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あきらめていた未来  作者: 竹野華
13/19

本当に嫌いなのね

「まだ眠いのか?目が溶けるぞ。いいかげんに起きろ!」

いきなり耳元で大声がして、重たい瞼を上げた。

思った通り、ラディアンがいる。

 何故ここに?

 不思議だったが何も考えたくなくて、再び目を閉じた。

寝不足なのか頭が割れるように痛い。

もう一度眠ろうとしたら、ラディアンにおもいっきり頬をつねられた。痛みをこらえて固く目を閉じた。が、面白がっているのか、ますます強くつねる。

「ひゃえれ!」

止めて、と怒鳴ったが、頬をつねられて言葉にならない。

ラディアンは枕元に腰掛け、のしかかるようにして右手で私の頬をつねっていた。

恥ずかしさに頭痛も忘れて飛び起きた。

「なにしてんのよ!人の寝込みをおそうのが趣味なの!いいかげんにして!」

頬の痛みより、羞恥心が先に立った。顔が真っ赤になっていくのが、自分にも分かる。

私はあまり寝相が良くない。目が覚めたら、寝間着の裾が胸元まで上がっていた事も少なくない。今は毛布も掛けてきちんと寝ているが、ラディアンが来た時もそうだったとは限らない。

むしろ、みっとっもない格好で眠っていたのを見られた可能性が高い。

「ど、どうして、ここにいるのよ!どうやって入ってきたの!」

至近距離で枕を投げたが、あっさり避けられてしまう。

「よだれの跡があるぞ」

耳元に口を寄せて囁かれ、とっさに口元を拭う。

「ははははっ。嘘に決まってるだろう。からかいやすい奴だな」

「わざわざ、からかいに来たわけ」

怒ったところで反省するような男じゃないから、眉間にしわを寄せるだけで我慢した。 ラディアンは悪い人ではないが、一緒にいると胃に穴があきそう。

「こんなに日が高くなるのに起きてこないのはおかしい。そう、こいつらが言うから、様子を見に来てやったんだ」

見ると、扉の所に数人の女官が立っている。

「起きられないなら内鍵までかけるなよ。俺まで起こされたじゃないか」

足を組んで寝台に腰掛けているラディアンは、あきれているようにも怒っているようにも見える。

「鍵がかかっているのに、どうやって入ってきたの?」

「おまえ本当に馬鹿だったんだな。いくら扉に厳重に鍵をかけても、そこの窓が全開になってたら意味ないだろう。本当に、めでたい奴だな」

小首を傾げた私の額を軽くつついて、ラディアンは、テラスに通じる窓を振り返る。

「…………」

 確かに閉めた覚えがない。

隣に座ったままの彼を押し退け、急いで寝台から降りると、たたずんでいる女官に頭を下げた。

「ごめんなさい。よく知らなかったから……」

「いえ、そんな、お休みの所、起こしてしまって、申し訳ありません」

なんだか慌てているように見えるのは、気のせいだろうか?

「俺も起こされたんだが……」

文句を言うラディアンにも、彼女は丁寧に頭を下げ詫びようとする。その言葉を、私は手をひらひらさせて、さえぎった。

「ラディアンだからあやまらなくてもいい」

「だから、って言うのはなんだ」

目を細めて言う彼に昨日訊きそびれた事があるのを思い出した。

「それはともかく、どうして昨日、アミィ……」

「ちょっと待て!」

ラディアンが女官に目配せして部屋を下がらせる。

こんな時、彼は貴族の顔になる。

「俺たちが昨日ミティスと会った事や、魔物の事は秘密にされてるんだ。考え無しにぺらぺら喋るな」

今は機嫌がいいらしく、文句は言っても、嫌味になっていない。

昨夜の事を忘れたように振る舞ってくれるのが嬉しかった。

「もういいのね?」

私の言葉に、黙ってうなずく。

「昨日、私が王女に跪こうとしたとき、どうして止めたの?」

思い出して訊ねたのに、ラディアンは、馬鹿にしたように薄笑いを浮かべる。

「跪くのが好きなのか?」

「好きかって聞かれても……。好きとか嫌いとかじゃなくて。うーん……言葉にするのは難しいけど、強いて言うなら、身についた習性かな。まあ……いや……」

ラディアンには理解できないだろうけど、と言いかけて、ぎりぎりで飲み込んだ。

義母や義弟に土下座させられた、なんて経験が彼にはありそうだから、余計なことは言わない方がいい。

「悲しい習性だな。わからないでもないが。あの場で、俺たちとミテイスと、なにが違った? 非公式ってあいつは言ってたろう。いや、公式の謁見だとしても、俺は、絶対にレジェにそんな事はさせない。俺もレジェも、あいつの世話になって、生きてるわけじゃないからな。あいつは王女に生まれた、ただそれだけだ。俺たちのように、生きていくために、泥にまみれた事も、歯を食いしばって働いた事すらない。王女として、国を繁栄に導いているなら、まだいい。政治は側近に任せっきりだ。そんなわがまま女に、どうして立派に生きてる俺たちが、跪く事が出来る?」

話が王女の事になると、ラディアンは冷静さを無くしてしまうみたい。それだけ恨みが強いのだろうけど。言ってる事は立派だし、正論だと思うけど、それって、「俺の嫌いな女に、跪く奴がいるなんて許せねぇ」って言いたいだけじゃないだろうか?

ラディアンは、怒りや憎しみを、相手に向ける。それだけ誇り高く、自分に自信があるのだろう。自分は間違ってはいない、と。

私は、怒りや憎しみを自分に向ける。自分が異様な事を知っているし、受け入れられない事を自覚しているから。誰かを憎いと感じても、根本的な原因は自分にあると思ってる。

同じ傷を負っている二人の、意外な違いに気づいて考え込んでいる私を誤解したのか、

「まさか、俺の行ってる事が理解できないわけじゃないよな、レイジェラーン」

地獄の底から響くような声でラディアンが言う。その声音に私は、うなずくだけだった。

「これから、栄光の学院に行ってくる。ジジイに聞かれたら、そう言っておいてくれ」

出て行こうとするラディアンを、慌てて呼び止めた。

「ちょっと、私はどうしたらいいの?それに、まさかとは思うけど、本当に王女にいびられたりしないよね?」

ラディアンと王女がいがみ合うのは勝手だが、巻き込むのは勘弁してほしい。

「この部屋にいれば平気さ。あいつがこんなところに来るわけないからな。退屈だろうが、おまえを危険な目に遭わせたくないんだ。我慢しろ」

「ついていっちゃ駄目?」

無理だろうとは思いつつ、念のため聞いてみる。

「駄目だ」

にべもなく答え、振り返りもせずラディアンは部屋から出ていった。


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