本当に嫌いなのね
「まだ眠いのか?目が溶けるぞ。いいかげんに起きろ!」
いきなり耳元で大声がして、重たい瞼を上げた。
思った通り、ラディアンがいる。
何故ここに?
不思議だったが何も考えたくなくて、再び目を閉じた。
寝不足なのか頭が割れるように痛い。
もう一度眠ろうとしたら、ラディアンにおもいっきり頬をつねられた。痛みをこらえて固く目を閉じた。が、面白がっているのか、ますます強くつねる。
「ひゃえれ!」
止めて、と怒鳴ったが、頬をつねられて言葉にならない。
ラディアンは枕元に腰掛け、のしかかるようにして右手で私の頬をつねっていた。
恥ずかしさに頭痛も忘れて飛び起きた。
「なにしてんのよ!人の寝込みをおそうのが趣味なの!いいかげんにして!」
頬の痛みより、羞恥心が先に立った。顔が真っ赤になっていくのが、自分にも分かる。
私はあまり寝相が良くない。目が覚めたら、寝間着の裾が胸元まで上がっていた事も少なくない。今は毛布も掛けてきちんと寝ているが、ラディアンが来た時もそうだったとは限らない。
むしろ、みっとっもない格好で眠っていたのを見られた可能性が高い。
「ど、どうして、ここにいるのよ!どうやって入ってきたの!」
至近距離で枕を投げたが、あっさり避けられてしまう。
「よだれの跡があるぞ」
耳元に口を寄せて囁かれ、とっさに口元を拭う。
「ははははっ。嘘に決まってるだろう。からかいやすい奴だな」
「わざわざ、からかいに来たわけ」
怒ったところで反省するような男じゃないから、眉間にしわを寄せるだけで我慢した。 ラディアンは悪い人ではないが、一緒にいると胃に穴があきそう。
「こんなに日が高くなるのに起きてこないのはおかしい。そう、こいつらが言うから、様子を見に来てやったんだ」
見ると、扉の所に数人の女官が立っている。
「起きられないなら内鍵までかけるなよ。俺まで起こされたじゃないか」
足を組んで寝台に腰掛けているラディアンは、あきれているようにも怒っているようにも見える。
「鍵がかかっているのに、どうやって入ってきたの?」
「おまえ本当に馬鹿だったんだな。いくら扉に厳重に鍵をかけても、そこの窓が全開になってたら意味ないだろう。本当に、めでたい奴だな」
小首を傾げた私の額を軽くつついて、ラディアンは、テラスに通じる窓を振り返る。
「…………」
確かに閉めた覚えがない。
隣に座ったままの彼を押し退け、急いで寝台から降りると、たたずんでいる女官に頭を下げた。
「ごめんなさい。よく知らなかったから……」
「いえ、そんな、お休みの所、起こしてしまって、申し訳ありません」
なんだか慌てているように見えるのは、気のせいだろうか?
「俺も起こされたんだが……」
文句を言うラディアンにも、彼女は丁寧に頭を下げ詫びようとする。その言葉を、私は手をひらひらさせて、さえぎった。
「ラディアンだからあやまらなくてもいい」
「だから、って言うのはなんだ」
目を細めて言う彼に昨日訊きそびれた事があるのを思い出した。
「それはともかく、どうして昨日、アミィ……」
「ちょっと待て!」
ラディアンが女官に目配せして部屋を下がらせる。
こんな時、彼は貴族の顔になる。
「俺たちが昨日ミティスと会った事や、魔物の事は秘密にされてるんだ。考え無しにぺらぺら喋るな」
今は機嫌がいいらしく、文句は言っても、嫌味になっていない。
昨夜の事を忘れたように振る舞ってくれるのが嬉しかった。
「もういいのね?」
私の言葉に、黙ってうなずく。
「昨日、私が王女に跪こうとしたとき、どうして止めたの?」
思い出して訊ねたのに、ラディアンは、馬鹿にしたように薄笑いを浮かべる。
「跪くのが好きなのか?」
「好きかって聞かれても……。好きとか嫌いとかじゃなくて。うーん……言葉にするのは難しいけど、強いて言うなら、身についた習性かな。まあ……いや……」
ラディアンには理解できないだろうけど、と言いかけて、ぎりぎりで飲み込んだ。
義母や義弟に土下座させられた、なんて経験が彼にはありそうだから、余計なことは言わない方がいい。
「悲しい習性だな。わからないでもないが。あの場で、俺たちとミテイスと、なにが違った? 非公式ってあいつは言ってたろう。いや、公式の謁見だとしても、俺は、絶対にレジェにそんな事はさせない。俺もレジェも、あいつの世話になって、生きてるわけじゃないからな。あいつは王女に生まれた、ただそれだけだ。俺たちのように、生きていくために、泥にまみれた事も、歯を食いしばって働いた事すらない。王女として、国を繁栄に導いているなら、まだいい。政治は側近に任せっきりだ。そんなわがまま女に、どうして立派に生きてる俺たちが、跪く事が出来る?」
話が王女の事になると、ラディアンは冷静さを無くしてしまうみたい。それだけ恨みが強いのだろうけど。言ってる事は立派だし、正論だと思うけど、それって、「俺の嫌いな女に、跪く奴がいるなんて許せねぇ」って言いたいだけじゃないだろうか?
ラディアンは、怒りや憎しみを、相手に向ける。それだけ誇り高く、自分に自信があるのだろう。自分は間違ってはいない、と。
私は、怒りや憎しみを自分に向ける。自分が異様な事を知っているし、受け入れられない事を自覚しているから。誰かを憎いと感じても、根本的な原因は自分にあると思ってる。
同じ傷を負っている二人の、意外な違いに気づいて考え込んでいる私を誤解したのか、
「まさか、俺の行ってる事が理解できないわけじゃないよな、レイジェラーン」
地獄の底から響くような声でラディアンが言う。その声音に私は、うなずくだけだった。
「これから、栄光の学院に行ってくる。ジジイに聞かれたら、そう言っておいてくれ」
出て行こうとするラディアンを、慌てて呼び止めた。
「ちょっと、私はどうしたらいいの?それに、まさかとは思うけど、本当に王女にいびられたりしないよね?」
ラディアンと王女がいがみ合うのは勝手だが、巻き込むのは勘弁してほしい。
「この部屋にいれば平気さ。あいつがこんなところに来るわけないからな。退屈だろうが、おまえを危険な目に遭わせたくないんだ。我慢しろ」
「ついていっちゃ駄目?」
無理だろうとは思いつつ、念のため聞いてみる。
「駄目だ」
にべもなく答え、振り返りもせずラディアンは部屋から出ていった。




