第42話 明太子餅チーズもんじゃ焼きパーティ
俺は朝ごはんを食べると、カイアをマジックバッグに入れて、早速コボルトの集落を目指して馬車に揺られていた。
売る予定の商品の大半が王室御用達になったことを伝える為と、柵の工事の状況を確認する為だ。嬉しい情報を伝える目的があるからウキウキしている。
集落に到着すると、周囲はかなり広範囲まで柵が広がっているようだった。
集落全体で工事しているのか、思ったよりも進みが早いな。
これなら半月とかからずに、漆喰を塗り終わるところまでいけそうだ。
「ジョージさん!」
俺に気付いたコボルトたちが、笑顔で駆け寄ってくる。
前回との対応の大きな違いに、俺はコボルトたちが心をひらいてくれたのを感じた。
「随分と進んだじゃあないか。」
「はい、今まで穴を掘って埋めるしかなかった、割れた皿を大量に使えたおかげで、使えるようになった土地も増えて万々歳ですよ。
今はまだ大きな穴になってるんで、埋めるまでは落ちたりしたら危ないから、柵で囲ってるとこも多いですけどね。」
割れた皿をそういう風に処理してたのか、ゴミ回収とかないもんなあ、この世界。
「しばらく雨がふらなかったから、乾きやすかったのも良かったですね。作業が早く進みましたよ。」
「そうだな、漆喰を塗るまでは雨は大敵だからな。けど、年数が経つと漆喰がひび割れてくることがあるから、そうしたらその部分を剥がして新しい漆喰を塗らないと、雨にやられてしまうから気をつけてくれ。まあ、もって20年かな。」
「はい、分かりました。」
現代でも瓦屋根をしくさい、漆喰を使うことが多いけれど、瓦がずれたことで漆喰が割れたり、経年劣化での漆喰のひび割れが原因で、雨漏りすることがあるからなあ。
瓦は波をうった形だから、どうしても屋根のてっぺんとかは漆喰だけで埋めないといけない場合がある。一番上は波形の瓦じゃないので、隙間部分を漆喰で埋めて、瓦から跳ね返った雨が侵入するのを防いだり、交差する瓦の間を塞いで繋いだりする。
普段見ない場所だが、ただ塗ればいいというわけじゃなく、技術の必要な仕事だ。安く提案されても、技量の分からない業者に決して頼んではいけない。すぐに割れてまた雨漏りすることになるからな。
一時期そういう詐欺が流行ったが、俺の家は付き合いのある業者に家の補修はすべて頼んでいたから、それを知っていた子どもの俺が詐欺業者を追い返してことなきを得たが、引っかかった家がたくさんあったらしく、後日全国ニュースになっていた。
俺はコボルトの集落の入り口で、マジックバックからカイアを出した。
「あ、カイアちゃんだ!」
それに気が付いたコボルトの子どもたちが駆け寄ってくる。
「カイアちゃん、一緒に遊ぼう!」
カイアが俺にお伺いを立てるように見上げてくる。
「いっておいで。」
俺は笑顔で送り出した。コボルトの子どもたちは、素早く歩けないカイアの歩く速度に合わせて、ゆっくり歩いてくれている。
微笑ましい光景だなあ。コボルトの子どもたちは、みんな優しいお兄さんお姉さんかのようだ。カイアもとても嬉しそうで、前回遊んだナティス君とヨシュア君に、両手をつないで貰ってトコトコと歩いている。
近所にもうちょっと同年代のお友だちがいればいいんだが、子どもが少ないからな。
俺はアシュリーさんとオンスリーさんの家を尋ねた。
「まあ、ジョージ!」
「突然訪ねて来て申し訳ない。ちょっと報告したいことがあって。」
「構わないわ。おじいちゃん!ジョージが来たわよ!」
アシュリーさんが家の奥に声をかけると、
「おお、ジョージさん!」
オンスリーさんが現れて、俺にそっとハグしてきた。
「これはコボルトの最上級の親愛を示す挨拶なのよ。」
そうアシュリーさんに説明されて、俺もオンスリーさんにハグをしかえした。
「──我々の文化を受け入れてくれてありがとう、ジョージさん。」
オンスリーさんは嬉しそうに微笑んだ。俺も思わず微笑みかえした。
「今日は大事なお知らせがあって来ました。大人の方を集めていただければと思うのですが、お願いできますでしょうか?」
「ええ、もちろんよ。さっそくみんなに声をかけるわ!」
アシュリーさんとオンスリーさんが集落の人たちに声をかけ、声をかけられた人たちがまた別の人たちに声をかける形で、すぐに大勢のコボルトたちが集まってきた。
「突然お集まりいただき申し訳ありません。そしてありがとうございます。
今日はみなさんに大切なお知らせがあって参りました。」
コボルトたちがザワザワとする。
「先日王宮に行ってまいりました。」
ザワザワが大きくなる。
「そこで皆さんの作っている、食器、お茶、食材を王族に提供したところ、それらを王室御用達の看板を掲げて販売する許可をいただきました。
また、王室に定期的に納入して欲しいというご要望も賜りました。」
ザワザワとした声が、オオオオオ!という歓声に変わる。
「お店の場所も王宮近くの一等地に、王族の保証つきで、近く確保出来る予定です。
人間の従業員と護衛も雇いますが、皆さんからも店で働いてくださる方を募集したく思っております。住まいと給与と町に向かうまでの馬車はこちらで保証致します。
どなたか立候補はいらっしゃいますか?」
「私は行くわ。」
アシュリーさんが手を上げる。
「アシュリーさんさんには、実は店長をお願いしたいと思っております。」
「店長?私が?」
アシュリーさんは驚いていた。
「アシュリーさん、この話を持ち込んだのはあんただ、俺たちもコボルトから店長を出すなら、あんたがふさわしいと思う。」
そうだな、とコボルトたちが口々に言う。
「それと、オンスリーさん、ぜひ、あなたにも店員をお願いしたく。」
オンスリーさんはそれを聞いて目をパチクリさせている。
「王族たちは、前回勇者が現れた際に、オンスリーさんが勇者一行に加わって下さった恩を忘れておらず、コボルトにとても友好的でした。コボルトの店を全面的に後押しすると言って下さったのも、オンスリーさん、あなたの功績がとても大きいと思います。」
「王族の皆さまがそのように……。」
オンスリーさんは感無量のようだった。
「ですが、世間の人々はそのことを殆ど知らないようなのです。
私はコボルトの文化を伝えるとともに、そのことを広めたいと思っています。
伝説の勇者の仲間であったコボルトが、魔物の筈はありません。」
「そうだそうだ!俺たちは人間以外で唯一勇者に同行した名誉ある一族なんだ!」
「俺たちもそれを知って欲しいです、オンスリーさん!」
「オンスリーさん!店に立って下さい!」
「お前たち……。
分かった、引き受けよう。」
ワアアア!と歓声が上がる。
「それと、オンバ茶はかなり高値で販売することが決まりました。狙われる可能性が最も高い商品ですので、柵を作り終えてから店は始めましょう。店の工事や内装はその間に終わることと思います。
コボルトの伝統を生かした内装と、貴族受けする内装を合わせたいので、そこは皆さんと相談しながらやらせて下さい。」
「分かったわ。」
アシュリーさんがうなずく。
「この分だと、店の権利はすぐに譲れることになると思いますから、価格も後ほど相談しましょう。」
「そうね、価格はみんなで決めましょう。
今日はお祝いにパーティーをしましょう!
前祝いよ!みんな、いいわよね?」
「もちろんだ!」
「この店から俺たちは変わるんだ!」
「最近工事続きで疲れていたから、こんな日もないとな!」
「じゃあ、俺が何か作りますよ。」
「やったわ!ジョージの料理よ!」
アシュリーさんをはじめとするみんなが嬉しそうにしてくれる。
何を作ろうかな?みんなで一度に食べられるものが楽しいよな。子どもたちがたくさんいるから、子どもが楽しく食べられるものといったら……。
「なあ、ちょっと見た目がびっくりする料理を作ってもいいかな?俺の地元の料理なんだが、初めての人は驚くんだ。」
アシュリーさんをはじめ、みんながきょとんとする。
「ジョージが作るものなら、きっとなんでも美味しいから構わないわよ?」
「そうか、なら、鉄板を使うから、火をおこすのを手伝ってくれないかな?」
「外で料理する時用のかまどがあるけど、それなんかどうだい?」
コボルトの若者が声をかけてくる。
「ちょっと見せて貰えるかな?それ。」
案内して貰うと、かまどの上が広く口があいていて、そこに棒を渡して鍋を吊るして温める仕様になっていた。
「これだけ口が広ければ、じゅうぶん鉄板全体に火が通るな!これ、借りてもいいかい?ここに鉄板を置きたいんだ。」
「ああ、もちろん構わないよ。」
俺は巨大な鉄板を出してかまどの上に置いた。重さにして80キロ。肉体労働をしている男なら普通に持てるが、そうでない人間だと1人じゃ持てない重さのやつだ。
鉄板がかまどからはみだす大きさなので、これなら鉄板から直接取って食べることも可能そうだ。俺は豚の薄切り肉、キャベツ、明太子、チーズ、餅、青のり、顆粒出汁、薄力粉、ウスターソース、醤油、塩、コショウ、サラダ油、ボウル、粉ふるい、泡立て器、大べラを2つ、小ベラをたくさん出した。
ボウルに薄力粉をよくふるっていれ、薄力粉120グラムに対して、水1000ミリリットルを入れ、顆粒出汁小さじ2と、ウスターソースと醤油大さじ1、塩コショウを少々加えて、泡立て器でよく混ぜ生地を作る。
キャベツはみじん切りにし、豚肉と餅とチーズは1センチ幅に切る。明太子は皮から外してほぐしてもいいし、切るだけでもいい。
生地の4分の1に具材を入れて絡めたら、熱した鉄板に油をしいて、具材を絡めた生地をドーナツ状に広げて土手を作る。
真ん中に残った生地を半分流し入れて、真ん中の生地に泡がたつようになったら、全体を混ぜて平らにする。
残りの生地を入れて更に混ぜる。もっと小分けにして生地を流すやり方や、一気に全部入れるやり方もあるが、うちはこのやり方だ。チーズは後乗せする派もいるな。
最後に大ベラを縦にして、素早く交互にタタタタタタタタタン!とリズミカルに全体を上から切ってやる。
焦げ目がつくまでしっかり焼いたら、お好みで青のりをふりかけて、明太子餅チーズもんじゃ焼きの完成だ。
うちではこれを4人前として作るが、量を食べない家族なら、もっと少ない生地の量で良いと思う。
「……え、ジョージ……それはなんなの?」
案の定、アシュリーさんをはじめ、初めて見たみんなが見た目にドン引きしている。
「もんじゃ焼きって言って、俺たちの地元じゃ定番の子どものおやつなんだ。
見た目はアレだけど食べるとうまいぜ。」
「なんでもいいと言ったもの……。
食べてみるわ。」
「この小ベラで、鉄板から直接剥がして食べてみてくれ。熱いから小ベラが鉄板にあんまり触れないように気をつけて。」
俺はアシュリーさんに小ベラを渡した。
アシュリーさんは恐る恐る、小ベラですくってもんじゃ焼きを口にする。
「──なにこれ、美味しいわ!」
俺はにっこり微笑んだ。
子どもたちがワイワイ集まって来て、食べたい食べたい!と騒ぎ出した。
「かまどの背が高いから、地面にシートを敷いて、その上に椅子を置いて上に立とうか。ちょっと離れてくれ。」
俺はビニールシートをいくつか出して、かまどを囲うように地面に敷いた。
「みんな、おうちから自分の椅子を持っておいで。」
子どもたちはワーッと歓声を上げながら、自分たちの家から、えっちらおっちら椅子を持って来ると、かまどの周囲に椅子を置いてその上に乗った。
俺が1人ずつに小ベラを渡すと、かまどの周囲を大勢で囲んで、みんなめいめいに小ベラでもんじゃ焼きを剥がして食べる。
「美味しい!」
「ピョル!」
見るとヨシュア君が、自分の持ってきた椅子にカイアを乗せて、落ちないようにカイアの体を支えてくれている。
「美味しいね!」
ナティス君とカイアが微笑み合っている。
「今度はヨシュアちゃんが乗りなよ。」
ナティス君と交代でヨシュア君が椅子に乗り、手の届かないカイアのそばまで、もんじゃ焼きを小ベラで引き寄せてやり、一緒にもんじゃ焼きを食べている。
2人とも優しいいい子だなあ。
子どもたちの様子を見て、大人たちも手を出すようになった。見た目からは予想外の美味しさに、みんな目をみはる。
もんじゃ焼きは大人気で、次々おかわりをみんなで作り、楽しくもんじゃ焼きパーティーをしたのだった。




