第35話 連れ去られて王宮へ
「それは駄目だジョージ、まだまだコボルトは魔物だという意識が強い。
特に貴族はそうだ。
田舎ならば亜人と交流している地域も多いが、町を歩けば分かると思うが、亜人はまったく歩いていない。反発が強いと思う。」
「やはりそうなのですね……。
俺はそれを変えたくて、コボルトの伝統を伝える店をやりたいのです。
コボルトの集落に泥棒が入っても、役人が泥棒の味方をすると聞きました。
彼らは魔物ではありません。
前回勇者が現れた際に、同行した仲間の1人にコボルトがいたにも関わらず、です。」
「それを知っているんだな。
確かに、今の国が救われた経緯は、勇者様と聖女様だけでなく、コボルトの冒険者の存在がある。
だから王族はコボルトに好意的だ。
だが大半の人間はそれを知らない。」
「王族は好意的なんですか!?」
それは知らなかった。
「ああ、だが……。」
「──でしたら、絡め手はどうでしょう?
王族がコボルトに好意的なのであれば、協力していただけるかも知れません。」
「というと?」
「まずは王族の皆様に、コボルトの製品を使っていただくのです。
──王室御用達。
これはとても力があります。
それを看板に掲げられるのであれば、貴族もおいそれと毛嫌いは出来ないかと。」
「まあ、王室御用達は、品物をつくるすべての職人の夢ではある。」
「エドモンドさんは、王室に伝手は?」
「ないと思うか?
俺たちはこの国一番の商団、ルピラス商会だぜ?」
エドモンドさんがニヤリとする。
「事情を話したうえで、王族の方々に、コボルトの製品を使っていただくことは、可能だと思いますか?」
「話してみんことには、なんとも言えん。
だが、可能性がないこともない。」
「試してみていただけませんか?俺には直接の伝手はありませんので……。」
「ジョージのキッチンペーパーは、既に王宮からも引き合いが来ている。
王宮に取引で向かう予定が既にあるから、その時に提案してみよう。
取り扱いを決めるのは侍従長だが、口にするものは毒味を済ませたあとで、直接王族にふるまってから決めることになっているからな、そこでお会いできる可能性はある。」
「……お願いします。」
「ジョージのキッチンペーパーは、既に予約だけでかなりの売上を見込んでいるんだ、早めに商品をおろしてくれるか?
それも大量にだ。」
「問題ありません。あと、これも今回登録したので、登録が済んだら売りにだそうと思っています。」
俺は出汁こし布をエドモンドさんに手渡した。
「これはなんだ?」
「出汁こし布といいます。
料理の過程で、肉や骨だけを取り出したい時なんかに使います。
あとから材料を刻んで加え直したい時なんかにも、取り出しやすくて便利ですよ。」
「いいな!こいつも見本で持って行っても構わないか?」
「もちろんです。」
「そうと決まれば店の場所を見に行こう。
……ちょっと心当たりのある場所があるのさ。」
立ち上がったエドモンドさんについて、俺はカフェを出た。
「──ここだ。どうだ?」
そこは貴族街の中心で、既に建物が立っていた。おまけに厨房まである。
「流行っていた店だったんだがな、家賃を上げられすぎて撤退しちまってな。
隣の店もあいてるんだ。料理と品物両方を売るなら、ここが一番だろうぜ。
おまけに近くに食べ物屋がないときた。」
「ここから王宮が見えるんですね?」
「ああ、かなりの一等地さ。
王宮の職員も食べにくる程の人気店だったんだがなあ……。」
「そんな場所じゃあ、また家賃を上げられたら、とんでもないことになるんじゃ……。」
「だから買っちまうのさ。
最近この土地を持っている男爵は、家賃が入らなくなって資金繰りに困ってて、売りに出しているんだが、高すぎて誰も買わないんだ。どんどん値下がりしてってる。
だが貴族はこんなところに土地を買わないからな。かといって商人も、ここまでの一等地を買える人間は少ない。」
「貴族か王族の保証さえあれば、土地が手に入ると……。」
「そういうことだ。」
確かに魅力的だ。王室御用達の看板をかかげ、王室職員も食べにくる店。もしそうなったら、コボルトに対するイメージは変わる。
「例えばなんですが、取引のあるお店を通じて、勇者に同行したコボルトの話も、世間に広めることは出来ますか?
この店の店長をお願いする予定のコボルトは、その勇者の末裔なんです。」
俺はアシュリーさんを思い浮かべながら言った。
「──伝説の勇者の仲間の末裔の店か!
それは箔がつくな!
いいな、面白そうだ。失敗したところで俺たちの懐が傷まなきゃ、なんだってやってみようってのが俺たちのやり方さ。」
エドモンドさんは面白そうに笑った。
「男爵との交渉は俺たちに任せな。
一番いい条件で土地を引っ張ってきてやるよ。キッチンペーパーの売上だけで、買えるくらいにな。
その代わり、売れそうな珍しい商品を作ったら、すぐに俺たちに報告してくれよ?」
「もちろんです。」
俺はそう言ったが、王宮近くの一等地を、キッチンペーパーの売上だけで買えるくらいに値下げさせるとは、一体いくらでキッチンペーパーを売るつもりなのか知らないが、どうやって買い叩くつもりなんだろうなと首をかしげた。
そこに荷物を乗せた馬車に乗ったロンメルが通りかかる。
「ジョージじゃないか!」
「ロンメル!奇遇だな!」
「あれ、エドモンドさん?」
「知り合いなのか?」
俺の後ろのエドモンドさんに気付いたロンメルが驚いた顔をする。
「いつもうちの商会で、品物をおろしてるからな。」
エドモンドさんが馬車に乗ったままのロンメルと挨拶をしている。
「王宮勤めの知り合いってのは、ロンメルさんのことだったのか。」
「ええ、まあ。」
「ああ、ジョージ、ちょうど良かった。
例の件だけどな。店を買う保証、してくれることになったぜ。
──お前の土産がきいたよ。」
「ええ!?それを頼みに行くのに作らせたのか!?だったらあんな簡単なもんじゃなく、もっといいものを作ったのに。」
「店が出来たら、そこに食べに行くのを楽しみにしてると言ってたから、そこでまた腕を振るってくれればいいさ。
俺はまだ買い出しの途中なんだ、急に予定外のものを食べたいと姫様が言い出してな。
詳しいことはまた後日ゆっくりとな!」
そう言ってロンメルは去って行った。
「……随分とワガママ姫なんですか?」
「多少、お転婆だとは聞いている。」
とエドモンドさんが言った。
本来作るものに合わせて食材を仕入れている筈なのに、突然買い出しなんてしたら、いい食材が仕入れられるかも分からないだろうに。ましてや王族に振る舞うレベルなど。
「店の中を見てみるかい?」
「お願いしたいです。」
エドモンドさんが鍵を借りに行ってくれることになった。男爵は近くに住んでいないので、男爵宅まで寄る必要があるらしい。
収入が少ないから、一等地に家を立てるより、家賃で稼いだ方がお得なのだそうだ。
エドモンドさんの帰りを待っていると、慌てた様子のロンメルが、再び馬車に乗って戻ってくる。
「どうしたんだ、そんなに慌てて。」
「良かった、ジョージ、まだここにいてくれたか。」
「店の中を見るのに、エドモンドさんが鍵を取りに行ってくれていてな、それを待っているんだ。」
「済まない、助けてくれないか。」
「なんだ、どうしたっていうんだ。」
「俺とお前が出会った、料理対決があっただろう?」
「ああ。」
「あの時来ていた審査委員長が、今回土地を買う保証人になってくれることになったんだが、うちのお姫様に、お前の料理を自慢しちまったんだ。
どうしても今すぐ食べてみたいと癇癪をおこして、手がつけられなくなっちまった。」
「なんだって!?」
「さあ、早く馬車に乗ってくれ。」
「……いや、俺はエドモンドさんを待っているし、それにカイアを人に預けているから、迎えに行かなくちゃならないんだ。」
「カイア?」
「俺の子だ。」
「お前子どもなんていたか?
この間家に行った時は、子どもなんていなかったじゃないか。」
「あの後出来た。」
「なんてこった……。
じゃあ、使いをやって説明して貰うよ。
お姫様が機嫌を直さないと、保証人の話もなくなる可能性がある。」
「そいつはまずいな。」
「だろう?だから早く馬車に乗ってくれ!」
「分かったよ……。」
俺は仕方無しにロンメルの馬車に乗った。
ロンメルが鞭をふるい、全速力で走り出して、ガタガタと揺れるので馬車に捕まる。
今から王宮で料理なんてしていたら、最悪帰る馬車がなくなってしまう。
マイヤーさんは、頼めば泊まりでも預かってくれるとは思うが、カイアはよそでお泊りなんて大丈夫だろうか……。
俺は心配しながら馬車に揺られた。
「勤め人はここから入るんだ。」
王宮の豪華な正門とは違い、裏門と思わしき日の当たらない方へと馬車が走る。
裏門にも兵士が立っていた。
「ロンメルだ。」
ロンメルが通行証のようなものを兵士に見せる。
門が開かれ、馬車が中へと進んでいく。
馬車を止めると、馬と馬車を分けて、馬と馬車を別々の人が引っ張っていく。
馬車の管理をする人と、馬の世話をする人がいるのか。奥の方に馬房が見えた。
「こっちだ。」
ロンメルが案内した木の扉を開くと、そこはいきなり厨房に繋がっていた。
「料理長、ジョージを連れてきました!」
きちんと白い服を着た料理人たちが、一斉にこちらを向く。
「おい、ロンメル、厨房にそのまま入っていいのか?俺は着替えてすらないんだぞ?」
「そうだ、ロンメル。いくら慌てていたとはいえ、着替えてもない人間を厨房に入れるわけにはいかん。
ジョージさんと言ったね、あちらのドアに着替えを用意してあるから、着替えて戻ってきて貰えないだろうか。」
料理長と呼ばれた白髪の男性が、穏やかながら厳しい視線をこちらに向けている。
「は、はい、申し訳ありませんでした。」
ロンメルが謝罪し、俺を更衣室へと案内した。
「こいつを着てくれ、大きさは問題ないと思うが。」
「──ああ、大丈夫そうだ。」
俺は服に袖を通して着替えを済ませた。
「髪の毛はどうしてるんだ?」
「こいつだ。」
コック帽のような白い帽子を渡される。
「お前も一度外に出たんだ、着替えた方がいいぞ?」
「ああ、そうだな。」
ロンメルも予備に着替えて、2人で厨房へと戻る。
「急に王女様が、君の料理を食べてみたいと言い出してね。
どうにも収まらないんだ。
……申し訳ないが、簡単なもので構わないから、何か作ってやって欲しい。」
「俺なんかが……。
皆さんの料理にかなうとはとても……。」
俺は恐縮して眉を下げる。
「本当だよな、なんでこんな奴連れて来たんだか。セレス様はいつも大げさなんだよ。」
露骨に舌打ちしながら、顔にソバカスのある、1人の金髪の料理人が俺を睨む。
「……ハイマーだ。気にするな。
一度も姫様に自分の料理を褒められたことがないから、面白くないのさ。」
「だが、少なくとも、お前と同じ宮廷料理人なんだろう?
そんな選ばれた職業についている人たちよりも、俺の料理がすぐれているとは、とても思えんよ。満足させられる自信がない。」
「だが姫様が食べたいのは、ジョージの料理なんだ。
珍しいものを作ってやればいいと思う。
宮廷料理には飽き飽きしているみたいだからな。」
なるほどな。そういうことなら、なんとかなるかも知れないが……。
俺はあたりを見回すが、俺の探しているものが見当たらない。仕方なく、爪の間を磨く爪ブラシと、薬用せっけんを出すと、爪の間を洗い、肘まで袖をまくって腕を洗った。
「──それはなんだ?」
「殺菌する為のものだ。王族に出す料理に、万が一があっては困るからな。」
ロンメルが聞いてきたので答えると、他の料理人たちも興味津々で寄ってくる。
「殺菌だって!?」
「本当に効果があるのかい?
たかが石鹸だろう?」
集まって来た同僚たちに、ロンメルがドヤ顔で腰に手を当てる。
「ジョージの商品は凄いのさ、新しく入った自動で動いて止まる食器洗浄機も、今度入れることになった、油や水を吸収するキッチンペーパーだって、ぜんぶジョージが開発したんだぜ?
殺菌出来る石鹸くらい、作れるのさ。」
いや、俺は開発はしていない……。
「こいつも売ってくれ!
殺菌出来る石鹸だなんて、アルコールで手が荒れることがなくなるぞ!」
料理人たちが俺に頼んでくる。
それを見たハイマーさんが、更に憎々しげに舌打ちしながらこちらを睨んでくる。
まいったなあ……。正直やりにくさを感じながら、俺は何を作ろうかと思案した。




