第52話 みんなでおでんパーティー
その時、ドンドンドン、とアシュリーさんの家のドアが叩かれて、俺たちはドアを振り返る。アシュリーさんがドアを開けると、いつもカイアと遊んでくれる、ナティス君とヨシュア君が立っていた。
「カイアちゃんが来てるってほんと!?」
カイアがゆっくりとソファから降りて玄関に向かうと、お互いキャッキャしている。
「カイアちゃん、一緒に遊ぼう!」
「遊ぼうよ!」
嬉しそうに言う2人に、お伺いをたてるかのように、カイアが俺を振り返る。
「まあ、あなたたち、急によそさまの家に来て、相手の都合も聞かずにそんなことを言っては駄目よ?ジョージさんはお仕事でこちらにいらしているのよ?」
めっ、という表情でララさんが言う。
「うちに泊まっていけばいいじゃない?私もジョージの料理が食べたいわ。またみんなで料理をしましょうよ、ジョージ。」
「アシュリーさんまで……。」
ララさんが苦笑したように言う。
「だって……。
私だけがジョージの料理を食べたことが分かったら、みんなに恨まれてしまうわ?
でもジョージの料理はどうしても食べたいんだもの。」
困っちゃう、という表情でアシュリーさんが言う。いつも一番たくさん食べてくれるものなあ。ありがたいが。
「特に用事もありませんし、そうしたいのはやまやまですが、オンスリーさんがいらっしゃらない中、アシュリーさんお一人の家に泊めていただくわけにも……。」
「──私がどうかしましたかな?」
「あら、おじいちゃん、早かったのね、おかえりなさい。」
そこに、噂をすれば影で、オンスリーさんが玄関にひょっこり顔を出す。
「おじいちゃん、ジョージを家に泊めても構わないでしょ?」
「ああ、もちろんだよ、問題ない。」
「ですって!ジョージ!」
アシュリーさんは目をキラキラさせて言ってくる。カイアといい勝負だ。
アシュリーさんにはかなわないな。
「分かりました、何か作りましょう。
ただ、大人数となると、作れるものは限られますけど、構いませんか?」
「もちろんよ!
さっそくみんなに声をかけてくるわ!」
アシュリーさんはそう言って、ウキウキと家を出ていく。ララさんも、私も伝えて来ますね、と言ってそれについて行った。
「カイア、遊んで来ていいぞ。」
「やった!いこう!カイアちゃん!」
「遊ぼう!遊ぼう!」
「ピョルル!ピョルピョル!」
ナティス君とヨシュア君が、カイアと手を繋いで家を出て行った。
急だし、大人数だからなあ。色々仕込んでる時間はないから、大半は市販品に頼るとして、おでんでも作るかな。
「オンスリーさん、申し訳ありませんが、キッチンをお借りしますね。」
「ああ、もちろん構いませんよ。」
オンスリーさんは笑顔でそう言うと、用事があると言って2階に上がって行った。
俺は合いびき肉、豚ひき肉、玉ねぎ、切り餅、万能ねぎ、しいたけ、生姜、油揚げ、クリームチーズ、卵、塩、コショウ、ナツメグ、片栗粉、バター、サラダ油、顆粒だしの素、昆布だしの素、業務用の甘いめんつゆ、爪楊枝、丸い菜箸、業務用の寸胴鍋、キッチンペーパータオルを出した。
鍋に油揚げが浸る程度のお湯を沸かし、熱湯の中に油揚げを入れ、中火で2分加熱したら、お湯を捨てて水で冷やしたあと、手で絞ってキッチンペーパータオルで余分な水気を拭き取ってやる。
電子レンジがあれば一番良かったんだが、ないから仕方がない。
別にザルに入れて熱湯をかけるだけでもいいし、ザルにあけて冷ましてから水気を絞ってもいいのだけど、ザルについた油って地味に洗いにくくて落ちにくいのだ。
油抜きの為だけにそれをするのは嫌なんだよな。電子レンジだと、キッチンペーパータオルで油揚げを包んで、水を浸して加熱するだけだから、皿を洗うだけで楽なんだが。
まな板の上に油揚げを置いたら、丸い菜箸を端から軽く押し付けるようにして、全体にコロコロと転がしてやり、端っこを包丁で切って、切れ目から袋状に広げてやる。
包丁の背を使って全体をしごいてやってもいいが、包丁だと破れやすいので、丁寧に優しくやるのがコツだ。麺棒でも構わない。
しいたけ8枚に対して生姜4欠片をそれぞれみじん切りにし、ボウルに豚ひき肉800グラム、小口切りにした万能ねぎを120グラム、溶き卵4個の割合で、塩コショウ少々と混ぜ合わせ、スプーンで油揚げの中に詰めたら、口を爪楊枝で閉じてやる。
卵を1個ずつ小さな器に割り入れたら、同じく油揚げの中に入れてやり、ひだを寄せるように爪楊枝で閉じる。肉の時よりも寄せたほうが、中身が出にくくていい。
ひき肉は固形だからほぼ真っすぐに閉じても構わないが、卵は殆ど液体だからな。
同じように小さくカットした切り餅を油揚げの中に入れて、爪楊枝で閉じる。
玉ねぎ2個をみじん切りにして、バターで炒めたら、ひき肉800グラムに対して、ナツメグ、塩、コショウをそれぞれ少々加えて、粘りが出るまでこねたら、卵2個、片栗粉大さじ4、炒めた玉ねぎを加えて更にこねて、しばらく休ませる。本当は冷蔵庫に入れたいところなんだがないから仕方がない。
適当な大きさにとめて、まんなかにクリームチーズを適量入れ、しっかり包み込みながら丸めてやったら、フライパンにサラダ油を薄くひいて肉に火を入れる。後で煮込むので、型崩れしないように焼くだけだ。
これらをおでん出汁の中にいれて、そのままじっくりと味がしみるまで煮てやるのだ。
これらはすべて、関東ではばくだんと呼ばれるおでんの具だが、単品で煮物なんかに使われることもある料理だ。
おでんの具は他に、大根、ゆで卵、こんにゃく、しらたきをねじって巻いたもの、ハンペン、イワシのつみれ、ちくわぶ、がんもどき、厚揚げ、昆布巻、うずら巻という練り物を出した。こんなもんか。
これらは売ってるものがあるので、それを出して適当な大きさに包丁でカットして、鍋にぶちこんだら、顆粒だしの素と昆布だしの素と、業務用の甘いめんつゆを適当に入れて、味を見ながら煮ていく。
別に普通のめんつゆでもいいが、このめんつゆ、店に流通してなくて、いつも父が車で遠くまで買いに行っていたものなので、この味を再現するのが無理なんだよな。
うちではおでんは父が必ず作るもので、味付けはこれと決まっている。別にそこにこだわらなければ、市販のめんつゆでも、おでん専用のつゆでも構わない。
ただ、これがないとうちのおでんという気がしないのだ。うちでは煮物もうどんも、何を味付けするにも大体これを使う。
祖母の家で同じ料理を出された時に、味付けの違いに慣れなくて、食べられなかったことがあるくらい、この味に慣れている。
でも未だに父の味にはならない。他に何を入れていたんだか謎なんだよな……。
ちなみに我が家では、おでんをオカズにご飯を食べる。まあ、殆どおでんで腹一杯になっちゃうんだけどな。
ちなみにチーズ入りの肉団子だけは、俺が後から入れるようになったもので、実家のおでんには出てこない。ほかは父と同じだ。
おでんを煮ていると、アシュリーさんが戻ってきて、何を作っているの?と鍋を覗き込んできたので、おでんです、と答えた。
「──ねえ、ジョージ。」
アシュリーさんが急に真面目な顔になる。
「……種族が違うから、間違いなんて決しておこらないのに、それでもあなたは、当たり前のことのように、私を女性として気遣ってくれるのよね。ジョージのそういうところが、私は信用出来ると思うのよ。
だからあなたの言うことなら、やってみたいと思えたの。分かってくれる?」
その言葉に、俺は思わず微笑んだ。
コボルトは人間ではないけれど、個人として彼らを尊重している気持ちが、しっかりと伝わった気がして。
「いいにおーい!」
「お腹すいた〜!」
「ピョル!」
そこにドヤドヤと、ナティス君とヨシュア君がカイアを連れて戻ってくる。
「皆さん外にテーブルと椅子とお皿を用意して、待ってらっしゃいますよ。」
ララさんも戻って来た。そこにオンスリーさんが2階から降りてくる。
「やけにいい匂いが、2階まで漂ってきましたよ?すっかり腹が減ってしまって……。」
オンスリーさんのお腹がぐうううううううううううううううううううううううう、と物凄く長いことなって、みんなで大笑いする。
「そろそろいい感じに煮えてますよ。じゃあ、みんなでいただきましょうか。」
俺はアシュリーさんにドアを開けてもらって、鍋つかみを出して鍋を持ちながら、オンスリーさんと共に、えっちらおっちら広場に鍋を運んでいく。業務用のデカい寸胴鍋を出してしまったので、さすがに中身の入ったこれを、1人で運ぶのはしんどかった。
みんなのワクワクする顔が広場に待っていた。それぞれ鍋から好きな具を取り出して皿に乗せると、ワイワイと食べだす。
「美味しい!」
「なにこれ?ふわふわ!卵かと思ったら違うのね!溶けてなくなるみたいに口の中で消える食物なんて初めて食べるわ!」
「それはハンペンといいます。魚のすり身を使ってるんですよ。」
「これ、食べたら、中からちっちゃな卵が出てきたよ!」
「それはうずらの卵だね。俺も小さい時、これが出てくるのが楽しみだったなあ。」
ナティス君がうずらの卵を、宝物のように眺めたあと、嬉しそうに噛みしめる。
「この黒いのは……?」
フォークで掴んだものの、恐る恐る見ながらコボルトの老人が言う。
「こんにゃくです。こんにゃく芋という専用の芋を作って作られたものです。」
「芋!これが芋!……不思議な食感だ……。
味がしみていて、とても美味いな!」
「私はこの食感が好きだわ。これはなんなのかしら。家でも出来たらいいのに。」
「ちくわぶと言って、小麦粉から作られたものです。モチモチしていてとても美味しいですよね。俺も子どもの頃から好きですよ。」
「わっ!これ中がのびるよ!あふっ!」
「それは餅巾着っていうんだ。
一気に食べると喉を詰まらせることがあるから、気をつけて食べるんだぞ?」
ヨシュア君にそう言うと、急いで食べようとしていたのを、ゆっくり少しずつ食べるようになった。素直な子だな。
「これは癖になりますな……。」
「おいひい!さすがジョーヒね!」
「やだ……食べ過ぎちゃう。」
オンスリーさんは昆布巻と厚揚げばかり、アシュリーさんは大根とゆで卵ばかり、ララさんは巾着ものばかり食べている。
ちなみに子どもたちの中で一番人気だったおでんの具は、クリームチーズ入りの肉団子だったのだが、カイアはハンペンとイワシのつみれが特にお気に入りらしい。俺の子どもの時と一緒だなあ、と思わず微笑む。
みんなおでんの珍しさと美味しさに、夢中になって食べてくれたのだった。
 




