手に入らないなら捨ててしまおう
吐き出したい思い。
同情も意見する事も、許されない。
ただ受け入れてあげればいい。
「俺は認められたくて、魔道士になったんだ。誉められたかったと、言ってもいい。俺を無視し続ける連中を見返してやりたかった。厳しい試練を潜り抜け、十五の時、最年少で魔道士になれた。ところが、努力をして優秀だと評判になればなるほど、妬まれて、浮き上がった存在になった。ほとんどの魔法を使えるようになっても、天才魔道士なんて呼ばれていても、もっとも欲しい物は手に入らなかった」
ラディアンを見ていられなくて、きつく目を閉じた。よく知っている憤りと孤独が、言葉の中にあった。
手に入らない物への執着。
側にいるだけで、巻き込まれてしまいそうな、激しい思い。
「手に入らなかったから、自分から捨ててしまったんだね」そう思っても、言えなかった。
私には、言えない言葉だった。
「家を出て、魔法の研究を続けようとしていた時、国王の一人娘、ミティスとの結婚話が持ち上がったんだ」
ミティスと、名前が出たとたん、急に、あふれ出そうになる怒りをこらた、忌々しげな口調に変わった。
「王家との婚約に、屋敷中が大騒ぎになってた。手のひらを返したようなチヤホヤした態度にあきれたが、ようやく家族の一員になれた気がして、心底嬉しかったぜ。で、サリデスのジジイに呼ばれて、王宮へミティスに会いに行った。だが、あの女……」
ぞっとするような声音に驚いて目を開けると、ラディアンは瞳ををギラギラさせて、虚空を睨んでいた。そこに王女がいるかのように。
「あの女は、厄介者の俺を王女の夫にしてやるんだから、結婚しても自分の命令に絶対逆らうな、と言い放った」
彼はどんなに怒り狂っても、感情をむき出しにする事はない。怒りが深くなればなるほど、冷ややかな光を瞳に浮かべて、冷徹な表情になる。
怒りに顔を歪めるラディアンを見たのは、後にも先にもこれっきりだった。
「それで断ったの?」
「断らなかった。断らずに結婚式の準備を進めて、式の当日に逃げ出した。あの女は進退極まって、俺のすぐ下の義弟と結婚したんだぜ。俺がいなければ、義弟は間違いなくプラローア家の長男。問題無く式を挙げられたそうだ。まあ、あの女が俺の事を嫌っているのは、そういうわけだ」
そこまでするか!
私は思わず心の中で叫んだ。彼の王女に対する怒りは尋常な物じゃないみたいだ。きっと、ラディアンが語った以上の事が、二人の間にあったのだろう。
それでも王女は、ラディアンを嫌ってないと、私には思える。
何よりの証拠が、私に向けられた敵意。
ラディアンの側にいた私に憎しみを向けるのは、王女がラディアンの事を忘れられないから。忘れられないから、数年ぶりに戻ってきたラディアンに会うために、わざわざあの部屋にいたんだ。魔物退治の話ならサリデスさんが話せばいいだけ。王女がいる必要はない。
王女の視線に含まれていたのは、敵意でなく、嫉妬だろう。
殺意すらこもった視線を思い出して、背筋が寒くなった。
ひょっとして……。
ラディアンは王女への嫌がらせに、私と親しげにして見せたのだろうか?
そうでなければ、こんな私に親切にする理由なんてない……。
「いま思うと、ジジイは俺が逃げ出す事に、薄々気づいていたんだろうな。プラローア家の長男と婚約、と発表したんだ。その後も、絶対に俺の名前を出さなかった。もっともこの事は、関係者数人が知っているだけだ。俺としては、国中に広めてやりたいけど……」
話し続けるラディアンの表情は、元に戻っている。激昂した自分を見せたのが恥ずかしいのか、夜風に誘われて話してしまった事を、後悔してるのか、頬が微かに赤い。
誰だって人に見せたくない弱さがある。今聞いた話は、聞かなかったことにすればいい。
誰にも知られたくないのに、時には誰かに話してしまいたい思い。励ますことも、同情もいらない。ただ、聞いてほしいだけ。
ふと思いついて裸足のまま庭へ降りた。芝生の感触が心地いい。吹き抜ける風は冷たくて、凍りついてしまった心のよう。
ラディアンは、手すりに背を預けたまま、空を見ている。何かを堪えているような雰囲気で。
どうしてこんな気持ちになったのか?
分からない。
ラディアンなら、私を理解してくれるような、そんな期待があった。
胸のつかえを、ため込んだ言葉を、吐き出してしまいたい。
何かを堪えているラディアンを慰めるのではなく、ただ自分の思いを話したい我が儘な女がここにいる。
「家出娘の話を聞きたくない?」
薄笑いを浮かべて、彼の返事を待たずに話しはじめた。
「小さな村が世界の全てで、その中の常識に当てはまらない私は、どう頑張っても浮き上がった存在だったの」
話しながらラディアンの隣に戻る。両手を預けた手すりが驚くほど冷たい。
「この髪と瞳のせいで、何度となく言葉に出来ない痛みを味わってきた。抉り取ろうと短剣を目に当てた事も、一度や二度じゃきかない。髪の方は、一時期染めていたの。私を信じてくれない誰もが憎くて、誰も信じられない自分が苦しくて、全てを髪と瞳のせいにして、自分のからに閉じこもってた」
ラディアンが私の髪を撫でた。
かつて、私を救って、だけど置き去りにした人がしたように、ただ黙って髪を撫でている。触れられるのは嫌いだったはずなのに、どうしてこんなに穏やかな気持ちになれるのだろう。
「認めてもらいたくて、振り向いてもらいたくて、できる限りの努力をしたわ。でも、どんなに努力しても、異端は異端。彼らにとって、一度心に染みついた考えは、ぬぐえないの。一人では人生を切り開く力も無くて、一生この村で、息の詰まるような居心地の悪さを感じながら、生きていく覚悟を決めていた」
誰もが当たり前だと思っている信頼が、どんなに努力しても自分には得られない、と悟った時の絶望。
心を貫き通すほどの孤独。
激しい憤り。
同じ想いを、ラディアンも心の底に抱えている。
彼にに感じる奇妙な親近感と安心感は、同じ傷を持っているせいだと、私は思っていた。
「あきらめてしまってから、ラディアンに会った。魔力があるって言ってくれたあの時、賭けてみようと思ったの。素性も知れない男についていく恐怖より、些細な事でも私を認めてくれた人を信じる気持ちに。そして私は、無事ここに立ってる」
私はラディアンを信じてる。そう言いたかった。弱みに突け込まれそうな気がして、言えなかったけど、きっと思いは伝わってる。
これ以上自分の事を話したら、ただの愚痴になってしまいそう。ラディアンのように、具体的な話はまだ出来ない。まだ、傷跡がふさがっていない。
「声をかける前のレジェは、濁った底無し沼のような目をしていた。だが、魔力があると言った瞬間、おまえは瞳に野獣の輝きを灯した。その強烈な眼差しを見込んで、ここまで連れてきたんだ」
ラディアンが、片手で私の髪をもてあそんでいる。消して手触りのいい髪じゃないのに、いつまでも指に絡めて離そうとしない。
「輝きかぁ」
ひょっとすると、私もラディアンのように、苛烈な光をたたえた目で、まわりを威嚇しているのだろうか?
手負いの獣のように。
「敵意に磨かれて、瞳は輝くのかな」
ふと思いついた言葉を、そのまま舌に乗せる。
「ずいぶん気取った台詞だな。誰かの受け売りか?」
いつものラディアンに戻ったようだ。
途方に暮れた子どものような、そんな彼はもういない。
「いちいち突っかからないで!」
恥ずかしさを隠そうと、怒ったふりをして彼の手を払い除けた。はずみで髪が引き抜かれたのか、頭に軽い痛みが走った。
長い時間話しているけど、お互いに相手の話を、半分も聞いていないだろう。
話し合っているんじゃなくて、胸のつかえを吐き出しているのだから。
ほとんどは、誰に聞かせるでもない独白。
甘い夜風と月の光に惑わされてしまったらしい。
誰だって、突き詰めれば、似たような孤独を背負っている。
私やラディアンは、人よりほんの少し早く、その孤独を自覚してしまっただけ。人として未熟な内に。
だから私は、全てを髪と瞳のせいにして、自分の殻に閉じこもった。
今は、閉じこもっていないけど、誰にも踏み込ませないように、心に幾重にも壁を張り巡らせている。
理不尽な怒りに、壊されないように。無意味な悪意に、傷つかないように。




