魔物の正体
彼女が扉を開けると、部屋の空気が一変した。生暖かい空気が、ねっとりと肌に絡み付くような不快感。腐臭と殺気と悪意と敵意が均一に交じり合って、一瞬、視界が白く曇って見えたほど。
二人の女官に案内されて部屋に入ってきた人物を見て、思わず立ち上がり後ずさる。
セイラム!
私たちを牢にほうり込んだ張本人。
「セイラム様がお話があるそうです」
案内してきた女官二人が、私に向かって恭しく頭を下げた。
「先日は、プロディア卿の知己とは知らず、わたしの不注意でご迷惑をおかけしました。それにつきましては……」
セイラムは、床に片膝をついて話し続けているが、まったく聞いていなかった。
言葉も、口調も、態度も、何もおかしい所はない。
でも、何かおかしい。何かが違う。
根拠はない。でも、でも……。
唐突に頭の中で、何かが、はじけた。
違う!
こいつは人間じゃない!
人がここまで強烈な悪意を持てるはずがない!
体の震えが止まらなかった。叫びだしたいほどの恐怖を感じているのに、ヘビに睨まれたカエルのように、身動きできない。目が離せない。
誰も何も感じないの?
きょろきょろと周りを見るが、女官たちはそんな私に、かえって怪訝な顔を向けている。
部屋に漂う腐臭に吐き気がしてきた。
忘れていた頭痛がどんどん酷くなる。
心を押しつぶすような圧迫感を感じて、額に汗が浮かんでいた。
「どうしました?」
心の底から心配しています、といった声と表情で、セイラムが私に問いかけた。
「ひぃっ!」
悲鳴が喉から出そうになる。
私の様子を不審に思ったのか、女官たちは顔を見合わせている。
ただ一人、セイラムだけは平然としていた。
「あなたは……ひょっとして……」
にこにことした笑顔のまま、セイラムは何事か呟いて立ち上がり、いきなり私の腕をつかんだ。
私に向けた瞳の奥に潜む、強烈な悪意に気づいた途端、視界が真っ白に染まった。私の中からあふれ出したその光は、焼けるような鋭さはなく、包み込むような温かさがあった。
光は一瞬で消えたが、体には熱が残っている。自分に何が起こったのかわからず、呆然とたたずんでいたが、
「きゃああぁ!」
女官の悲鳴で我に帰った。叫んだ瞬間、黒い球に直撃されて、その女官の体は、細切れにされていた。続いてもう一人。
血飛沫が壁を真っ赤に染めた。
肉片が血の海の中に散らばっている。
魔物!
頭の中に、昨日サリデスさんから聞いた、状況が浮かんだ。
血の海に肉片が転がっていた、と。




