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極東の魔王~魔法使い、現代日本に転生す~  作者: 山形くじら2号
第一章 ~ 祈りは魔法となりて
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#02 ~ 無償の愛

 この世界に赤子として生まれ変わり、二年。


 千堂(せんどう)祐真(ゆうま)と名付けられたその赤子は、二年間を極めて平穏に過ごしながら、周囲の状況を冷静に把握していった。


 まず、両親は恐らく貴族ではない。

 なぜならば……家が狭いからだ。3LDKのマンションは、サラリーマンの平均賃金を考えると広いほうだが、貴族かと言うとさすがに無理があった。

 しかも両親とも、貴族としての仕事をしているようにはとても見えない。周辺住民に腰は低いし、尊敬されているようにも、まして上位階級として扱われているようにも思えなかった。


 であれば、恐らく庶民――我が家が裕福なのではなく、この国自体が、とんでもなく裕福なのだろうと、祐真は結論に至る。


 魔法の修行は、少しずつ進んでいた。

 だがこの魔法に関しても、祐真は慎重に扱わねばならないと考えている。

 何しろ、両親はおろか、周辺住民にも魔法が使えそうな人間がおらず、使われた形跡もない。

 ここまでとなれば、恐らく国ないし大規模な組織によって、完全に秘匿されている可能性が高いのではなかろうか。


 そんな中で、赤子が魔法を使ったら?

 ……ろくなことにならないのは、容易に想像できる。

 祐真個人ならともかく、両親を害そうとする者が現れても不思議ではない。

 それは困る。祐真の肉体も魔力もまだ脆弱なのだ。少なくとも、有象無象の魔術士を片手で薙ぎ払える程度になってからでなければ。

 それに、こう言っては、何だが……。


「ゆうく~~ん」


 言葉は――二年の間に既に覚えている。

 語尾にハートマークをつけながら頬ずりする女。そしてそれを温かい目で見守る男。

 ……祐真の両親である。


「ママ、えほん」


「ん~、絵本読みたいの~? えらいでちゅね~~」


(――ぐっ……)


 祐真は思わず顔を歪めそうになって、全力でセーブした。


 彼の言葉がたどたどしいのは……演技だ。彼は既に、日本語と呼ばれるその言語をほぼマスターしていて、日常会話程度ならペラペラ喋れる程度にはなっている。

 だが仕方のないことだ。流暢に言葉を話す二歳児なんているわけがないのだから。


「ママ、ありがと」


「~~~!! お礼言えるなんてっ、えらいぞゆうくん!! ウチの息子が可愛すぎる件っ!」


 何を言ってんだコイツ。

 抱きしめながら、祐真は呆れたようにため息を吐いた。


 まあ……とはいえ片言でも喋らなければならない。実は二歳近くになっても全く喋らなかった祐真を心配して、両親が病院に連れて行ったことまであったのだ。あんなのは二度と御免である。

 どうも話を盗み聞きした感じ、二歳ぐらいで一言二言喋るのが当たり前で、そこから徐々に喋り始めるものらしい。


 ――そんなの知るか。子供なんて面倒見たこともないんだ。


「ほらほらコノハ、絵本を読んであげるんだろ?」


「そ、そうね……。よしっ、じゃあこの間買ってきた本読もっか、ユウくん!」


 祐真自身も理解していた。両親は、自分を溺愛していること。ちょっと面倒だとか、一人にして欲しいと思うこともあるが……だが。

 ――それは、無償の愛だ。

 言葉を喋らない祐真に、自分のせいではと泣く母親を見た時――これが親というものなのかと、祐真は識った。


 祐真は、親を知らない。

 前世ではそもそも親などいなかったから。

 だからこそ――その無償の愛は、彼の心に深く刻まれた。

 それは千年を生きたはずの彼にとって、初めての、名前もつけられない何かだった。


 ◆ ◇ ◆


 その年の冬。

 祐真に、新たな家族が増えた。


「ほーら、ユウ。お前の妹だぞ~」


 父に持ち上げられながら、小さなベッドの上へと近づく。

 そこにいたのは、まだ頬を赤くした赤子だ。


「ほら、ユウ」


 父に促されて……祐真は指をそっと、赤子に近づける。

 その指を、ぎゅっと、赤子が握った。


(――――)


 小さな、本当に小さな手から、そっと体温が伝わる。

 この感情を、何と呼べばいいのだろう。

 温かさが、ぬくもりが、祐真の胸を満たして……温かいのに、優しいのに、どうしてか涙が出そうなこの感情(おもい)を。

 祐真を持ち上げていた父親が、そっと頭を撫でた。


「ユウ。お前は、この子にお兄ちゃんになる。だから……妹を守ってやってくれ」


 ――その言葉は、すっと、彼の胸の中に染み入った。

 守る。この小さな命を。自分の指を握る、この小さな熱を。


 かつてを思い出す。

 かつて、彼が過ごした千年の中で、出会ってきた様々な人々。彼らはその時々を賢明に生きていた。

 自分のために生きる者もいた。だが中には、誰かのために命を賭し、時にその命を散らせながら、笑いながら逝った者もいた。


 その時は理解できなかったが――ああ、今なら。

 今なら、理解できる気がした。


「……うん」


 しっかりと頷いた祐真に、両親は嬉しそうに笑って、そして抱きしめた。


 その温かさを、彼は生涯忘れることはないだろう。

 守るのだ。妹を。この小さな命を。

 そして、家族を。


 ――そのためにも、魔法を鍛えなければならない。

 祐真はひっそりと、そう決意した。

 ドラゴンだの軍隊だのに襲われようと、絶対に守り抜ける力を手にしなければならないと。


 愛のために命を散りゆく命を、今ならば美しいと思えるが、だが自分はそうなるつもりはない。

 絶対に守るのだ。この家族を。



 ……愛を知った魔法使いの眼光は、決意に満ちていた。

 だがこの時点では、誰も知らない。


 彼の決意が、そして愛こそが、この世界を一変させてしまうことを。

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