#05 ~ 腐れ縁のはじまり
「あんた、私とショーブしなさい!!」
祐真がフィノスを召喚して、少しした頃。幼稚園で、一人の少女が祐真に指を突きつけていた。
彼女の名前を、祐真は知っていた。
綾辻琴羽。同じ五歳。親の遺伝なのか、髪の色がやや茶色がかっていて、同年代の中でも背が高い少女だ。
恐らく外国人の血が入っているのだろう。顔立ちも少しだけ周りと違う。それゆえにか、彼女は孤立しがちでもあった。
なぜ名前を憶えていたかというと――千堂木葉、つまり祐真の母親と名前の響きが似ていたからだ。もちろん、ただの偶然だが。
そんな少女に唐突に喧嘩を売られた祐真は……そのまま真横を通り過ぎた。
「ちょっとォ!? なんでムシするのよ!」
「?」
祐真は思わず首を傾げる。こいつは何を言ってるんだろうと。
「とにかく! 私とショーブするの!」
「いや、俺がその勝負を受ける理由がまったく分からない」
「りゆう??」
少女が首を傾げる。言葉の意味が分からないのかもしれないと、祐真は「なんでお前と勝負しなきゃならないんだ」と言い直した。
すると彼女は、「だって……」と言ったきり俯いた。
いや何でやねん。
「にーさま……」
妹の雪が袖を引くのを見て、祐真の脳が警鐘を鳴らす。
――いかん。女の子を泣かせたら、天使の中で自分の株が大暴落……! ストップ安……ッ! そんなことを断じて認めるわけには……!
「うむ分かった。その勝負、受けて立とうじゃないか……!」
腕を組んで宣言した祐真に。
周囲から――特に幼稚園の先生方から「また何かはじまった」という奇異の視線が注がれた。
かくして、その日から祐真と少女の大乱闘の日々が始まる。
「はい俺の勝ち」
「ちょっと、アンタ早すぎじゃない……!?」
アスレチックの頂上で、少女を見下ろしながら告げる祐真に、少女は悔しそうに叫ぶ。
マイエンジェル雪は、アスレチックのてっぺんに立つ俺にぱちぱちと拍手を捧げていた。
「よっ、ほっ、そらっと」
「むきーーーっ! なんで当たらないのよーー!」
ドッヂボール。十人ぐらいで囲んでいるにも関わらず、祐真には一向に球が当たらない。
飛んできたボールをキャッチし、投げ返したそれが、琴羽の足に当たってそのまま転がった。
がくりと、琴羽は膝をつく。
――その後も、祐真は琴羽に完勝し続けた。
鬼ごっこやかけっこ、中には砂遊びに至るまで。
そもそもだが、祐真の肉体は魔力によって強化されている。これは魔法を使っているというより、鍛錬の結果、自然とそうなっているに過ぎない。
ただの幼稚園生が、祐真に勝てるわけがないのだ。
その一方で。
「がんばれー! コトハちゃーん!」
「いけー! 次はかてるぞー!」
「そこっ、あっ、おしいっ!」
二人の勝負は、なぜか幼稚園生の間で名物となっていった。
琴羽への応援がほとんどなのは、何度負けても這い上がり、そのたびに挑戦する彼女の姿が、幼い彼らの心に訴えかけるものがあったのだろう。
一方、彼らを見守る先生たちは……正直、困っていた。
子供たちに、危ないことはさせたくない。
かといって、二人は危ない真似をするわけでもなかった。というか、その点に関しては祐真がブレーキ役を担っていた。
千堂祐真は幼稚園の中で、色んな意味で有名な子供である。
彼は孤高だ。友達と呼べる相手はほとんどいない。子供たちが声をかけても、先生に心配されても、彼は子供たちの輪に入ろうとはしなかった。
しかし今や、彼は子供たちの中心にいる。――中心というか、まあラスボスみたいな立ち位置なのだが。
それでも輪の中にいることは確かで、ゆえに、先生たちもまた彼らの『勝負』を無理に止めるようなことはしなかった。
そして、月日は流れ。
琴羽はいつしか、人の輪に囲まれるようになっていた。友達と遊ぶことも増えて、彼女は孤高ではなくなった。
……祐真は最初から、彼女が自分に『勝負』を仕掛けた理由に気づいていた。
きっと、彼女はただ友達が欲しかったのだ。だが不器用すぎて、あんな方法でしか出来なかったに違いないと。
イイコトシタナー、と祐真がうんうん頷いていると。
「さっ、今日も勝負よ!」
「なんでだよ」
「あんたは、わたしのライバルなんだからっ!」
「はぁ?」
「はぁじゃないの! ライバルなの! ライバルって言いなさい!」
「馬鹿言え。誰がライバルだ。こっちはめいわ――」
妹が見ていた。
「うんライバル。俺たちはライバルだな。強敵と書いてトモと呼ぼう」
「えっ……と、ともだち」
「ともだちじゃない、トモだ」
なんか面倒くせぇやつに絡まれてしまったが。
……なぜか妹が嬉しそうなので、まあ良しとしよう。
それが祐真と彼女の出会い。
意外にも長く続くことになる――腐れ縁というもの始まりだった。