第9話 鳥ひき肉とれんこんの蒸し物2種類と、エノキ、アスパラ、人参の豚肉巻き
冒険者ギルド内で俺のランクをどうしようということになり、喧々諤々《けんけんがくがく》した結果、結局規定通りランクを1つ上げるということになった。
これでもまだオークは狩れないらしい。
ということはだ、オークは結構強い魔物ということになる。
ワイルドボアは冒険者ギルドで解体出来るというので頼むことにした。
肉を持って帰りたいというと、どうしても半分は引き取らせて欲しいと言うので売ることにした。
まあデカいから半分でもじゅうぶん食いでがあるし、何かの時の為に、この世界の通貨も手に入れておく必要があるだろう。
精算金額は大金貨1枚と小金貨3枚と銀貨2枚と銅貨7枚だった。
これが高いのか安いのか分からない。
現代でもイノシシの引き取り価格はそれなりにする。引き取り手さえあれば数十万単位するものもあるくらいだ。
今は大分値下がりしたようだが、それでもボタン鍋なんかの需要から、1頭数万の価値がつく。
それで言うと1万3千円ちょっとというところか。
ちょいとお安めだがまあ仕方がないだろう。需要と供給で値段が決まるものだしな。
俺はそう思っていたのだが、それが勘違いであるということがすぐに分かることとなった。
俺はせっかくなので、歓迎会の時に飲んだタナ酒だけじゃなく、この世界の酒を買ってみようと商店に入り、いくつか酒を選んで大金貨を1枚出したところ、そんな大金は崩せない、と言われてしまったのだ。
俺としては1万円感覚だったので驚いた。
何でも金貨には大中小があり、俺の買い求める酒の数であれば、小金貨1枚で事足りるらしい。
……つまり何か?
小金貨が1万円で、大金貨が百万くらいということか?
俺の背よりもデカかったし、脳天一発で死んだから、肉の状態も良かった筈だ。肉の需要が高かったのだろうか?
思いの外稼いでしまった。
まあ金を使うことはほぼないが、使いづらいのであれば、崩して渡してくれた方がよかったなと思いながら、俺は酒を買って家に帰った。
解体時に血抜きをしてくれている筈だが、やり方には差があるものだからな。
イノシシの臭みの大半は血抜きが甘いことからくる。
俺は肉を鞄から取り出すと、ボウルを用意して塩水をはった。
肉をよく揉み洗いして水を捨てる。これを5〜6回繰り返す。ペーパータオルで水を拭き取ってやり、肉を柔らかくする為に、日本酒を出して、水と日本酒1対1の割合にしたものの中に、ワイルドボアの肉を一晩つけておくことにした。
日本酒のかわりに、前にやったビールを使ってもいいし、ワインでもいい。ヨーグルトや味噌を使うやり方もあるが、これだけ量があると液体の方が楽だ。日本酒だと料理の前の下味にもなることだし、今回は日本酒を選んだ。
俺は窓の網戸と格子の取り付け工事を終えて、ついに発電機に冷蔵庫をつないであった。実家で使っていたデカいやつだ。
と言っても、基本その日の内に食材を使い切るから、ほとんど何も入れてなかったのだが、ワイルドボアの肉をつけたボウルを入れたら、ほぼパンパンになってしまったので一部を野菜室に入れた。
これだけあれば村のみんなにもおすそわけができるな。
……まあ、元が百万単位の肉だと知ったら驚かせてしまいそうだから、そこは黙っておこう。
1日仕事になってしまったが、解体を任せられたのは有り難かったな。
残念だが今日はすぐに食べられない。
だが、うまそうな肉を前にすると腹が減ってくる。
酒も買って来たことだし、肉にしようか。だが肉続きになることを考えると、野菜ももう少し取りたい。
今日はガッツリ飲むつもりなので、先に風呂に入りながら、俺は夕食のメニューを考えていた。
さて何にしようか。
酒のツマミにもなるようなものがいいな。
野菜のメニューを何にするか考えていた時、ふと、そういえば、畑を作ろうと思っていたことを思い出した。
家を使いやすくしたり、料理をしたり、食材を仕入れることばかり考えていて、すっかり忘れていた。
明日は朝から土作りから始めるとするか。
大体の土地は、そのまま農作物が植えられるようには出来ていない。
養分が足らなかったり、割と大きめの石が土に混ざっていたりする。
それを取り除いて土を作らないと、いい作物は育たないのだ。
俺は職場の奴らに名前と住所と電話番号を借りて、公共機関がやっている貸し出し農園に毎年応募しては、土作りから畑をやっていた。
抽選だから毎年違う場所が当たるので、土作りから始めなくてはならなくなるのだ。
家庭菜園をやってみようとする人は多いが、土作りの大切さを知らずに、そのままちょっと掘り返した穴に種を植えてしまうことから、いい野菜が育たない。
逆に俺が去年耕したスペースは、土がまだいい状態のままだから、何もしなくてもそれなりのものがいきなり育つ。
他のスペースと比べて、俺の借りている場所と、俺が去年借りていたスペースだけが、まともな野菜が育っているので違いはすぐ分かる。
木や、つるの背の高さが段違いなのだ。
俺は毎年、トマト、ナス、きゅうり、トウモロコシ、キャベツは必ず植えていた。
毎日世話しなくてもそこそこ育つからだ。
メロンも試したがあまりうまくいかずに間引いた実を漬物にして食べていた。
今回こっちで成功させてみたいものだ。
農薬を使わないから、ひとつひとつキャベツについた青虫を取って、大半は飼っていた鳥に食わせて、一回だけ蝶になるまで育てたこともあった。
いい土を作ると、新しい野菜を植え替える時に、カブトムシの幼虫が大量に見つかるのも毎年の出来事だったなあ。
せっかくだから育てようとして、そっちはうまくいかなかった。
こっちでもやはり野菜を食べる虫がつくようなら、鳥を飼うのもいいかも知れない。
命をただ始末してしまうことを、どうしても俺はもったいないと感じてしまう。
とった虫をそのまま処分するよりも、鳥の餌にしたくなるのだ。
どうせ命が失われることに違いはないのだから、害虫として始末するのも、鳥の餌にするのも、虫からしたら同じことだが。
俺は風呂から上がると、豚肉の薄切りと、鳥ひき肉200グラム、エノキ、アスパラ、人参、しいたけ、枝豆、れんこん300グラム、しょうが、万能ネギ、チューブの練りカラシ、ココット皿、蒸し器を出して、醤油、酒、みりん、サラダ油、白胡麻、顆粒だし、片栗粉を準備した。
れんこんは皮をむいて、食べごたえの為に、3分の1を小さく角切りにし、残りはすりおろす。全部すってももちろん構わない。
れんこんの量と鳥のひき肉の量は、どちらかを多めにすることで別の味が楽しめるのが面白い料理だと思う。今回はれんこんがが多めだ。
ボウルに鳥ひき肉とすりおろしたれんこんを入れ、酒大さじ1、すったしょうがの絞り汁、塩少々を加えて粘りが出るまでよく練り混ぜたら、角切りにしたれんこんを加え、全体をよく混ぜてやる。
この時つなぎに卵や片栗粉を加えるやり方もある。俺は半分を別のボウルに分けた。
広めの底が平らな深い陶器の皿に、卵が入っていない方を入れてのばして、平たく広げてやる。
蒸気の上がった蒸し器に入れ、強火のまま20分蒸してやる。
電子レンジでも出来るらしいが、高さが均等じゃない皿だと、火がうまく通せないので、うちでは蒸し器を使用する。
火がとおったら、蒸し器から取り出して、万能ねぎを細かく切ったものを散らし、小分けにして小皿に取り分けてカラシ醤油でいただく。ポン酢でもいい。
人参と、石づきをとったしいたけをうすーく切る。今回はしいたけの軸は使わない。
枝豆を皮から取り出してやって、軽く包丁でまとめてざく切りにして、小さく、火が通りやすくする。
半分を別のボウルに分けた、れんこんと鳥ひき肉に卵を入れて、人参、しいたけ、枝豆とともに混ぜてやる。
ラップにくるんでココット皿にちょうどの大きさに取り分けたら、蒸し器で8分、串を刺してみて火の通りが悪ければ更に2分蒸してやる。
電子レンジでも出来るらしいが俺は火加減が難しいので蒸し器を使う。
お湯でといた顆粒だしに、みりんと醤油を少々入れて、火が通ったら水溶き片栗粉を加えて、あんを作り、ココット皿から取り出して、ラップを外して別の皿にのせなおした、団子状の物を乗せてあんをかけて、鳥ひき肉とれんこんのあん蒸しの完成だ。
れんこんを蒸している間に、野菜の肉巻きを作ることにする。
白胡麻をちょっと炒ってから、醤油と酒とみりんと水をそれぞれ大さじ2と混ぜ合わせたものを、小鉢に入れてよけておく。
エノキは石づきを取り、アスパラと人参は軽く下茹でしておく。
野菜は何だっていいのだが、単に彩りの問題と、母がよく作る時がこれだったというだけだ。
広げた豚肉の薄切りにエノキ、アスパラ、人参を並べて、巻きずしの要領で手前から巻いてやる。
巻き終えたら小麦粉を全体に薄く付けて、フライパンにサラダ油をしいて、巻き終わりの部分を下にして中火で1分程焼いて、剥がれないようにしてやる。
ひっくり返して肉が剥がれてこないのを確認したら、小鉢に入れてよけておいたタレを入れて、時々コロコロとひっくり返してやりながら、弱火で蒸し焼きにする。タレが煮詰まったら野菜の肉巻きの完成だ。
「──いただきます。」
今日のメニューは鳥ひき肉とれんこんの蒸し物2種類と、エノキ、アスパラ、人参の豚肉巻きだ。
米もしっかり炊いてある。熱々ご飯と一緒にかきこむ。
このれんこんと鳥ひき肉の蒸し物は、母がよく作ってくれて、子どもの頃から我が家の食卓によく並んでいたメニューだ。
俺は子どもの頃ワサビは苦手だったが、カラシ醤油は平気で、これでバクバクおかわりをしたものだ。
しいたけと人参と枝豆を混ぜてあんをかけた方は、付き合ってた相手がオシャレな料理を好むので作ったものだ。
栄養のバランスを少しでもよくしたくて作ったが、男飯のおかずとしては、ちと物足らない。どちらかというと酒のツマミ用だ。
エノキ、アスパラ、人参の豚肉巻きも、甘辛い味が白飯と実に合う。
──いかんいかん、今日は酒を楽しもうと思っているのだ。白飯で腹いっぱいにしてしまっては、酒が入らなくなる。
俺はおかずを残しておいて、買ってきた異界の酒を並べた。
まずはムーガという酒だ。
〈ムーガ〉
発酵させたロロアガを濾過し、熟成させたもの。ビールに似ている。
アルコール度数5%。
とあった。
実際飲んで見ると、地ビールで飲んだことのあるような味がする。ロロアガが大麦のような植物なのだろうか?
しまった、これは先に確認して冷やしておけばよかったな、と後悔したが、まあ店主は常温で飲むものだと言っていたし、これはこれで悪くなかった。
次はイイコワという酒だ。
〈イイコワ〉
厳選したラカンの実を発酵させず蒸留させた酒。レーズン風味でジヴァニアに似ているブランデーの一種。
アルコール度数45%。
とあった。
ジヴァニアが分からんが、そのままだとアルコールが強すぎで味がよく分からなかったので、炭酸で割ってみたが実にうまい!
フルーツの香りが爽やかに鼻に抜ける。
グイグイいける。やばいな、飲み過ぎちまう。
素材を厳選してるとうたっているだけのことはある。
これはリピート確定だな。暑い日に冷やして飲んだら更に最高なんじゃないか?
ジヴァニアは元の世界の酒だと思うが、そっちのも今度取り出して飲んでみよう。
異世界の酒を堪能し、気持ちよく酔っ払った俺は、後片付けもそこそこに、ワイルドボアの肉をどう調理しようか、楽しみに考えてワクワクしながら、明日の土作りの為に早めに休んだのだった。