遠いけど大丈夫なのか?」

「どうせ、通り道」

「解った。じゃあ、店の駐車場でな」

「うん」


 いわきに向かう国道は予想通り車が多かった。ただ、信号と信号の間が長いので渋滞になっていない。途中で右折の車が有るとその時だけ流れが止まる、途中のコンビニも結構車が多く、この時間の国道は避けたかったところだ。

 目的のいわきの店に着いたのは19時過ぎだった。混んでる時間だったが、客の入れ替わりののタイミングが良く、うまい具合に二人でテーブル席に着くことが出来た。

食べたかった『青椒肉絲』等を食べながら、話をしていると、興味を持って乗ってくる話と避けようとする話がある。話をしていて確信したのはこの女『金銭トラブル』を抱えている、しかも結構切羽詰まって居る感じだ。それを生真面目な性格が増幅させているのかもしれない。

 20時を大きく回ったが、携帯を出す様子が無い、家にも電話しないし宿の予約をした様子が無い、俺が泊めなければ今夜は車中泊の積もりなのか。

 食事を終わり店の外に出たのはほぼ21時だった。俺は女の車の助手席に乗り込んだ。驚いた表情の女に車のエンジンを掛けるように言った。エンジンが掛かると、俺はナビに自宅の位置をセットして言った。

「俺の家まで先導するからはぐれないようについて来てくれ。ナビに入力したから、迷ったらナビを見て走れ、飛ばさないで走るけど、ここからだいたい27キロ有るからはぐれるな。間違っても車中泊なんかするなよ」と言って、女の車から降りて、自分の車で帰宅の途についた。女がついてきているか、後ろを気にしながらバイパスをずいぶん走った。

 ローソンの前を通過して側道に入り、山の方に向かい、昼間降りてきた道を登って行く。

家に着いて車を適当な場所に車を駐めさせて、女が家の中に入ったのを確認してから、自分の車のライトを消してエンジンを止めた。山の中の家には周囲に照明らしき物が全く無い。車を止めると本当に真っ暗になった。

「遠かっただろ、疲れたか?」と、聞きながら、冷蔵庫から缶ビールを出して渡したが、返事は無かった。緊張して家の中をキョロキョロと見ている。

 目ざとく家の中の修理が手付かずで残っている所を見つけ、ここはどうするのと、聞かれたが予定は無いが多分収納になる、と答えておいた。それ以外にも家の中を歩き回り、いろいろ言っていたが、最後に、上手に作ってるよね、と、言って締めくくった。ソファに座らせて、缶ビールを飲みながら、こんな山の中だからイノシシとかタヌキが出るとか話をしていると、話の合間に風呂を掃除して、女に場所を教えて行かせた。

その間に部屋を少し掃除して、俺が次にシャワーを使った。部屋に戻ると黒いキャミソールと黒い短パンの女が居た、これが部屋着なんだろうと思った。見えてる部分の肌の白さと照明をはじく肌理が作るハイライト部が女の輪郭を際立たせている。俺は服を掛けるのにハンガーを3本渡して、掛け終わった物をコートラックに掛けに行ったが、後ろで女が何か言ってたが、良く聞き取れなかった。ハンガーを収めてソファに戻った。隣に座ると、女が口元に手を当てながら、何か話したがこれも聞き取れなかった、手を当てたまま息を吐いて「失敗しちゃった、ニンニク臭い」と言う。何が失敗なのか聞くのも野暮かなと思って、俺も女の隣に座ってやってみた。確かに臭い。ニンニクチャーハンを二人で分けて食べたので当然かと言いながら、「でも、あそこのお店おいしかったよね」と、言う女を見ると目が合った。そのまま見つめていると、自然と唇が重なった、そのまま女の方へ倒れて覆い被さると、床に置いたままだった缶ビールの空き缶が蹴飛ばされて2本 転がって行く。コロコロ転がる音を聞きながら女の上に重なって唇を重ねていると、俺の頭の中に空き缶の転がる音に合わせて、ロッド・スチュアートの歌が聞こえてきた。空き缶が壁に跳ね返って止まるまでそのまま続けていた。ベッドを指して「一緒で良いか?」と、聞いてみると返事は無いが首が縦に動いた。

 俺は女をベッドに案内してから、空き缶を片付けてベッドに戻った。日付が変わるまであと25分。


 頭の中では、まだロッド・スチュアートが歌っている。今夜はどんな夜になる?

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