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あきらめていた未来  作者: 竹野華
12/19

舐めあうだけじゃ傷は癒えない

いつのまにか、風が強くなっていた。

結わえていない私の長い白髪が、大きく風になびく。

乱れてしまった髪を押さえて、顔を上げると、ラディアンは目を閉じて何事か考え込んでいた。

長めの彼の前髪が揺れた。

「俺は明日、街に出て事件の調査をするが、レジェはここに残れ」

閉じていた目を開き、ラディアンは断固とした声で言った。

「えー、どうして? やっぱり私も行きたい。邪魔しないから連れてってよ。面白そうだし、こんな所にいたら、息が詰まるよ」

「原形止めぬ、肉片になりたいのか?」

 静かな声が胸を突いた。

「はっきり言っておく。おまえは足手まといだ。何の役にも立たない。それどころか、俺の足を引っ張りかねない。ついてこられたら、邪魔なだけだ。魔物と戦いになった時、おまえをかばって死ぬなんてまっぴらだ。自分の身も守れない足手まといを連れて行く事は、絶対にできないからな」

「盾になるくらいできるわ!」

彼に対して抱いている思いが、愛情なのか、友情なのか、恩義なのか、自分にも分からない。

「生意気な事を言うな!遊びじゃないんだ!」

彼のすさまじい剣幕に、喉元まで出掛かっていた反論を、飲み込んだ。

「そんな押し付けがましい事、お断りだ!自分にできる範囲の事を、すればいい」

「……何もできなかったら?」

声の震えを隠すのに苦労した。

拒絶されて、悲しかった。苦しくて、悲しい。必要とされたい。

「だったら、何もするな。ここにいれば、少なくとも安全だ。魔物と戦いになって、おまえを見捨てなければならないとしたら、俺は躊躇せずおまえを見捨てる。そんな事はしたくないからここに残れ」

やさしさだと思えばいいんだろうか?

ラディアンの声は冷ややかで、やさしさなんて欠片もない

「レジェ。こんな所で死ぬために、村を出てきた訳じゃないだろう。大袈裟かもしれないが、ここに残ってくれ」

一転したやさしい声音に、涙があふれてきた。二年前に涸れ果てたはずの涙。

うつむいて顔を隠した。泣いてるのがばれないように。手をきつく握りしめて、目の前にたたずむラディアンにすがりつきたいのを堪えた。

 頬を伝わって涙が落ちていく。些細なことで泣き出すような弱い女だと思われたくなくて、必死で嗚咽を堪えていると、不意にラディアンに抱きしめられた。

髪をさわられていてもそんな雰囲気ではなくて、まるで子供にするような態度だったから、抵抗する暇も無かった。

吐息が耳にかかる。

暖かい胸に、凍り付いていた心が溶かされていく。

だけど、これはまやかし。

舐めあうだけでは傷は癒せない。

痛みは消えても治らない。

このままでいろと、心の中で誰かがささやいた。ほんの一瞬でも心が軽くなるなら、このまま流されればいい、と。

両腕をラディアンの背中に回すだけ。それだけ。くだらない理屈を並べるより、その方が、お互いに楽になれる。

永遠にも似た一瞬の後、彼の手を振り解いた。

「おまえを守りたい」

肩に手を置いたまま、呟くラディアンの声は、相変わらず冷たい。

だけど、冷たさの中に、何かが滲んでいる。

やさしさか思いやりか、愛情か同情か。

彼にすがってしまうのは簡単。

 でも、一時のまやかしならいらない。

 いずれ手放さなければならない温もりなら、始めからいらない。

 同情とやさしさを勘違いしたら苦しくなる。

 私は誰にも好かれない。愛されない。そんな惨めな思いが心の中に巣くっていて、どんなに強く抱きしめられても、愛情だと思うことが出来なかった。

 彼にとって、「守りたい」と「愛してる」が同じ意味だと気づいたのは、随分後になってから。

「それで口説いているつもりなら、経験不足なんじゃない」

笑ったつもりだけど、頬が引きつったようにしか見えなかったかも。

「さては、最初からそのつもりで、テラスに出てきたのね。おあいにくさま。私はそんなに軽くないのよ」

嘘を吐くのは苦手じゃない。平然と騙す事もできる。だけど今は、自分でもはっきりとわかるほど声が震えた。

……まただ。

心をつらぬく、鋭い光をたたえた彼の瞳。

見つめ返せずにうつむいていると、再び抱きしめられた。

さっきと違い、まるで身動きできない。心まで囚われてしまったのか、体に力が入らない。駄目だと思うのに、首を振ることも出来なかった。

 本気だったら逃げられない!

さまざまな思いが、頭の中を交錯する。

 と、いきなり、放り出すかのように、ラディアンは私の体を離した。

驚いて見上げる私の頭を、軽くぽんぽんと叩いて、何も言わず彼は部屋に戻っていった。

風の音に混じって、窓の閉まる軋んだ音がやけに大きく聞こえる。

ラディアンの態度の豹変ぶりに、しばらく呆然としていたが、あふれて来る熱いものを押さえ切れず、部屋に駆け込んだ。

そのまま寝台に飛び込む。

こらえていても、鳴咽がもれた。

なぜこんなに悲しいのかわからず、涙があふれて止まらない。

誰からも好かれず苦しんできた。

甘やかさを伴った痛みと苦しみを認めるには、傷つきすぎてる。

「不幸になる」

「おまえにに関わると不幸になる。殺される!」

何度となく罵られた台詞が、心の中でこだまのように響いている。

明け方まで、声を殺して泣きつづけた。


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