希望と悲劇は結ばれます。
町は広かったが、宿屋は思っていたより早く見つかった。
いやまあ、文字読めるもんな……
「お、いらっしゃーい」
宿屋に入ると、職業:看板娘みたいな子がカウンターにいた。
「泊まりたいんですけど、部屋空いてます?」
「ん、空いてるよー。お兄さんたち、兄妹……?カップルかな?」
「前者の方が近いかな……そういえばマリーちゃん、どれぐらい泊まるの?」
「えーと、とりあえず一週間ぐらいですかね?」
「おっけー、じゃあ〇〇〇〇円でーす。はい、これ鍵ね。ダブルルームだから2階の角だよ」
マリーちゃんに払ってもらって、鍵を受け取る。
すごく肩身が狭かった。働きたいでござる。
教えてもらった部屋に入ると、大きなベッドが部屋の中心で自己主張していた。
「私の部屋のベッドよりも大きいです……!」
「あはは、これってダブルベッドだもんね」
やはりここまでの旅路で相当疲れていたのだろう、マリーちゃんはベッドにパタリと倒れ込み、動かなくなった。
…………ん?ちょっと待て、ダブルベッド?
そういえば、同じ部屋で過ごす……それは別にいいか、無駄にお金使っちゃうし。
「……マリーちゃん。僕は床で寝るね」
「え?何言って…………わ、私は大丈夫です!風邪引いちゃいますよ!」
ぱっと顔を上げ、彼女はぶんぶんと勢いよく頭をふる。
「でもほら、自分で言うのも変だけど、男は狼だから。何するかわかんないよ?」
「……私は、優しいリョウさんのことを信頼してます。だって、私を助けてくれたんですよ。……私、リョウさんにだったら……や、やっぱり何でもないです!」
彼女は少し頬を赤らめて何か呟いている。
例によって例のごとく、最後の方はなぜか聞こえなかった。ちくせう。
「……本当の本当にいいの?──っと」
彼女は僕の手を目いっぱい引っ張り、僕はベッドに引き倒された。
これ以上ないほどの至近距離で、彼女はこちらを見つめる。
「…………嫌、ですか?」
真っ直ぐに僕を見据える金色の瞳は、再び涙で滲んでいた。
「嫌なわけないよ。でも……」
「ゎ、私が寂しいんです!」
「…………!!」
彼女の言葉で、心臓が揺れる。
数時間ぶりに見る彼女の幼い顔を見て、自分の過ちに気づいた。
「あなたと出会うまで、不安でどうにかなりそうでした。苦しくて、怖くて、辛かったです」
『マリー。お前だけでも………………』
『ごめんね。私達の可愛いマリー。愛してるわ』
『嫌……父様、母様…………一緒に、いっしょじゃなきゃ、やだ……』
「父様や母様と、もう会えないなんて」
『マリーズちゃんよ。安心しな、俺たちが時間は稼ぐぜ』
『お嬢様、私がついて行けるのはここまでです。どうか、ご無事で』
『みんな………………さみしい、よ』
「屋敷や村の皆と、もう過ごせないなんて」
彼女は、胸の奥から必死に、手繰り寄せるように言葉を紡ぐ。
きっと、その一語一句が彼女の思い出の欠片であることは確かだろう。
「森の中でモンスターと出会ったときは、もう駄目だと思いました。結局、私も死ぬ運命なんだ、って。でも、リョウさんは私を助けてくれました」
『大丈夫!今助けるから』
彼女は、涙で濡れた儚い微笑みをみせる。
それは────
『主人公補正』
不意に、頭にその単語がよぎってしまった。
胸の奥が刺されたように痛む。
…………僕は最低だ。
どれほど苦しかったんだろうか、僕はまだちゃんと理解していなかった。
それだけでなく、こんな簡単なことに気付けなかった。
「っ……ごめんなさい、こんなにわがまま言っちゃって」
「違うよ……!僕が、甘かった。少し聞いただけで、わかった気になって……それに、僕じゃなくたって……」
マリーちゃんと出会えたのも、『主人公補正』で。
なんだか、すごく悔しかった。
「リョウさんこそ、そんな悲しいこと言わないでください。あの時、私はリョウさんに救われたんです。それは変わりません」
「いいの……かな。ごめんね、急に自信が無くなっちゃって」
ぽすん、と隣に寝転がって天を仰ぐ。
「……じゃあ一緒に、寝てくれますか?」
彼女はそう言って、ちらりとこちらを見た。
「うん、もちろん」
僕もまたそう言って、彼女の手をとり、自分のできる精一杯の笑顔で答えた。
彼女の不安が和らぐように。
「マリーちゃんのこと、もっと知りたいな」
「私もリョウさんのこと、もっと知りたいです」
まだ寝るには早すぎる時間のはずだったのに、気づけば太陽は落ちきっていた。
満足しました