第61話 狙われたセレス様
パーティクル公爵とサニーさんが風呂からあがり、俺も同時に風呂から上がろうとしたのだが、体を拭く担当の若い女性が、脱衣室で待機していますが、大丈夫ですか?とパーティクル公爵に言われて、声をかけてもらうまで浴室内で待つことにした。
「もうよろしいですよ。」
パーティクル公爵から声をかけられ、脱衣室の中に移動すると、俺の着ていた服が回収され、新しく着替えが用意されていた。
「朝までに乾かしておきますので、今日はそちらをおめしになってくださいね。」
「ありがとうございます。」
用意された服は、上下の分かれた柔らかい厚手の布地で、腰のところを紐でしめてはくタイプのズボンと下着だった。
この世界にはゴムを使った下着や服はないのかな?しかし下着まで若い女性に洗われてしまうのか……。ちょっと恥ずかしいな。
「明日までに乾くんですか?
ひょっとして、乾燥機をお持ちで?」
サニーさんは驚いた表情でパーティクル公爵を見る。
「ええ。布が縮まないようにする為には、長い時間をかけて乾かさなくてはならないらしくて、一晩お時間をいただきますがね。」
へえ、そんな調節ができるのか。元の世界の乾燥機よりも優秀かもしれないな。
元の世界の乾燥機は、短時間で乾くかわりに、かならず布が縮んでしまうから、よほどのことがない限り、俺は乾燥機は使いたくない派なんだが、この世界の乾燥機なら使ってみてもいいかも知れないなあ。
サニーさんも俺と同じタイプの服を用意されていて、それを着ていた。パーティクル公爵は専用の服を用意されていて、俺たちのよりも質のいい布地のようだった。
それでも服の形は同じなんだな。上級貴族ともなると、バスローブみたいなタイプのパジャマでも着てるかと思ったが。
「お子さんの着替えにちょうどいいものがなかったようで……。
いかがいたしましょうか?なにか必要なものがあれば、用意させますが。」
申し訳無さそうにパーティクル公爵が言ってくれる。
「いえ、大丈夫です。本来樹木ですし。
でも一応、風呂上がりだけは、用意しているものがあって、いつもそれを着せてやっているので、それを着せるつもりです。」
俺はそう言いながら、マジックバッグからカイアの服を取り出した。
普段は服など着せていないが、風呂上がりは拭いたといっても濡れているからな。
腹巻きと、特製の靴下を履かせている。
これが必要なのかどうかは、カイアは話せないから分からないが、一応大人しく着てくれている。ただし、朝になるとベッドの脇に必ずすべて脱ぎ捨てられているんだが。
まあ、こも巻きという、冬になると樹木に巻かれる、藁や木の板で出来た腹巻きみたいなものも、防寒の為にやってるわけじゃないからな。本来必要ないのかも知れないが。
そもそも樹木に内臓などないから、腹巻きなんて意味ないのだ。
だがカイアは俺たちと同じものも食べられるから、ひょっとしたら内臓があるかも知れないと思い、念の為やっている。
ちなみにアレは、冬になると寒さを凌ぐために、害虫が藁に入ってくるのだが、春になる直前に外して、藁ごと害虫を焼いてしまう為のものだ。子どもの頃は樹木の為の腹巻きだと思っていたっけな。
「ほお、可愛らしいですなあ……。」
「ええ、よく似合っています。」
サニーさんとパーティクル公爵が、腹巻きと靴下を身に着けたカイアを見て、ふふ、と目を細めた。そもそもカイアは精霊だが、服を着ているとそのファンタジー感が余計に増して、なおのこと可愛いらしいと俺も思う。
「朝食を食べてから出かけようと思っておりますので、目が覚めましたら食堂に集合なさってくださいね。」
「分かりました、お休みなさい。」
「ではまた明日、お休みなさい。」
俺とサニーさんはゲストルームへ、パーティクル公爵は自室へと分かれて行った。
サニーさんの部屋は俺の隣だ。サニーさんと入り口でお辞儀をして分かれ、まだお風呂の熱が残っているうちに、カイアを抱いてベッドに入った。
「柔らかくて気持ちのいいベッドだなあ、カイア。ゆっくり疲れが取れそうだ。」
今日はカイアの為の子ども用ベッドはないので、はじめから一緒にベッドに入る。
まあ、家でも結局朝になると、俺のベッドに入ってきてしまっているんだが。
カイアは風呂上がりからそうだったが、ちょっとウトウトして眠そうだった。
時計がないから分からないが、普段ならもう寝てる時間なんだろうな。
いつもは俺が寝るまで、寂しがってなかなかベッドに入ろうとしないカイアだが、今日は一緒に寝るのですぐに寝てくれた。
なんだかんだ気を張っていたんだろうな
普段なら俺もそんなに早く寝ない方だが、今日は色々あって俺も疲れた。
「よしよし、知らない人がいっぱいで疲れたな。ゆっくりお休み。」
疲れた様子のカイアの頭を撫でながら、俺も気がつくと眠りについていた。
ノックの音に目を覚ますと、カイアはまだ眠っていた。普段は俺よりも早起きだから、大分疲れたんだろうな。
いつもであれば、俺が朝食前に何かをする予定があって早起きでもしない限り、大体カイアが先に起きて1人で遊んでいる。
ドアを開けるとナンシーさんが、水を張った洗面器とタオルを持ってきてくれていた。
「おはよう御座います。こちらで顔を洗って下さい。使い終わりましたらそちらに。
後で回収に伺います。こちらの籠の中に、昨日のお召し物がございます。」
「ありがとうございます。
皆さんもう起きてらっしゃいますか?」
「皆さま既に続々と食堂にお越しでございます。あとはジョージ様とサニー様のみでございます。」
「そうなんですね、急ぎます。」
俺はドアを閉めると、顔を洗ってタオルで拭いて、慌てて受け取った服に着替えた。
カイアはやっぱり着せた服を脱いでいた。
昔シングルマザーと暮らしていた時も、そこの家の子どもが、毎回朝になるとオムツを脱いじゃってたんだよなあ。
苦しいのかな?かといって着せないのも風邪を引きそうで不安だしな……。
「カイア、ほら、朝だぞ、起きなさい。
顔を洗ってご飯を食べに行こう。」
カイアを揺すって起こすと、カイアは枝の手で目をこすりながら、ゆっくりとベッドの上に起き上がった。
カイアを抱っこして、洗面器で顔を洗わせてやり、タオルで顔を拭いてやった。
「おはようございます。」
「おはよう。」
「おはよう、ジョージ。」
みんなが口々に挨拶してくれる。
「やあ、遅れて申し訳ありません。」
最後のサニーさんが食堂に入ってきて、それに合わせるかのように、ナンシーさんが食堂に入り、続いて料理長が他の料理人とともに台車を押して食堂に入ってきた。
テーブルにナンシーさんがカトラリーを並べ、料理長と料理人が料理を並べる。
朝は順番に出てくるんだな。まずは前菜が出てきてそれをいただく。テーブルの上に3箇所分かれた状態で、木の籠に入れられたパンが置かれている。
前菜は、木の実をくりぬいて器にしたサラダだった。アボカドみたいにクリーミーな実と、ツナのようなものが混ぜられている。
〈クコット〉
クコスの実と、茹でた魚肉をほぐしたものを、塩コショウとピピル(マヨネーズ)であえたもの。
〈クコス〉
ハバナ地方に生える木の実。味はアボカドに似ていて栄養価が高い。
やはりな。
次はスープが出てきた。
スッキリとしたスープは生姜が入っているのかな?酒を飲んだ次の日にいいな。
それを考えてくれたのかな?と思い、思わず料理長を見上げると、ニコリ、と微笑まれた。やはりそうらしい。
さすがに朝食だから、メイン料理は魚料理1つだけだった。白身魚のバターソテーのこの肉は……。ケルピーじゃないか?
ケルピーの肉は、魚の部分がふぐに似ている。朝から豪勢だなあ……。さすが公爵家。
ふぐのバターソテーは、気になっていたけど高いから、試したことがなかったんだが、うん、美味いな。
気付かず食べているアシュリーさんとララさん。気付いてしまった俺とサニーさん。
俺とサニーさんは、ぜいたくな素材をこともなげに振る舞ってくれていることに感謝をしつつ、凄いですね、と、顔を見合わせて、思わず、ふふ、と笑った。
最後のデザートは冷やした果実だった。
この味は……。ライチか!
食材を確認すると、
〈ルムース〉
その実は硬い皮に覆われているが、皮を剥くと半透明の白い果実が現れる植物。
味はライチに似ている。
とあった。
うーん、大満足だ。食べ終わってしまうのがもったいないくらい美味しかったな。
カイアはルムースが気に入ったらしく、たくさん食べたがったので、俺の分をやっていると、みんなが微笑みながら、カイアに1つずつルムースを分けてくれた。
カイアが俺を見上げてきたので、皆さんにお礼を言ってから、ありがたくいただきなさい、と言うと、恥ずかしそうに、でも嬉しそうに、ピョル……と言った。
みんながそれを見てまた微笑んだ。
食事が終わり、馬車の準備を部屋で待っていると、ナンシーさんが呼びに来てくれた。
「馬車のご準備が出来ました。」
玄関に行くと、馬車は2台あった。
「1台で全員乗り切れる馬車がなくてね。
申し訳ないが、妻の馬車と、私の馬車で、それぞれ男性女性で分かれて分乗していこう。女性陣は話し足りないようだからね。」
今朝の朝食の際もそうだったが、アシュリーさんとララさんは、すっかりセレス様と仲良くなったようだった。
まるで種族の違いなんてないかのように、楽しくおしゃべりを弾ませている。
「分かりました。そうしましょう。」
俺とサニーさんは、それを見てハハハ……と笑った。
俺、カイア、パーティクル公爵、サニーさんが前を走る公爵の馬車に。
アシュリーさん、ララさん、セレス様が後ろを走るセレス様の馬車に分乗した。
セレス様専用というだけあって、馬車は少し高貴な女性らしさを感じさせる、美しく豪華なデザインだった。貴族はこんなところでもオシャレをするんだな。
それとは別に、馬に乗った護衛の人たちもいた。主にセレス様の馬車を守るようだ。
貴族街を走る馬車に、馬に乗った護衛がついているのは見たことがないが、セレス様は元王族だものな。狙われることがあるとセレス様自身もおっしゃっていたし、これでも警備が軽いほうなんだろう。
馬車はゆっくりと走り出した。
「とても乗り心地のいい馬車ですね。」
長時間乗ったところで、俺は違いに気が付いて、進行方向とは逆向きに座っているパーティクル公爵に話しかけた。
同じ体勢で座っているのに、あまりお尻が痛くならない。でもスプリングがないのか、地面の状況によってやはり弾みはするが。
「はは、まあ、それなりに良いものを使わせて作らせていますからね。お気に召していただいて良かったです。」
「……?後ろの馬車、何やら様子がおかしくありませんか?」
「後ろの馬車……ですか?」
サニーさんの言葉に、俺たちは窓から見える限り後ろを振り返ってみた。
「──なんだね、あれは!」
見れば木の間から、後ろの馬車めがけて、次々に矢が飛んで来ているではないか。
護衛の1人は矢が当たり、負傷してしまったようで肩をおさえていた。
「盗賊だ!
後ろの馬車を狙っているようです!」
サニーさんの言葉に、パーティクル公爵が座席の後ろのカーテンを引いた。
前に小さな窓があり、それを引くと、鉄格子のような仕切りの向こうに、馬車を走らせている御者の姿が見えた。
「ゆっくり止まってくれ!
妻の馬車が盗賊に襲われている!」
急に止まると後ろの馬車と追突しかねないからだろう。
ゆっくり馬車が速度を緩めると、後ろの馬車もそれに気付いて速度を緩めた。
「アシュリーさんは精霊魔法使いの冒険者です。後ろの護衛は彼女に任せましょう。」
「どうするのです?ジョージさん。」
「俺は戦います。お2人は頭を低く下げて、床に出来れば這いつくばっていてください。カイア、マジックバッグの中に入るんだ。」
俺はカイアをマジックバッグの中に入れると、MSS−20を取り出した。人間相手ならオリハルコン銃は強すぎるからな。
「元王族の乗った馬車を襲うだなんて……。
よほど世間知らずの盗賊だ。
かなり危険かも知れません。
ジョージさん、無理はなさらず。」
「ありがとうございます、サニーさん。
でも、大丈夫です。
パーティクル公爵、1つ確認したいことがあるのですが、この場合、人に当たってしまっても……、仮に相手が死んだとしても、正当防衛ということでよろしいですか?」
「ああ。パーティクル公爵の名において正式に依頼する。頼む、ジョージさん、妻を、セレスを助けてくれ!」
「──了解しました。」
俺はサポット型スラッグ弾頭を込め、馬車の側面の窓をあけて、壁に隠れるようにしながら、矢の飛んでくる方向に狙いを定めた。
間空きまして申し訳ありません。
骨折しました苦笑
体調次第で頑張ってあげていきたいとおもいます。
 




