あんたなんかに負けない
その真紅の海に、かわらぬ笑顔を浮かべてセイラムは立っていた。真っ赤に変わった瞳で私を睨み付けている。
「魔物ね!」
決め付けるように叫ぶと、大袈裟な仕草とともにセイラムは首を振った。
「わたしのどこが魔物だって言うんです?あなたたちと変わりありませんよ。それなら、こんな事が出来るあなたは、魔物なんですか?」
私の腕をつかんだセイラムの右手は、肉が溶けて骨だけになっていた。
「どうしてこの人たちを殺したの!」
叫ぶ事で恐怖を忘れようとした。逃げ出したいが、それもできない。
「ああ。この方たちは嫌いなんです」
「嫌いって……」
やはり魔物だ。
人間ならば、嫌いなだけで相手を殺したり出来ない。どんなに殺してやりたいと願っても、そうそう出来るものじゃない。
人が魔法で二人を殺したのかと思ったが、間違いない、こいつは魔物だ。
でも……。
足手まといになるから、と王宮に残った私に、いったい何が出来る?
逃げ出す事さえ難しく思える。
ラディアンはいない。彼には頼れない。
だが、私は死にたくない。こんなところで、こんな奴に殺されるわけにはいかない。まだ生きていたい。
「今までの事件も、あんたの仕業なの! 何のためにそんな事を!」
セイラムの、いや、魔物の骨だけになった右手には、さっきと同じ黒い球が作られていた。あれを投げつけられたら、私は終わり。
誰かがこの騒ぎを聞きつけてやって来るまで、時間を稼ごうと思っていた。
「もちろん、あの愚かな連中も私が殺してさしあげました。それと、時間稼ぎなら無駄です。この部屋には結界を張ったので、誰も入れません。ラディアン・プラローアといえども、わたしの結界は破れません」
「ラディアン……」
助けを求める微かな呟きが聞こえたのか、魔物がにんまりと笑った。
「あなたはあの男の恋人だそうですね。恋しい男が殺されるのを見るのは辛いでしょうから、あなたを先に殺して差し上げます。女性が悲しむのを見るのはいやですからね。わたしはこう見えても親切な男なんですよ。それに、あなたが先に死んだ方が、あの男も苦しむでしょう。体はバラバラにしますが、あなただと分かるように、顔は残しておいてあげます」
「何故、ラディアンを殺そうとするの? 彼はあんたなんかに負けない!」
精一杯虚勢を張って叫んだ。彼は絶対に負けない。負けるはずない。
だけど、ここにはいない。
「わたしの方が優秀だと、証明するためです」
魔物は楽しげな口調で話しはじめた。
「わたしはあの男と同じ年に、魔道士見習いになったんです。同じように魔法を学んだのに、あの男はたった二年で魔道士になった。いくら、貴族の子弟だからって不公平だと思いませんか。あの男に栄光を横取りされて、わたしは魔道士になるのをあきらめました。やがて、生活のために仕方なく巡察隊に入ったのです」
魔物が浮かべるうっそりとした笑顔に、恐怖が背筋をはい上がってくる。それでも、真っ直ぐに魔物を見つめた。自分の無力さを噛みしめながら。
「その間にも、あの男の名声はどんどん高くなって、百年に一人の天才魔道士、とまで呼ばれるようになったんです。おかしいでしょう? 本当なら、わたしがそう呼ばれていたはずなんです。わたしはこんなに優秀なのに、誰よりも優れているのに、誰も認めてくれなかった! すべては、あの男のせいです!あの男さえいなければ、すべての名声は、わたしのものだったんです!」
熱に浮かされたようにしゃべり続ける魔物の姿は、どことなく憐れだった。
魔物の恨みごとは延々続いた。
それは、誰でも一度は、経験するような事ばかりだった。
人に裏切られた事、だまされた事、負けてしまった事。
セイラムは、それを乗り越えられなかった。
乗り越える努力を惜しんで、相手を憎み、見たくない現実に目を伏せ、都合の悪い事から逃げ回ってきた。何故、セイラムが魔物になったのか、私にはわからない。が、おそらく話をしているのは魔物ではなく、セイラム自身だろう。




