第32話 ペシルミア(コボルト風ハワイアンハムステーキ)、エルテンスープ(グリーンピースとベーコンとソーセージのオカズスープ)
アシュリーさんが集落のコボルトを集めてきて、親睦会を行うことになった。既にカイアがドライアドであることを知っている為、老人たちは一様に笑顔だった。
知らない人たちに囲まれて、カイアは少し不安げに俺に抱きついている。
それを興味深げに見上げているコボルトの子どもがいた。服装からして男の子かな?
「一緒に遊ぼう!」
男の子が手を差し伸べる。カイアはコボルトの子どもの顔と、俺の顔を見比べた。
「遊びたかったら行っておいで。」
カイアは俺の腕からおりると、コボルトの子どもと手をつないで遊びに行った。
「今日は親睦も目的だけれど、私とジョージから提案があるのよ。
まずはみんなで料理をしましよう。私たちコボルトの料理と、ジョージの料理を一緒に作って楽しみましょう。
話はその後にするわ。」
アシュリーさんの言葉に、広場に集まってみんなで料理をすることになった。
カオパットネームの作り方を俺が教え、みんなで料理を始める。
アシュリーさんがコボルトの料理を俺に教えてくれる番になった。
「まずはキュプラスープを作りましょう。
これがなくては始まらないものね。」
大鍋に豆を大量に、小さく切ったその他の野菜を調味料を入れて、切ったベーコン(ラカン)と切らないソーセージ(テッセ)をそのまま入れて煮て、中身を潰している。
「ふむ、エルテンスープと、作り方が似ているな。」
「ジョージのところにも、似たような料理があるの?」
「材料と味付けが違うが、作り方はほぼ同じだな。」
「いいわね!
両方作って食べ比べしましょう!」
「構わんよ。」
俺はアシュリーの提案にうなずいた。
エルテンスープはオランダ料理だ。
普段はあまり作らないが、スープをオカズの1つに加えたい時に作る。
俺はこっそりと、冷凍のグリーンピース、じゃがいも、玉ねぎ、セロリ、にんじん、ローリエ、塩、コショウ、マッシャー、出汁こし布を出し、ベーコン(ラカン)の塊とソーセージ(テッセ)を分けて貰った。
じゃがいも、玉ねぎ、セロリ、にんじんとベーコン(ラカン)を1センチ角に切り、ベーコン(ラカン)と切らないままのソーセージ(テッセ)を出汁こし布に入れ、冷凍のグリーンピースと一緒に鍋に入れて、水とローリエと塩、コショウを加えて中火にかけ、沸騰したら弱火にして20分程煮込む。
一度出汁こし布ごと、ベーコン(ラカン)と切らないままのソーセージ(テッセ)を取り出して、ソーセージ(テッセ)を2センチ幅に切る。
本来そのまま入れるのだが、取り出す過程があるので、鰹節を入れる時に使う、出汁こし布に入れて出すようにしている。
鍋の中身をグリーンピースの粒が、ほぼなくなる程にマッシャーで潰し、出汁こし布から出したベーコン(ラカン)と、切ったソーセージ(テッセ)を戻し入れて、弱火にかけながら、よく混ざるように混ぜながら10分程煮込む。味をみて薄ければ塩コショウで整えて完成だ。
グリーンピースとじゃがいもが3に対し、玉ねぎとセロリとにんじんとベーコンとソーセージが1の割合の分量だ。ローリエは1枚程度、塩、コショウは適量。ドロっとしていて腹にたまる、優しい味わいのオカズになるスープだ。俺はグリーンピースそのままは嫌いだが、こうすれば食べられるのだ。
「なにそれ、便利ね!」
俺の出汁こし布を見てアシュリーが言う。
「キュプラスープも、料理の最中に取り出す過程があるから、これがあったほうが楽だろう。少し分けようか?」
「ええ!ぜひそうしてちょうだい!
これも売ったら良いと思うわ。」
俺は出汁こし布をアシュリーに分けた。
急に離れたところで子どもが大声で泣き出す声がして、ハッとして振り返ると、ほっぺから血が出ているコボルトの男の子が泣いていて、その横でカイアが泣いている。
「どうしたんだ?」
俺は慌てて駆け寄ると、泣いているカイアを抱き上げた。恐らくコボルトの男の子の母親と思わしき親御さんも駆け寄り、泣いているコボルトの男の子を抱き上げる。
「2人とも泣いてちゃ分からないぞ?」
泣いてなくてもカイアは話せないから、事情は分からないのだが。
それをさっきカイアを連れて行った、別のコボルトの男の子が、何か言いたそうにこちらを見上げていた。
「ええと……。君は……。」
「ナティスだよ。」
「ナティス君、今の出来事を見てたかい?
さっき何があったか教えて貰えるかな?」
「あのね?ぼくとカイアちゃんが遊んでたらね?ヨシュアちゃんがカイアちゃんに抱きつこうとして枝にぶつかったの。そしたらカイアちゃんが泣いちゃったの。」
「ああ、そういうことか。急に抱きつかれて枝が顔にささって、お友だちに怪我をさせてしまってびっくりしちゃったんだな。
わざとじゃなくても、お友だちに怪我をさせたら、ごめんなさいって言わないとダメだぞ?カイア。」
カイアは少しずつ泣きやみながら、コクリとうなずく。
「ヨシュア、急に抱きついたの?
ダメよ、お友だちがびっくりしてしまうでしょう?
それにカイアちゃんは枝があるんだから、ケガして痛かったでしょうけど、そっと近付いてあげなかったあなたも悪いのよ?」
俺とヨシュア君のお母さんが、それぞれにそう言い聞かせる。
「ピョル……。」
「ごめんね、カイアちゃん。」
カイアとヨシュア君がお互いに泣きながらごめんなさいをする。
「ちょっと顔の傷を見せて?」
アシュリーさんがそこにやってきて、ヨシュア君の顔を見る。
「これなら精霊魔法で傷もなく直せるわ。
──はい、もう大丈夫よ。」
「すみません、アシュリーさん、ありがとうございます。」
「いえいえ。」
「さあ、仲良く遊ぼうな。」
「カイアちゃん、一緒に遊ぼう!」
さっきのことなどなかったかのように、ヨシュア君とナティス君が、両サイドから手をつないでカイアを連れていき、一緒に楽しそうに積み木をやりだした。
「すみませんでした、うちの子が、お子さんにケガをさせてしまって……。」
「いいえ、こちらこそ、驚かせてしまってすみませんでした。」
俺はヨシュア君のお母さんと、お互いに頭を下げる。
「もうなんでもないようですし、子どもたちも仲良くやってますから、お互い水に流すということでいかがですか?」
ミシェルさんと名乗ったヨシュア君のお母さんがそう言ってくれ、俺たちは微笑んだ。
人間ともこんな風に、簡単に手を取り合えればいいんだけどなあ。
「次はペシルミアを作りましょう。
これもコボルトの伝統料理よ。」
そう言って、アシュリーさんがハム(ペシ)を厚切りに切って軽く塩コショウを振って焼き出し、厚切りにした黄色と緑の何かの植物を、同じフライパンでバターを使って焼き始めた。
「アシュリーさん、それはなんですか?」
「これはルバとミシミアという果物よ。
これを焼いたペシに乗せて食べるの。」
なるほど、ハワイアンステーキのようなものか。ハワイにはハムステーキに、焼いた缶詰のパイナップルや、玉ねぎを乗せたステーキがある。見た目も綺麗なハムステーキで、パンに乗せて食べたりもする。
他の人達も同じように、ペシとルバとミシミアをフライパンで焼いて、ペシルミアを作ってゆく。
「他にも色々あるけれど、すべての家庭で定期的に作られているのはこの2つね。
あとはお祝いの時だとか、食べる時が決まっていることが多いのが、コボルトの料理なの。雨の日にしか食べない料理なんていうのもあるのよ?」
「それはきっとみんな興味あると思う。
俺が既に全部食べてみたいからな。」
アシュリーさんがふふっと笑い、
「さあ。みんな食べましょう。
ジョージのスープもあるわ!」
みんな一斉に、わあっと声を上げ、テーブルにめいめい料理を盛り付けて椅子に座る。
コボルトの子どもと遊んでいたカイアも戻ってきて、俺の膝の上に座った。
カオパットネーム、ペシルミア、キュプラスープ、エルテンスープがテーブルに並ぶ。既にいい匂いがあたりに広がり、みんな食べるのを今か今かと待っている。
オンスリーさんが立ち上がり、
「みな、飲み物は渡ったかな?
それでは恵みを与えて下さったドライアド様に感謝を捧げ、そして新しい友人ジョージを迎えられたことに、乾杯!」
みんながグラスを天に向けてかかげ、グラスに口をつけた後、ワイワイ、モリモリと料理を頬張りだした。
ペシルミアは、甘すぎず酸っぱすぎず、とても爽やかなハムステーキだった。俺はパイナップルが実は苦手で、ハワイアンステーキがそんなに好きではないのだが、これは実にうまい。キウイソースを固形で食べている気分だ。
ルバは甘く、ミシミアは酸味があり、それぞれで食べても美味しいのだが、口に同時に入れた時の化学変化が驚きを与えてくれる。
「ジョージのスープも美味しいわ!
作り方も材料も似てるのに、こんなにも違うのね!それにお腹にたまるわ。」
みんな美味しい美味しいと言って食べてくれる。子どもたちも嬉しそうだ。
キュプラスープは味付けが塩コショウなのに、ほんのり甘いのが驚きだった。例えるなら、りんごとひよこ豆と豆乳をミキサーにかけた感じだ。
おそらくベーコン(ラカン)とソーセージ(テッセ)から出る旨味が、ブイヨンの代わりになっているのだろう。
ひとしきり食べ終わると、アシュリーさんが立ち上がる。
「ねえみんな、さっき私とジョージから話があると言ったわね?聞いてくれるかしら?
とてもいい提案よ、私たちコボルトにとっての。」
みんなが一斉に立ち上がったアシュリーさんを見つめた。
「──お店を出そうと思うわ。
人間の町に。」
アシュリーさんの言葉に、集落の人達がざわつきだす。
気にしないでいるのは子どもたちと、俺の膝の上で、俺から小さく切って貰ったペシルミアを、フォークで食べさせて貰っているカイアくらいだ。
「私たちには素晴らしい文化がある。
だけど、私たちが知的で文化的な存在であるということを、町の人間たちはまだ知らないの。
だから迫害を受けることもあるし、泥棒が入っても、未だに役人が犯罪者の味方をすることすらあるわ。」
みんな目線を落とす。
「ジョージは言ってくれたわ。
私たちの文化は素晴らしいと。
これを広める手助けがしたいのだと。」
「お金は……どうするんだ?
俺たちはその日暮らしだ。」
コボルトの男性から声が上がる。
「それは私が出させていただきます。
援助という形になりますが、商売が軌道にのったら、権利を販売する形でお譲りしても構いません。
借金という形にするよりもいいかと。
販売価格を取り決めて、事前に契約書にかわしておけば、店の価値が上がっても、変わらない金額で皆さんにお譲りすることをお約束出来ます。」
「何を売るつもりなんだ?」
コボルトの老人から声が上がる。
「ここで取れるお茶、ここで作られる食器、コボルトの料理、精霊魔法のかかった魔宝石の予定です。
店が軌道に乗ったら、集落で採れるものの価値に気付いた人間から、狙われる可能性がありますので、店を始める前に集落を守る為の方法も検討したいと思っています。」
「例えばどんな方法かね?」
オンスリーさんが尋ねる。
「精霊魔法の中には、敵を感知する為の魔法があると、アシュリーさんから教えていただきました。
魔宝石に込めた感知魔法と、ゴーレムの魔宝石を連動させ、外敵が来たら発動するようにさせる魔道具をしかけるつもりです。
また、集落と、お茶の原料などの収穫出来る場所を、大きく柵で囲います。」
「……人間の町に行ったりなんかしたら、人間に石を投げられたりしないかしら。」
子どもを抱いた母親から声が上がる。
「従業員の方が集落からいらしていただける場合は、移動専用の馬車を雇うつもりです。
人間の従業員と護衛の冒険者も雇います。
はじめは偏見があるかも知れません。
ですが、それを改善する為の挑戦です。」
シン……とする。
「俺は……やってみたい。」
コボルトの若者が立ち上がる。
「決して多くはないかもしれない。
だけど、アスターさんやジョージさんみたいな人間もいる。
そういう人たちが、向こうからこちらに来てくれるのを待つんじゃなく、自分たちから仲良くなりに行きたいんだ。」
「俺も……。」
「俺もだ。」
「私も!」
次々に若者が立ち上がる。
「お前たち……。」
老人たちは困ったように、コボルトの若者たちを見上げている。
「……試してみようじゃないか。
未来は若者のものだ。ずっと閉塞的な暮らしをするよりも、外に出ることを好むものも多い。
ならば今こそ門扉を開く時かも知れん。」
「オンスリーさん、あんた……。」
他の老人たちが、驚いてオンスリーさんを見上げる。
「じっくり準備に時間をかけましょう、店の場所、従業員をどうするか。集落の防衛も先にすすめたほうがいいですし。
俺に出来ることはさせていただきます。」
「さあ、忙しくなるわね!」
アシュリーさんは嬉しそうに微笑んだ。




