第31話 コボルト自家製ソーセージのカオパットネーム(ソーセージ入りタイ風チャーハン)
「そういえば、先程集落の様子がおかしかったのですが、ひょっとして、俺が1人で尋ねて来たからなのでしょうか?」
俺は気になっていたことをオンスリーさんに尋ねた。オンスリーさんはハッとした表情になったあとでうつむいた。
「はい……。アスターさんたちは、何度もこちらにいらしていますし、討伐した魔物を分けてくださることも多く、我々も信用していますが、それ以外の人間は、我らに害をなすものも多いのです。」
そうだったのか。
「魔物の集落から金品を奪っても、罪に問われることはありません。
我らは既に魔物ではありませんが、まだまだ偏見が根深く、集落を襲った人間に対し、役人がおめこぼしをするのです。
それであのように……。
大変申し訳ありませんでした。」
「いえ、そうした事情も知らず、1人で来てしまったこちらが悪いのです。
気になさらないで下さい。」
頭を下げるオンスリーさんに、頭をあげるよう促す。
色々な事情のある場所なのだ、もう少し事前に調べておけば良かった。
申し訳無さそうな俺を見て、オンスリーさんが恐縮する。
「ジョージ様は我らと同じく、ドライアド様の守護を持つお方。ドライアド様は純粋で心優しく、他人に危害を加えるつもりのない存在にしか、味方をしないものと言われております。今後ジョージ様を敵視するものは、この集落にはいないと言っていいでしょう。」
「そうなのか?カイア。」
そう尋ねる俺に、不思議そうに首をかしげたあと、ニコーッとするカイア。
「名付けをされたのですね。」
オンスリーさんが驚いた表情で俺を見る。
「何かまずかったですか?」
「──いえ、逆です。
精霊や妖精は、生涯付き従うと決めた存在以外からの名付けを受け入れません。
カイア様が名付けを受け入れていらっしゃるということは、ジョージ様を守護しつつ、ジョージ様の庇護下に入ったということにほかなりません。」
「ええと?つまりどういう……。」
「簡単に申しますと、ジョージ様の命ある限り、カイア様はジョージ様とともにあるということです。
また、ジョージ様が生まれ変わったとしても、その魂を探して目の前に現れることでしょう。よほど気に入られたのですね。」
オンスリーさんがニッコリする。
「精霊は古来より、信仰心と愛情を元に力を得ると言われております。この大きさでカイア様は既に力を使われた。
ジョージ様がカイア様を大切にされているのが伝わっているのでしょう。」
「カイア……。」
言葉が通じているのか、不安に思っていたが、気持ちはしっかり伝わっていたらしい。
泣きそうになりながら微笑む俺に、キャッキャッと無邪気に笑うカイア。
「そういえば、人間がこちらに来るのが珍しく、来る場合、集落を襲撃する目的の人間の可能性が高いということは、みなさんあまり人間と交流されていらっしゃらないのでしょうか?冒険者ギルドからは、友好的な種族であると伺っていたのですが……。」
「はい、冒険者ギルドの方々とは、友好的に対応させていただいておりますが、それ以外の人間となりますと……。
基本的にこの集落の中ですべてを完結しておりますので、人間の世界に買い出しに行くようなこともありませんで……。
まれに冒険者組は、外で人間と交流がありますが。」
「そうなんですね……。」
交流がないとなると、双方に誤解があるまま、それを解決する手段もないわけか。
「例えばなんですが、もし交流する機会があるとすれば、してみたいと思いますか?」
「と言いますと?」
オンスリーさんは首をかしげる。
「人間と交流する第一歩を、踏み出してみるお気持ちはありますか?」
オンスリーさんは明らかに逡巡した。
「若いものはそうした考えのものもいるようですが、我々はこの歳になりますと……。」
まあ、そうだろうな。人間も、長年培った価値観を変えるのは難しい。
「もちろん、時間はかかると思います。
ですが、集落を襲われても、役人が犯罪者の味方をするという状況は異常です。
俺はそれに我慢がなりません。」
「そうおっしゃっていただけるお気持ちは、大変ありがたいのですが……。」
「──何よ、いいじゃない。
話だけでも聞いてみれば。」
「アシュリー!!」
「アシュリーさん!?」
2階から降りて来て、突如話に加わった声はアシュリーさんだった。
「あ、申し訳ありません。これは私の孫娘でして……。」
「ジョージは私の命を救ってくれた恩人よ。私は話を聞いてみたいわ。」
「この間、お前をテネブルから救ってくれた人間の冒険者とは、ジョージ様のことだったのか!?」
「ええそうよ。伝説の勇者の仲間であるオンスリーは、孫娘の恩人の提案を、話も聞かずに追い返すような、狭量なコボルトではない筈だわ。そうよね?おじいちゃん。」
俺は展開についていけず、目をぱちくりとさせた。
「重ね重ね、ジョージ様にはなんと非礼を詫びればよいか……。孫娘の恩人に対し、あのような失礼な態度を取ってしまい、本当にお恥ずかしい話です。」
「頭を上げて下さい、パーティを組んだ仲間を救うのは当然のことです。アシュリーさんにもたくさん助けていただいていますし。」
「ジョージ様は本当に懐の広いお方だ。」
オンスリーさんは涙ぐみそうになっているが、俺は大げさな気がして気恥ずかしい。
「さあ、聞かせて頂戴、ジョージ。
あなたは人間とコボルトの架け橋に、いったいどんなことをしたらいいと思っているのかしら?」
アシュリーさんが期待に満ちた目でこちらを見てくる。
「──店をやってみる気はありませんか?」
「店?」
「先日こちらで購入させていただいた、精霊魔法の付与された魔宝石は素晴らしいものでした。まずそれだけでも、コボルトの店でしか買えない人気の出る商品だと思います。」
「まあ……確かに、それはここでしか買えないものね。」
アシュリーさんがうなずく。
「それと、先程オンスリーさんに出していただいたお茶と、その器です。」
「お茶と器?」
「これはここでしか採れないお茶ですよね?そしてこの陶磁器の器。口当たりがなめらかで食事の邪魔をしない感触。またこの塗りと模様は大変素晴らしいものです。
この技術は必ず貴族にも受け入れられるでしょう。」
オンスリーさんとアシュリーさんが顔を見合わせる。
「コボルト独自の料理があれば、それらを出してみるのも面白いと思います。
まずは文化を知って貰うことから始めませんか?コボルトがどれほど知的な文化遺産を持つ種族であるかということを。」
「だがしかし……。」
「店を出すお金は俺が援助します。
宮廷に勤めている知り合いもいるので、店を出す場所の相談にも、乗ってくれるかも知れません。」
「……良いと思うわ。私はやってみたい。」
「アシュリー!」
「私たちは人間に見下される下等な生き物ではないのよ。
それを人間が知らないだけ。
私は将来自分の子どもに、私たちは誇れる種族であるということを、内外に知らしめた状態で生まれさせてあげたい。」
「アシュリー……。」
孫娘のその思いに、さすがのオンスリーさんも感じるものがあったようだ。
「分かりました、一度、皆に話をしてみましょう。よい返事を貰えるかまでは分かりませんが……。」
「分かるわ、若者はきっと全員賛成よ。
ねえジョージ、料理を作ってくれない?」
「料理?」
「みんなを集めて、ジョージの料理をふるまうの。そこで今の話をしてしまうのはどうかしら、親睦をかねて。
大勢の分を作るなら、みんなで一緒に作ってもいいわね。砕けた空気の方が、話がしやすいと思うわ。」
「もちろん構わないが、いったい何を作ればいいんだ?」
「そうね……。
私たちの食べ物と、ジョージたち人間の食べ物を、両方ふるまうのがいいと思うわ。
私たちの料理は私が教えるから。」
「ああ、いいな、それは俺も知りたいし、食べてみたい。」
「決まりね。ちなみにうちでも作ってるから持ってくるわ、少し待ってて。」
そう言ってアシュリーさんが持ってきたのは、どう見てもソーセージとハムとベーコンだった。ソーセージはこの地域でしか採れない香草を練り込んでいるらしい。
「私たちはあまり生肉にお目にかかる機会がないから、こうして保存する料理法が発展したのよ。たくさん手に入っても、そのままじゃあ保管出来ないしね。」
ちなみにコボルトの間では、ソーセージはテッセ、ハムはペシといい、ベーコンはラカンと言うらしい。
試しに焼いたものを持ってきてくれたのだが、ソーセージがまるでタイ料理のようだった。レモングラスとレッドカレー入りのソーセージを食べたことがあるが、それに似た感じだ。これは女性に人気が出そうだな。そこまで辛くもないし。
ヤバい、ビールが飲みたくなってきた。
「ふむ、これを使うなら、まずこれかな。」
俺はむきエビ12尾、玉ねぎ、にんにく、ネギ、卵、きゅうり、ライム、ナンプラー、シーズニングソース、ウェイパー、炊きたてのタイ米、サラダ油を出し、アシュリーさんからテッセを分けて貰った。
玉ねぎ1個とにんにく4つをみじん切りにし、油で中火で炒める。香りがしてきたら、一口大に切ったテッセ(ソーセージ)とむきエビを入れて炒め、むきエビに火が通ったら一度取り出して、強火にして溶き卵8個を入れ、すぐにご飯を入れて炒める。
ネギを適当な量みじん切りにし、加えて更に炒めたら、ナンプラーを大さじ4、シーズニングソース大さじ1と小さじ1、ウェイパーを小さじ2入れ、手早く炒めて、ご飯に卵が絡んできたら、むきエビを再度投入して炒める。
最後に皿に盛り付けて、むきエビは上に乗せ直し、スライスしたキュウリと、カットしたライムを添えて、カオパットネーム(ソーセージ入りタイ風チャーハン)の完成だ。
ちなみに分量は4人前の計算である。
豚肉の代わりにテッセ(ソーセージ)を使ったが、もちろん豚肉でもいいし、ご飯はタイ米を使ったが、本格的にしなくてもいいのなら日本の米でもいいし、お好みでパクチーを入れてもいい。ちなみに俺はパクチーはあったほうが絶対うまいと思う。
パクチーを加えるなら、ネギを加えたタイミングで、刻んだものを加えて炒めるのとは別に、飾りに盛り付けると見た目も綺麗だ。
俺は加熱しすぎていないパクチーが好きなので、普段は最後に山盛り乗せるが、人によって好き嫌いがあるので今回は省いた。
「どうぞ、食べてみてくれ。」
俺は皿に取り分けた、カオパットネームをテーブルに乗せた。
「初めて食べる料理ね……。
美味しそう!」
オンスリーさんもアシュリーさんを見習って、恐る恐るスプーンで口に運ぶ。
「……美味い!!」
「テッセはそのまま食べても美味しいけど、料理に使うとこんな風に変わるのね!
程よい辛味が癖になるわ!」
「カイアにはまだ辛いかな?
子どもでも食べられる味にしたつもりではあるんだが……。」
俺が食べさせるのを逡巡していると、カイアがしょんぼりした表情で俺を見てくる。
「食べてみるか?辛いかも知れないぞ?」
俺はカイアの年齢を学齢前くらいに感じているので、さすがに食べられないかなと思っていたのだが。
少しびっくりしたようだったが、時間をかければ食べられるようだったので良かった。
「いいわね、これ、店にも出したいわ。」
「おい、まだ決まったわけじゃ……。」
オンスリーさんが戸惑ったようにアシュリーさんを見る。
「みんなを呼んで一緒に作りましょう。
そして食べながら話をするのよ。
これを食べると食べないとでは、答えはきっと変わってくるわ。」
アシュリーさんはカオパットネームを食べ終わると、勢いよく椅子から立ち上がった。




