異世界ファンタジーは初めてです!
椅子に座った形のまま、地面から2メートルほど離れて僕の体が出現した。
一瞬、浮遊感を感じて地面に引っ張られる。
「あいたっ!」
幸い地面の土は柔らかく、頭も打たなかった。
腰をさすりながら周りを見渡すと、たくさんの木が目に入る。
見るからに森だが、よく見ると見たことのない葉っぱの形をしていたり、地味ではあるが足元には草や花々が生えている。
と、目の前を白い光が動き回り、白い羽がついた女神が実体化する。
さっきまで会話していた女神の……たしかリーンさんだっけ。
サイズが1/6ほどになり、宙に浮く姿も相まって妖精のように見える。
「無事に着きましたね。よかったです」
「腰打ちましたけどね」
「座標調整は難しいんですよ。地面に埋まらなかった分感謝してください」
さりげなく恐ろしいことを言われた。
「えっと、ここが異世界ですか?まだあんまり違いが分かりませんけど」
「はーい、ではこの世界の説明をします。ここは魔法アリ、モンスターもアリ、冒険アリの世界です。魔王も最近アプデで追加しときました」
え?そんなノリ?
そんな感じで魔王設置しちゃったの?
女神が世界の平和を破壊してどうするんだよ!
「やってること女神じゃないですね」
「いいんですよ、私の世界なんだから」
まんまゲームで遊んでる感覚ですね?
振り回される人のことをもう少し考えてあげてください。
「それで、この世界に転生するにあたってあなたへのプレゼントは『主人公補正』です」
「『主人公補正』?まあ、想像はつきますけど」
「その想像通りだと思います。謎の力やご都合展開、ヒロイン登場ですね」
「もうムードぶち壊しですね?今のところファンタジーの『ファ』もないですよ?それで、僕はこれから──」
「ォォーーーーーーーッッッッッッ!!!!!!!」
途端、大地が震え、獣の咆哮が森中に響き渡る。
その爆音は木々を揺らし、振動となって全身で感じられるほどだ。
「この声は、この森の主『森林の大熊』が獲物を見つけたときの雄叫びです。流れ的にヒロイン登場ですね!」
「ひどい言いようだなぁ……」
人襲われてんだぞ!
考える暇もなく、僕は雄叫びが聞こえた方へと走り出した。
「助けに行くんですか?」
彼女は、僕のすぐそばを飛行しながらわかりきったことを問いかけてくる。
「僕でも助けられる人がいるなら、僕は助けますよ。そう決めて、今ここに居るんですから」
迷いはしない。
昔、大切な人とした約束が僕に力を分けてくれる。
この力はきっと『主人公補正』ではない。
僕は自分で女の子を助け、今ここに居るんだ。
「あなたなら、そうだろうと思いました。だから私はあなたを選んだんです」
倒れた木を飛び越えると、開けた平原の様な場所に出た。
地面は何かに押しつぶされた様に固まっていて、周りの木には動物が生活している様な跡がはっきりと残っている。
これらの元凶は目の前にいた。
体全体が茶色っぽく、その上から薄緑色のコケっぽいものが付いていて、まさに森に住んでいる主の様な見た目だ。
全長は3、4メートル程あり、圧倒的な存在感を誇る。
両手の鉤爪は見るからに鋭利で、道中の木に付いていた爪痕がその威力を物語っていた。
その熊の視線の先には────少女がいた。
ひどく怯えた様子で、目を瞑って座り込んでしまっている。
遠くからでもわかる金色の髪は、ふわふわで短めのツインテールになっている。
スカートにはフリルやリボンがあしらわれていて、とても可愛らしい。
ただ、激しく動き回っていたのだろう、その服は汚れていた。
と、それよりも早くあの子を助けてあげよう。
僕は足元に落ちていた小石を拾い上げ、足を肩幅に開く。
この時、身体に『気』を纏った様な気がした。気だけに。
まずは牽制して、こっちに注意を惹きつけよう。
──ぐらいのつもりだったのだが。
ビュンッ!と音を立てて僕の腕が風を切り、踏み込んだ足がしっかりと大地を踏みしめる。
そのまま僕の手から発射された小石は、熊の背中を貫通した。
めっちゃ驚いた。
石消えたかと思ったもん。
確かにこっちに来てから力が漲っているとは感じていたけど、実際に試して見るとすごいパワーだった。 あ、少女がこっちに気づいた。あと熊も。
熊は血走った目で、こちらを向いていた。
「た、助けてください!いや、やっぱやめてください!」
どっち?
「こ、このままだとあなたもやられちゃいます!!早く逃げてください!」
「それは無理かな……?」
「え?」
「大丈夫!今助けるから。ちょっと下がってて。……倒せるよな?あれ」
そう言いつつ僕は、今度は足元にあったちょうど良い大きさの棒を拾う。
深夜テンションに近い感覚を感じ、少し声が上ずってしまった。
「いけますって。まだチュートリアルなんですから、こんなところで死なれたら困りますよ」
その言葉を聞き、僕は木の棒を片手に熊に向かって走り出した。
自分でも驚くほど身体が動き、脳からアドレナリンが大量分泌される。
距離を一気に詰め、熊の腹に木の棒を突き立てる。
さほど鋭いわけでもなかったが、結構深く刺さった。
その割には、さっきの投石といい、あまり効いていない様子だ。
やはりこの世界の動物は生命力が段違いなのか、などと呑気に考えていると、熊はギラリと光る爪を振り下ろしてきた。
「危ない!」
少女の声を聞き、僕は後ろへ飛ぶ。
次の瞬間には、僕がいた場所の地面が熊によって深く抉られていた。
‥‥‥‥‥おかしい。
予想以上のスピードだったこともそうだが、そこには明らかに熊の爪よりも大きい跡が残っていたのだ。
「言い忘れていましたが、この世界の生き物は、人間に限らず『魔力』を持っています。今の森林の大熊の攻撃は、魔力が込められて威力と速度が倍増していましたね」
なんだろう、そういうこと今言うのやめてもらっていいですか?
確かに、よく見ると紫色の残像のようなものがうっすらと残っていた。
あれが魔力ということなのだろうか。
あの威力の攻撃を食らったらひとたまりもないが、避ければ問題はない。
体制を立て直される前に再び接近すると、熊は防御の姿勢をとった。
予想外の知能の高さに驚かされるが、弱点が一つだけあった。
熊の手前で真上に跳び、天高く舞い上がってからの────?
「せー、のっ、えいやーー!!!!!!」
身体中のありとあらゆるエネルギーを両足に込め、ノーガードだった熊の顔面に、全力のドロップキックを打ち込んでやった。
ドゴォォォンと爽快な音を立てながら、熊は吹っ飛んでいって木に激突、木を大きく揺らした。
よし、完璧な必殺──ぅぐっ。
背中で着地したこと以外は完璧だった。