第33話 おつまみミックス納豆と鶏むね肉の一口チーズボール唐揚げ
「我々が収穫をしている場所と、ドライアド様のいらっしゃる場所までを含めると、この範囲になります。」
オンスリーさんがこの近辺の地図を見せてくれ、ぐるっと指で囲んで範囲を指し示す。
「陽が当たらないと、植物が困ると思うのですが、周囲を完全に覆ってしまっても大丈夫ですか?」
「少し離せば問題ないかと。」
「わかりました。まず土台は石垣にして、その上に柵を作りましょう。」
「石垣?」
「石を積み上げたものです。ただ柵を作るよりも頑丈で、倒されにくくなります。」
「なるほど?」
「そこに木の柱をたてて、間を土で埋めるのですが、そこに頑丈さを増すためと、水はけをよくする為に、割れた皿を挟もうかと思っています。」
「──割れた皿?」
本当は瓦をはさみたいんだが、そんなものこの世界にないからな。
「まずは見本を作ってみましょう。
大きな石と、砂利と、粘土質の土と、藁が欲しいです。
あと、油ですね。」
俺の言葉で、コボルトの集落のみんなが、めいめいに担当を決めて、該当するものを集めに行く。
「こんなもので丈夫な柵が出来るとは、到底思えんのだが……。」
オンスリーさんが首を傾げる。
俺はまず粘土質の土に、砂利や油や藁を混ぜた練土を作った。
石垣を台座として、塀の中心となる部分に木の柱を立て、柱を中心に土が落ちてこないよう木枠を組むと、間に割れた皿をはさみながら、練土を入れてゆき、上から木の棒で突き固めてゆく。乾いたら木枠を外して乾かして壁の完成だ。版築工法と呼ばれるやり方である。
最後に漆喰で塗り固めるのだが、瓦を間に挟む場合は、あえて瓦を見えるようにやるやり方もある。
漆喰は消石灰(水酸化カルシウム)を主原料とした塗り壁剤だ。消石灰は石灰石を焼いて水を加えたもの。これにつなぎを加えて水で練ったものが漆喰となる。
コボルトの食器の原料に石灰石が使われていることを聞いて思いついたのだ。
版築は万里の長城や、日本の城の城柵にも古くから使われている工法である。
籾殻を入れたり、いろんなやり方がある。コンクリートを入れる方法もあるが、それは版築ではないという意見もあったりする。
「こいつを繰り返して周囲を囲います。」
「──確かに頑丈そうだ。」
「全部を覆うにしても、土を乾かすにしても、かなり時間がかかるでしょう。
その間に俺は店の場所や、従業員を探します。護衛はいつでも雇えますが、そっちは時間がかかると思いますからね。」
「よし、みんなで頑張って作ろう!」
「もし店がうまくいかなくても、この壁を作るだけでも、盗人から俺たちの集落を守りやすくなるぞ!」
みんなが気炎を上げた時だった。
「おい、盗人を捕まえたぞ!」
見れば2人の人間の男たちが、コボルトに腕を決められて取り押さえられている。
「──またお前たちか、こりない奴らだ。」
オンスリーさんが呆れたように、こちらを睨む男たちを見下ろしている。
「お前たちこそ懲りねえな。
何度役人に突き出したって、役人は俺たちの味方だってことを忘れてんのか?」
「魔物は退治されるべき存在なんだよ!
どうせお前らの持ち物なんて、人間を襲って奪ったんだろうが!」
「なんだと!」
「盗人が偉そうに!」
「俺たちは自分たちで、この生活を維持しているんだ!」
コボルトたちの剣幕が荒くなる。
牙をむき出しにした様子は、彼らが獣だということを思い出させる。
「こいつらを役人に付き出せ。」
「けどオンスリーさん、役人に突き出したところでどうせ……。」
「いいんだ、我々にはそれしか出来ない。」
みんな一様に目線を落とす。
男たちは地面につばを吐きながら、コボルトの男たちに連れて行かれた。
「──頑張って塀を作りましょう。
そして店を成功させましょう。
二度とあんな奴らに、私たちの集落を好き勝手歩かせるものですか。」
アシュリーさんが強い目で、男たちが連れて行かれる後ろ姿を睨む。
「もちろんだ!」
「俺たちの集落は俺たちで守ろう!」
みんな先程よりもやる気を出したようだ。
今日はもう遅いので、明日以降に作業をすすめることになり、俺は町に戻る馬車がないので、オンスリーさんの家の空いている部屋に泊めてもらうことになった。
「この部屋を使って。」
「すまない。」
アシュリーさんに通された部屋は、きれいに掃除されていたが、誰かの部屋のように、私物がたくさん置いてあり、客室という雰囲気ではなかった。
「……ご家族の部屋じゃないのか?
俺が勝手にベッドを使ってしまって、大丈夫なのか?」
俺は心配になって聞いた。
「いいのよ。兄の部屋だったの。
でも、もういないから。」
どうも聞いてはいけないことを聞いてしまったようだ。
「……兄は人間に殺されたの。
優しい人だったわ。
魔物扱いされて襲われたのに、最後まで攻撃しなかったんですって。」
アシュリーさんが寂しげに微笑んだ。
「まだ信じられなくて、片付けられないでいたの。未練がましく毎日掃除して。
でも、ジョージが使うなら、兄もきっと喜んでくれるわ。」
「アシュリーさん……。」
そんなことがあったのに、彼女は人間に優しかった。どんな気持ちで接していてくれたのだろうか。
「……ねえ、ジョージ。」
部屋を立ち去りながら、アシュリーさんが背中で俺に聞いてくる。
「うん?」
「私たち、きっと人間と手を取り合えるわよね。兄のような死に方をする人は、きっともうあらわれなくなるわよね。」
アシュリーさんの声は涙で震えていた。
俺はなんとなく、カイアを抱いて眠った。
次の日みんなに見送られながら、俺は馬車で町へと戻り、すぐさまヴァッシュさんの工房へと向かった。
「おお、ジョージじゃないか!」
工房の入り口でロンメルに出くわした。
「家庭用食器洗浄機の様子を見に来てくれたのか?」
「いや、今日は別件なんだ。」
「別件?」
話しながら2人揃って工房の中へと入る。
カウンターにいたいつもの職人が、ヴァッシュさんを奥に呼びに行った。
「おお、ジョージにロンメルさんか。すまんな、まだ改良に時間がかかっとる。」
「そうでしたか。気が早すぎたかな。」
「今日は、俺は別件で来たんです。
魔道具を作っていただきたくて。」
「魔道具?」
ヴァッシュさんが首をかしげる。
「魔宝石を、魔道具に組み込まれたことはありますか?」
「あるにはあるぞ。
なんだ、何を作りたいんだ?」
「敵を感知する魔宝石に連動させて、ゴーレムの出る魔法石を反応させる魔道具を作りたいと思っています。」
「2つの魔宝石を連動!?
そりゃ無理だジョージ。
魔石を連動させるのとはわけが違う。」
「どう違うんですか?」
「魔道具はそもそも、魔石を発動させる為に作られているもので、魔石単体では動かないから存在するものだ。
だが、魔宝石はそれ単体で発動する仕組みだから、魔石を発動させる仕組みに魔法石が反応せんのだよ。」
「ですが、あるにはあるんですよね?」
「ひとつならな。魔宝石の発動の仕組みは、衝撃を与えるか、それに触れて念じるかの2つに分かれる。
魔宝石に衝撃を与える役割を、魔石に担わせたものなら存在する。時間が来たら爆発するようにな。」
ようするに、魔宝石の時限爆弾か。
「だが、魔宝石同士の連動は出来ん。
片方の魔法石の発動結果に、別の魔宝石を連動させて発動させるような仕組みは、どの工房でも持っとらんよ。
それが出来たら革命だ。」
そんな……。
「師匠、私、やってみたいです。」
そこにミスティさんが顔を出す。
「魔宝石の連動は、ずっと研究してみたいと思ってたんです。やらせてもらえませんか?もちろん、食器洗浄機の改良も忘れずにすすめますので。」
「しかしな……。」
「なんとかお願いします。
研究費用は出しますので。
コボルトの集落を守れるかどうかが、それにかかってるんです。」
「コボルトの集落?」
俺はこれからやろうとしていることを、ヴァッシュさんに説明した。
「そんな事情があったのか……。
わかった。そういうことなら、やってみよう。だが、ミスティ、本来の仕事に加えてそいつをすすめるとなると、時間が足らんのじゃないか?」
「私のつくった魔道具で、誰かを守れるのなら、寝る時間なんて惜しくないです。
絶対成功させてみせます。」
「睡眠は取ってくださいね……。」
不眠不休でやりとげそうな勢いのミスティさんに、俺は心配になって告げる。
「またしばらくしたらいらして下さい。
結果を報告しますので。」
「分かりました、どうか、よろしくおねがいします。」
お礼を言って工房を出た俺に、ロンメルが声をかけて引き止めてくる。
「なあ、ジョージ、ひょっとして、俺の食器洗浄機も、開発費用が本当ならかかるんじゃないのか?」
するどいな。
「まあ……そこはいいじゃないか。」
「よくないさ。お前がたてかえてくれてるんだろう?」
「開発出来て売りに出せば、別に元は取れるんだ、心配するなよ。」
ロンメルは何やら思案していた。
「町にコボルトの店を出すと言ったな、ジョージ。」
「ああ、そのつもりだ。」
「場所はどうするつもりなんだ?」
「貴族にうける商品だと思うから、貴族の住んでいる地域に出せればと思っている。」
「それは難しいぞ、ジョージ。」
「なんでだ?」
「店を出している人たちは、殆どが代々所有している土地か、借りている場所なんだ。
田舎の普通の土地なら、あいてれば誰が使っても問題ないんだが、貴族の住んでいる場所は、土地も建物も、買うのに貴族か王族の保証が必要なんだ。」
「じゃあ、借りればいいってことか?」
「それもまた問題なんだ。
貸主は家賃を好きに上げることが出来る。
店子の商売がうまくいってるとみるや、家賃を馬鹿みたいにあげる大家ってのも、少なくないのが実情でな。」
中国みたいだな。
「それで成功した店を泣く泣く手放したり、潰す羽目になった人間も少なくないのさ。新しく土地や建物を借りてもうまくいってるのは、貴族と王族を優遇している店だけ。大家も強く言えなくなるからな。
けど、お前のやりたい店は、庶民にも来て欲しいんだろう?」
「ああ、コボルトと人間の架け橋になるような店にしたいから……。」
「庶民の店が多く並ぶ場所には、貴族はやっては来ない。悪いことは言わん、貴族に店に来て貰うのは諦めろ。それならうまくいくかも知れん。」
「しかしそれじゃ意味がない。
貴族の感覚を変えないことには、役人たちがコボルトの集落に入った犯罪者の味方をするのを、誰も咎めないままだ。
役人の上の方は全員貴族なんだろう?」
「ああ。殆ど貴族か王族の親戚だ。」
「俺はそれに納得がいかないんだ。」
「確かにそれはそうだが……。
ああ、なあ、ジョージ、その店では、お前の料理も出すのか?」
「ああ、そのつもりだが。」
「なるほど……それならなんとかなるかも知れないな。」
「どういうことだ?」
「ジョージ、俺は、とある人に会いに行こうと思ってるんだが、手土産になるような簡単なものを作ってくれないか?
酒のツマミになるようなものがいい。」
「別に構わんが、どうするつもりだ?」
「なあに、お前たちの店にとって、いい話をしにいくのに使うのさ。」
「?」
俺はロンメルとともに俺の家に戻った。
「すぐに作れるものってなると、限られてくるぞ?」
「構わんさ。」
俺は鶏むね肉、とろけるチーズ、納豆、ミックスナッツをだし、料理酒、砂糖、醤油、みりん、白炒りごま、七味唐辛子、片栗粉、薄力粉、サラダ油、ごま油、鶏肉を叩く用の麺棒を準備した。
鶏むね肉の皮と、余分な白い油の部分を取り除き、鶏むね肉にラップを被せて麺棒で叩いて厚みを均一にし、1枚を8つに分けて、ボウルに料理酒とみりんと砂糖を小さじ1、醤油を大さじ半分入れて揉み込み、5分置いておく。
その間に、納豆2パックを付属のタレと混ぜ合わせたあと、納豆1パックに対して、白炒りごまを小さじ1ふりかけ、七味唐辛子をひとつまみ程度入れたものと、そうでないものに分けた。
薄力粉大さじ1を、納豆全体にまぶすようにかけ、中火に熱したフライパンにごま油を大さじ1しいて、焦げ目が付きはじめたら、箸で切るようにさっくりと混ぜていく。
ミックスナッツを追加して5分程炒めて、納豆をカリカリにしてやる。
これを七味唐辛子を入れたものと、そうでないもの、それぞれにおこなったら、ポリポリかじれる、おつまみミックス納豆の出来上がりだ。子どものおやつにも出来る。
相手の好みが分からないので、少し辛いのと、そうでないものを作ってみた。
小さいフライパンに、深さ1センチの油を入れて180度に熱し、つけておいた鶏むね肉にとろけるチーズを乗せて肉で包んだら、片栗粉をまぶして揚げ焼きにしていく。
全体がきつね色になったら、鶏むね肉の一口チーズボール唐揚げの完成だ。
鶏肉が柔らかくて包みにくかったら、冷蔵庫で少し冷やすと包みやすくなる。
俺は出来上がったものを皿に乗せ、ふきんを被せて籠に入れてロンメルに渡した。
「まあ、悪いようにはしないから、楽しみにしとけよ。」
ロンメルは妙に自信のある顔で、俺に笑って言いながら片目を閉じた。




