第29話 新鮮なホタテのバター醤油焼きと、焼き牡蠣と、BBQ
カイアが俺と一緒に寝たがるのを、うっかり寝返りで枝を折ってしまわないか怖かったので、説得して俺のベッドの脇に小さなベッドを出し、そこに寝かせていたのだが、朝目覚めたらしっかりベッドを抜け出して俺の横で寝ていた。
困ったな……と思いながらも、可愛くて仕方がない。
今日はゆっくりカイアと遊んでやろう。
そういえばこの国は海があるとアスターさんが言っていたな。
ずっと森の中にいたから、見たことがないだろう。見せてやるのもいいかも知れない。
俺はカイアと一緒に朝食を取ると、
「カイア、今日は海に遊びに行こう。」
と声をかけた。
言っている意味がよく分からないのか、カイアはキョトンとしている。
「見られるとまずいから、移動中はこの中にいるんだぞ。」
そう言ってカイアをアイテムバッグの中に入れ、乗合馬車の御者に、海に行く馬車を聞いて乗り込み、海を目指すことにした。
海はそれほど遠くなかった。コボルトの集落に行くよりもよほど近い。
ナナリーさんのところでも魚料理を出していたし、ロンメルと市場に行った時もたくさんの魚があった。
この世界の人は、割と魚も好きなんだろうな。
この世界には海水浴の習慣がないのか、海の周辺にあまり店がなかった。それとも夏本番になれば、海の家のようなものが出来たりするのだろうか。
海岸線を散歩している、地元の人を見かけたが、他に周囲に人影がない。
俺はカイアをアイテムバッグから出すと、
「ほらカイア、海だぞ?初めてだろ?」
と声をかけた。
カイアは海に近付くも、引いては寄せる波にびっくりして、俺の足にすがりついた。
「無理しなくていいぞ、お前は植物だから、塩水に弱い可能性があるからな。
見るだけでも珍しいだろう?」
好奇心に勝てなかったのか、カイアがそっと波打ち際に近寄る。
すると、急に少し大き目の波が打ち寄せ、パアン!とカイアの背丈よりも大きな、波しぶきを浴びせかけた。
カイアが泣きながら俺に駆け寄ってくる。俺はカイアを抱き上げた。
「はは、びっくりしたな。
塩水が目に入ったか?大丈夫か?」
俺はタオルを出してカイアの顔を拭いてやり、水を出して別のタオルに染み込ませて顔を拭う。
しばらく怖がって泣いていたが、再び挑戦してみたくなったのか、おろして欲しそうにするので地面におろしてやる。
塩水大丈夫なのかな?
まあ、魔物だからか。
そっと海の水に枝を入れる。冷たさに驚いて一度は手を引っ込めたが、またソロソロと手を入れて、最後には根っこも入れて水遊びを始めた。
楽しそうで何よりだ。
浮き輪は枝を引っ掛けて穴を開けそうだったので、小さなゴムボートを出して乗っけてやる。俺が裾をまくって海に入って、海岸線を引っ張ってやるだけだったが、カイアはとても楽しそうにはしゃいでいた。
それから波打ち際で砂で遊んだ。山の反対側から穴をあけて手を通し、カイアの枝を掴むと、びっくりしたが、すぐに喜んだ。
砂で山を作って、順番に削っていって、棒を倒した人が負けという、棒倒しの遊び方を教えてやると、ハマってしまったのか何度か対戦を要求された。
浜に来る途中で見かけたのだが、川から海に水が流れ込んでいる場所が近くにあり、俺たちはその場所に行ってみることにした。
とてもきれいな川で、そこには大きくて平たい石がたくさん転がっていて、その周辺に小さな魚や虫がいた。
「こういう平たい石の下には、普通カニがいるんだが……。
この世界には何がいるんだろうな?」
俺は石ころをひっくり返した。
「おっ、いるじゃないか、カニ!」
サワガニのような小さなカニが、石の下からはいでてくるのが見つかる。
逃げようとするのを、甲羅を両サイドから挟み込むようにつまんで持ち上げる。こうするとハサミに挟まれる心配がない。
まあ、挟まれたところで大して痛くもないが。俺はバケツを出して次々カニを入れ、石を元通りの位置に戻した。
石の下に暮らしているのはカニだけではないし、一見無造作に配置されているようで意味があったりする。
このあたりに住んでいる、生き物たちの家を壊すのは得策ではない。
カイアが俺の真似をしてカニを掴もうとしたが、上手にカニを掴むことが出来ず、ハサミに枝を挟まれて、びっくりして泣いて逃げてくる。枝は切れてはいなかった。
まあ枝だからなあ、あんな小さいものを挟んで持ち上げるのは難しいかも知れない。俺は笑いながらカイアをなぐさめた。
「よしよし、痛かったな。もう大丈夫だからな。カイアをいじめるような、悪いことするカニさんは、後で食っちまおう。」
ひとしきりカイアと遊んだので、昼飯にすることにした。昼飯はバーベキューにするつもりだ。
アスターさんたちとキャンプ料理を楽しんでいる最中、カイアにも食べさせたいなあ、とずっと思っていたのだ。
バーベキューセットを出して準備をする。
やっぱり海だからな。海の幸は欲しいな。
俺は炭火を網の片側だけに置き、高温ゾーンと低温ゾーンを作った。
こうすると、食材に火が通り過ぎそうになった時に、急いで低温ゾーンに逃がすことが出来、初心者でもバーベキューで上手に食材を焼くことが出来る。
中級者以上になると、真ん中だけ間をあけたりと、様々な炭の組み方があり、バーベキューはなかなか奥の深い料理法だ。
水を出して手を洗い、カイアにも手を洗わせ、切った野菜や肉を金串に刺していく。
カイアも真似して刺していくが、力が弱いのか、なかなか串一本を作るのが難しいようだった。
ようやく一本作れて、嬉しそうに俺に見せてくるので、俺も嬉しくなって笑った。
新鮮なホタテをと牡蠣を出す。牡蠣はそのまま焼く。ホタテは新鮮なもの程しっかり身を閉じて焼いても開かなくなるので、ホタテを焼きすぎて固くしない為に、まずは上下ともにナイフで殻から外してやる。
食べられないので、ウロと呼ばれる黒い部分を取り外して捨てる。
ふふふ、楽しみだ。
「カイア、あんまり近付かないほうがいいぞ、熱いのが弾けて飛んでくることがあるからな。ほら、こっちに来なさい。」
俺が手招きすると、椅子に座る俺の隣の椅子の上に、チョコンと素直に座った。
殻付きのまま焼いた牡蠣にまず火が通る。
耐熱グローブを出して手にはめ、牡蠣にナイフを入れ、刃をくるっと回して牡蠣の蓋をこじ開ける。
刃の分厚いものを使うのがコツだ。
貝柱をナイフで切断し、殻に入れたまま、牡蠣にポン酢を出して垂らしてやる。
俺はそのまま食べるが、カイアには小さく食べやすい大きさに切ってやった。
「ほら、熱いからフーフーしてから食べるんだぞ。」
俺は息を吹きかけて、少し冷ましてやってから、カイアの口に牡蠣を近付ける。
牡蠣を食べると、パアアッと笑顔になる。
「うんうん、美味しいな。
生もいいけど焼きもいいな。」
2人してニコニコ焼き牡蠣を食べる。
ホタテをひっくり返しながら、貝殻の上で焼いてやる。エラは加熱したのでそのまま食べることにした。生の場合俺は捨てるが、食べる人もいる。
調味料は入れると焦げるので、加熱中は入れない。そもそもホタテから旨味がしっかり出るので、調味料はおまけ程度だ。
手早く皿に取り、バターを出して一欠片乗せ、醤油を垂らして余熱で温める。
中に火が通りすぎず、生なくらいが新鮮なホタテを焼く場合は丁度いい。肉厚でプリップリ。ああ……既によだれが……。
ガブリと噛みつく。歯に熱が伝わり少し熱い気もするが、うまい!たまらん!
カイアにも切ったものを渡してやり、一口目をフーフーして食べさせる。
カイアは安心して食べられるのが分かり、出してやったフォークで、残りをつついて口に運んでいた。
カイアが俺の取った、砂の上に置かれたバケツに入った、たくさんの小さなカニを見ると、俺の顔と見比べる。
「ん?これは今日は食べないぞ。一晩綺麗な水につけて、体内の排泄物を取り除いてからじゃないと、美味しくないからな。
なんだ、食べたくなっちゃったのか?」
俺は笑った。
ビールを出して流し込む。
やっぱりビールは、暑っつい中!昼間!外で!汗をダラダラ流しながら飲むのが、一番最高だよなあ!
まだ夏本番という気温ではないが、じゅうぶんに汗をかく程度には海は暑かった。
串に刺した肉と野菜にも火が通ったので、串から外しながら食べていく。
肉は事前に塩麹入のしょうゆだれに漬けてあるのでしっかり味がある。
野菜はオリーブオイルを塗ってあるので、水分が蒸発しにくく、みずみずしく焼き上がっている。塩は焼く前に振ってなじませてある。串からそのまま引き抜くように食べ、ビールを流し込む。あっふあっふ!
カイアがホタテを食べ終わったので、串から外した肉と野菜を小さく切って皿に乗せてやると、これも美味しそうに食べていた。
ああ、いい休日だなあ。
俺は海と、楽しそうなカイアを、交互に眺めながらビールを飲む。
カイアと一緒だから余計に楽しい。
一緒に作ったり食べることを、楽しめる存在がいるというのはいい。
そしてカイアは可愛い。
俺が両親を殺したことを分かっていないのか、すっかり俺に懐いているように見える。
魔物はそうしたものなんだろうか?
肉親の情とかないのかな。
それともあの両親から生まれたことが、そもそも分かっていないのだろうか。
俺は美味しそうに肉を頬張っているカイアを眺める。
同じトレントであっても、悪霊だという両親と、カイアは似ても似つかない。
元は純粋な精霊だと言うから、生まれた時からああではないということなのか。
何が切っ掛けでああなってしまうのだろうか?原因があるなら、調べておいたほうがいいかも知れない。
カイアを悪霊なんかにしない為にも。
まだ日は高かったが、乗合馬車がなくなるとまずいのと、カイアも疲れて眠たそうだったので、俺はカイアをアイテムバッグに入れて帰ることにした。
途中で冒険者ギルドへと立ち寄る。
トレントが悪霊化する原因が分からないかと思ったのだ。
クエストの受付窓口とは別に、相談窓口があり、そこの受付嬢に俺は尋ねてみることにした。
「先日トレントを倒させていただいた者なのですが……。」
「ああ、はい、ジョージさんですね。
事前調査の件も、お疲れ様でした。」
受付嬢が労ってくれる。
「あ、はい。
それで、俺はまだ魔物にあまり詳しくないので、今日は教えて欲しいことがあって来たのですが。」
「はい、なんでしょうか?」
受付嬢は笑顔で応対してくれる。
「トレントは元は木の精霊だったのが、悪霊化したものだと聞かされたのですが、元は純粋だった存在が、悪霊になる原因は分かっているのでしょうか?」
俺の問いかけに、受付嬢は申し訳無さそうな表情を浮かべた。
「……実は、そこのところは、正確に分かっているわけではないのです。
魔物が増えたり、凶暴化する原因は、瘴気と呼ばれるものが、濃くなることが原因なのですが、トレントがその影響下にあるかどうかが分かっておらず……。
魔物とも精霊とも呼ばれていて、そもそもどちらつかずの存在ですので。」
瘴気か……。きっとこの体を貰う筈だった勇者や、聖女が現れることで、減らしてくれるものだとアスターさんは言っていた。
なら、それさえ姿を現せば、カイアは凶暴化しないということなのだろうか?
「そうなんですか……。」
「ですが、コボルトが元は魔物であったように、次第にその凶悪性を失って、人間と手を取り合えるようになった種族も、まれにいるんですよね。」
「そうなんですか!?」
「はい。でも、コボルトは、今は瘴気の影響を受けないんです。だから魔物ではなく獣人という扱いに変わったんですよ。
昔はそれでも迫害されてましたが、今はそういう人も減ったので、人間と仲がいいんです。そういうケースもありますので。」
こんなに純粋で可愛いカイアを、本人の意思でなく凶悪になんてしたくはない。
魔物と人間がともに暮らすことが、いいか悪いかはおいておいて、もしも凶悪になってしまった場合、俺はカイアを退治しなくてはならなくなるだろう。
コボルトは獣人という扱いをされているけれど、もともとは魔物で、だから人間から迫害されていて、昔を知っている年寄は人間を嫌っている、ということか。
コボルトの歴史を紐解けば、何かヒントがあるんじゃないだろうかと、俺は思った。
 




