第155話 食材使いまわし3日目の夜ごはん。大根おろしと納豆とツナ缶の和風パスタ、酒のつまみにもなるやみつきキュウリ、あまり素材の大根と人参と油揚げの味噌汁、常備菜のポテトサラダ。
「あなたは……、コボルトの集落の?
カイアの兄弟株ですよね。」
「いいや。わしはそのコボルトのところとやらにおる子株とは、別の子株じゃ。このあたりの森を守護しておったのじゃがな。
お主がこの地に来ると聞いて顔を見に来たのじゃが、また随分と騒がしいのう。」
「──聞いた?誰にですか?」
「わしらドライアドはつながっておる。
離れた場所におるドライアド同士、会話が出来るのじゃよ。互いがどこにおるのかまでは、正確にはわからんがな。」
「では、カイアに?」
「ああ、そうじゃ。あの子もようやく念話の仕方を覚えたようでな。別のドライアドから教わったと言っておったよ。」
コボルトのところのドライアドに会った時にでも教わったのかな?
それにしても、コボルトの集落のドライアドの子株とソックリだな。ドライアドは種を作ったりして増えるんじゃなく、1つの親株から別れた子株が各地に散っていると聞く。
つまり無性生殖だということだ。そのあまたの分裂した子株の中から、次世代の親株となる子株が生まれ、精霊王となるのだ。
それがカイアだ。
つまりカイアも人型になれるようになったら、こんな姿になるってことなのかな。
「──この者は、次世代の親株となるドライアドの加護を得る者。この者に敵対するやからに、われらドライアドは味方をせん。」
ドライアドさま!?
ドライアドさまだって!?
精霊王の加護を得てるってホントか!?
村人たちがザワザワとしだす。植物の精霊王だから、こういう農産物でしか生計が立てられない土地だと、信仰が厚いのかな?
「……まあ、そうでなくとも、そこな娘っ子らのことがあるのでな。もう加護を与えんつもりでおったのよ。──また随分なことをしでかしてくれたものじゃ。そこな男よ。確か村長であったか。お主らは今後どの土地に住まおうと、作物がろくに育たぬものと思うがよい。お主が育てんでも、お主とお主の娘たちが暮らし、関わる土地であれば同じこと。
われらドライアドは、お主ら親子を許さぬであろう。それをゆめゆめ忘れるな。」
村人たちのザワザワが大きくなる。
「な、何をしたってんだ!うちの娘が!」
村長は明らかに動揺しながら叫んだ。
「ドライアドの加護を得る森に手を出すな。
どこへ逃げようと飢え死にをする。だったか。人の子が自ら定めし戒めは。そこな娘っ子らはな、──この森に火を付けたのよ。」
なんだって!?ドライアドさまの森に!?
村人たちの怒号が響く中、女の子たちは父親の後ろで震えていた。
「森を燃やされたショウジョウたちは、人の子を憎み、更に瘴気へととらわれた。
本来人までは襲わなかったものを、そこな娘っ子たちが森に火をつけたことで、ショウジョウたちは人を襲い始めたのじゃ。」
村人たちの、あふれるような怒りが、女の子たちと村長に向いているのが、俺にも分かる。おそらく家族を食われた人たちも、この中にたくさんいるのだろう。女の子たちは恐怖でベソベソと泣き始め、村長もさすがにどんな顔をしたらいいのか分からないようだ。
「住処の中で蒸し焼きにされたショウジョウもおったよ。恨まれるのも致し方なしじゃ。
ほんの出来心であったとしても、の。」
ショウジョウの住処の洞窟の前が、不自然に開けていたのは、それが原因だったのだ。
あんなにも周囲にたくさんの木々が生い茂っていたのに、俺がたくさん建物を建てられる程のスペースがあることが、そもそもおかしかったのだ。あの女の子たちが火をつけたことで、ショウジョウは洞窟の中で蒸し焼きにされ、恨みから人を殺して食べたのだ。
「……燃えた木々はわしが土に還したが、とうぶんあの場所に木は生えんよ。
人にわざと燃やされた土地に、わしの加護の手は及ばんのでな。
わしはそのことで、お前たちを見限った。
わしは森をもとに戻すために力を使わなくてはならない。そうした場合、お前たちの作る作物にまで手は回らんのでな。
たくさんの生き物が生きる為の森と、その森を汚した人の子の住む土地。どちらに加護を与えるべきかは、明確な話じゃ。」
悪いことは、叱られなければ反省しない。
バレなければ。
怒られなければ。
なかったことに出来れば。
そうやって、悪いことを悪いことだと、自らを戒める考えを身に付けずに大人になることで、もっと酷い犯罪に手を染めるようにもなっていく。人殺しをしてしまった犯罪者の大半が、子どもの頃に犯した罪が露見しなかったり、バレても叱られなかった過去を持つのは、そこで人とズレてしまったからだ。
怒られるのは嫌で怖いことでも。
どれだけ子どもが可愛くとも。
女の子たちは日々の悪さを叱られるべきであったし、村長は娘たちを叱るべきだったのだ。ここまでの大事になってしまったのはたまたまだが、いつかもっと大きな犯罪に手を染める日がきたことだろう。それが少し早まったというだけのことだと俺は思った。
「ショウジョウはもともと、繁栄と商売の加護を与えし精霊だったが、瘴気にやられるうちに魔物へと堕ちた。信仰がないと精霊は力を得られない。ショウジョウ信仰ははるか昔にすたれ、彼らを救う手立てはないかに思われたが、この子が生まれたのよ。
いわば先祖返り。精霊であった頃のショウジョウは、われら同様本来人の言葉を話す。
この子はお前たちを守ろうとした。われに見捨てられたお前たちを救おうとした。」
ドライアドの子株に睨まれた女の子たちがビクッとする。
「この子は燃える森を救おうとした。その時に体が燃えてしまって、体の大半の毛を失ってしまったのじゃ。わしの力だけでは森を救うことも、火を消すことも出来んかった。
仲間にまで疎まれてなお、それでも救うほうを選ぼうとする。
優しい、本当に優しい子じゃ。
そもそもがお主の娘っ子らが原因のこの体を、気持ちが悪いとはようも言えたものよ。
人の子はかくもおろかであることか。
わしにはもう、人を救う気はせんよ。」
ドライアドの子株は、ショウジョウの子どもの頭を撫でながらそうつぶやいた。
「この子は先祖返りしたことにより、ショウジョウの親から捨てられた。だからとても寂しく、友だちを欲しがっておったのよ。
人の子を友とすれば、精霊は信仰されずとも、自ら加護を授けることが出来る。
まだ幼き精霊じゃ。本人は無意識ではあったろうが、友を作れば寂しくならぬ。
そして、友となった人の子を救うことも出来ようというもの。だから歩み寄り、仲良くしようとした優しいこの子を、お前たちは最悪の形で裏切ったのじゃ!!」
シン……と静まりかえる村人たち。
「し、知らなかったんだもん。
精霊だなんて、知らなかったんだもん!」
女の子たちが泣きながら叫ぶ。
「ジョージが申しておったであろう。すべてはお前たちの歪んだ心が招いたこと。
もはや手遅れ。お前たちのしでかしたことを、生涯噛みしめるがよい。」
村長は娘たちをかばうように抱きしめた。
「だが、ジョージがいてくれて良かった。
──さあ、この子に名前をつけてやってくれ。この子を救う唯一の手立てだ。」
ドライアドの子株が俺に近付いて、ショウジョウの子どもをたくしてくる。
「俺が、この子に名前を?」
「この子はお前を守護すると決めた。名付ければ力を取り戻すであろう。さあ。」
俺は、そう言われた時に、頭に浮かんだ言葉があった。この子に伝えたい言葉。
1番最初に、贈りたい言葉。
「他の誰が、お前を気持ち悪いと言っても、俺はお前を好きだよ。早く良くなって、一緒に遊ぼう。──アレシス。」
ギリシャ語で、君が好きだよという言葉。
どうしてもこれを伝えたかったんだ。
アレシスの体がパアアアッと光る。
火傷でズタズタだった体は、キレイな真っ赤な体毛に覆われた、俺の子どもの頃に親が好きで買ってくれた、おサルのぬいぐるみのような、可愛らしい姿へと変わった。
アレシスがニコーッと微笑んで、赤ん坊のように、俺に両手をのばしてくる。
俺はその体をギュッと抱きしめた。
「お前も今日から、うちの子だ。」
さて真っ青になっているのは村長だ。子どもたちが森に火を付け、ドライアドの加護を失い、ショウジョウからも見限られたのだ。
「俺たちは、あんたの村を出るよ。」
「あんたらがいる限り、作物は育たない。ここで土地と家を借りても暮らせない。作物の育たない土地の為に、家や農地を借りるなんてことほど、馬鹿げた話はないからな。」
村人たちはそう言って村長に背を向けた。
「ま、待て!今植えている作物をどうするつもりだ!今さら人を雇って作物を育てるなんて、金のかかることが出来るか!」
なるほど?土地と家を貸す代金を作物でおさめさせて、代わりに無償で雇っていたんだな。だから人がいなくなると困るわけだ。
タダで手に入れられていた労働力が、一気になくなってしまうものな。どうせまともに育たないとドライアドに宣言されてしまったのだから、他で稼ぐしかないと思うんだが。
「また、家も土地もない貧乏な奴らが、この土地に流れて来るのを待てばいいさ。」
「まあ、作物が育たないとわかれば、すぐにでも逃げ出すと思うがな。」
「そ、そんな、俺の金が……。生活が……。」
村長は膝を折って地面にへたり込んだ。上等な服の膝から下が、地面に触れて泥まみれになる。村長の娘たちが、あたしたち、どうなるの……?と顔を見合わせていたが、3人に声をかける村人は1人もいなかった。
みなさんの合否は後日ミーティアでお送りしますと伝えると、1人、また1人と村人たちが村長の目の前から去って行った。
「さあ、アレシス、一緒にうちに帰ろう。」
俺はこの村のドライアドの子株と、ヤンガスさんに別れを告げて、立ち尽くしている村長一家を横目に、工房の中へと戻り、転送魔法陣で我が家へと帰還した。
アレシスを連れて保育所に2人をお迎えに行くと、俺の姿を見て駆け寄ってきたカイアが、不思議そうにアレシスに首を(というか胴体ごと)傾げている。
「アレシスだ。後で2人に改めて紹介するから、とりあえず家に帰ろう。
──アエラキ!」
俺に呼ばれて、遊んでいたアエラキが、お友だちにバイバイをしながら飛んで来て、やはりアレシスを見て首を傾げていた。
家に帰ると、巣箱からキラプシアも出してやり、全員でテーブルの前に(キラプシアはテーブルの上だが)腰掛ける。
「──改めて、今日からうちの子になるアレシスだ。ショウジョウという精霊の子だ。
女の子だぞ。2人よりも、ちょっぴりお姉さんかも知れないな。」
精霊はやがて人間の言葉を話せるようになるものだが、2人はまだ話せないからな。
俺に紹介されたアレシスがニコッと微笑むと、つられたようにカイアもニコーッと笑った。もともとウサギっぽい見た目のアエラキと、頭にイチゴのヘタを乗せたようなハムスターの見た目のキラプシアは、あまり表情が変わらないまま、互いに目をパチクリさせていたが、特に嫌がっている気配はない。
「アレシスも精霊として俺を加護してくれるんだそうだ。火魔法が使えるんだぞ。」
何の加護をくれるのかまではわからんが。
「ワタシ、ショウバイ……ハンジョウ、ト、ビョウキ、シナクナル、カゴ。」
俺の心を読んだかのように、アレシスが自分の加護の力を教えてくれる。
なるほど、猩々信仰と同じ加護なんだな。
それはこれから手広く事業を展開していこうとしている俺には、ありがたい加護だな。
アレシスに加護を貰っていれば、あの村の村長の仕事も、もっと繁栄しただろうにな。起きてしまったことはもう仕方がないが。
「突然家族が増えてびっくりしただろうが、仲良くやってくれると嬉しい。きっとみんなとうまくやれる子だろうから。
さあ、家族が増えて初めてのご飯だ。
みんなで一緒に作ろうな。」
これが人間の子どもだったらそうはいかなかっただろうが、カイアがアエラキを受け入れた時のように、カイアとアエラキがキラプシアを受け入れた時のように、種族は異なれど同じ精霊と妖精という眷属関係だからか、まるで初めからそこにいたかのように、3人はアレシスを受け入れてくれた。
俺は大根、人参、キュウリ、白長ネギ、油揚げ、ツナ缶、パスタ、納豆、醤油、砂糖、味噌、塩、白炒り胡麻、鶏がらスープの素、顆粒だしの素、胡麻油、ニンニクチューブを出した。
カイアがツナ缶の開け方と、油切りの方法をアレシスに教えている。手伝えることは手伝ってくれるのがうちのやり方だ。
キラプシアが塩コショウを振りたがるのは逆に手間な部分もあるが、本人が楽しんでいるので、それは毎回任せることにしている。
ツナ缶1缶の油を切って油を少し取っておく。大根をすりおろし器で少量すり下ろしておく。お湯に対しだいたい1%の塩を加えた沸騰したお湯で、パスタを記載時間通り茹でたら、湯切りしてツナ缶の油を適量混ぜ合わせておく。まあ、塩は下味をつけたい割合で決めたらいいんだけどな。納豆をざるにあけたら、パスタを茹でた茹で汁の残る鍋にザルごと入れ、ザッとかきまぜて粘り気を軽く取ったら、水切りして軽く冷ましておく。
ネバネバが気にならなければ、別にやらなくてもよい。
皿にパスタ、ツナ缶、納豆、大根おろしを乗せ、醤油、または麵つゆを大さじ1/2程度、大根おろしの上にかける。これはお好みで調節して欲しい。
お好みで大葉や水菜を刻んだもの、カイワレ大根、海苔なんかを散らしてもうまい。
大人は七味唐辛子なんかをちょっとかけてもいいな。これで大根おろしと、納豆と、ツナ缶の和風パスタの完成だ。
キュウリ2本を、麺棒か包丁の持ち手の部分で叩いた後で、適当な大きさに切る。
塩揉みして10分ほど置いてから、水分をよく絞っておいたものに、胡麻油、醤油、鶏がらスープの素、砂糖、白炒り胡麻を、小さじ2:2:1:1:2の割合で、ニンニクチューブを少々を更に加えて混ぜたものを絡めたら、冷蔵庫で冷やしておいて、酒のつまみにもなるやみつきキュウリの完成だ。
次に、お正月の紅白なますを作るくらいの細さに、大根と人参をスライサーでスライスする。いちょう切りにすると火が通りにくいのと、触感が全然違うので、同じ材料でも印象がまったく変わる。味噌汁の具としてこの2つだけを一緒に煮ようと思った時は、同じ細さにしたほうがいい。大根と人参の量は、3:1くらいであればあとはお好みだ。鍋にたっぷりの水を入れて、大根と人参を投入したら、中火にしながら水から煮ていく。
沸騰してきたら弱火にして油揚げを適量、小さく短冊状に刻んだものを入れ、ひと煮たちさせたら火を止め、顆粒だしの素を入れ、味噌を溶いて、お好みで刻んだ白長ネギを入れたら、あまり素材の大根と人参と油揚げの味噌汁の完成だ。余った部分を使うのに、このやり方はちょうどいいんだよな。
食材使いまわし3日目の夜ご飯は、大根おろしと納豆とツナ缶の和風パスタ、酒のつまみにもなるやみつきキュウリ、あまり素材の大根と人参と油揚げの味噌汁、常備菜のポテトサラダを添えて、完成だ。
アレシスはカイアに習いながら、盛り付けのやり方を真似している。2人ともまだ不器用だから上手に出来ないんだが、こういうのも大切だからな。アエラキは風魔法でお皿やフォークなんかを運んでくれる。
「いただきます。」
「ピョルルッ!」
「ピューイ!」
「チチィ!」
「……イタダキ、マス。」
みんなの真似をしてアレシスも手を合わせて、いただきますをする。
美味しくご飯を食べて、一緒にお風呂に入ると、初めてのアエラキの時とは違い、水を怖がらずに興味しんしんなアレシス。カイアがアレシスの体を洗うのを手伝ってやっている。アレシスもお風呂は好きなようだな。
カイアとアエラキは普段は子ども用のベッドで一緒に寝ているんだが、アレシスには少し小さいし、3人同時には無理だったので、俺と寝ることにしようとすると、カイアが寂しがってベッドに潜り込んで来て、それを見たアエラキまでがベッドに潜り込んでくる。
結局巣箱で寝るキラプシア以外、俺と一緒に寝ることになった。子ども用のベッドを、もっと大きなベッドに入れ替えようかな。
小さな3人を寝返りで潰しちまわないか、気を使いながら寝たので、次の日、ちょっと体がかたくなっていて痛かった。
俺が大きくのびをしてから、首や肩をぐるぐる回して揉みながら、ベッドの上を見渡すと、既に3人の姿はそこになく、下の階に降りていくと、ダイニングの床にシートを広げて、キラプシアも入れた4人で、楽しく積み木で遊んでいる姿があったのであった。




