第15話 ワイバーン(鳥肉)のキリタンポ鍋
俺が料理をお裾分けしたいと告げに行くと、ラグナス村長の家に見知らぬ客が訪ねて来ていた。
普通の客なら、こんな玄関先で長話なんてしないものだが、遠くから玄関を見ている間もずっと立ち話をしている。
誰なんだろうか?
互いの表情が見えるようになったが、どう見てもあまり友好的な雰囲気ではない。
ラグナス村長が俺に気付いて、おお、ジョージ、と、急に嬉しそうな表情に露骨に変わる。
どうも……とお辞儀をすると、ラグナス村長の前にいた中年男性が、俺に訝しげな目線を向ける。
「今日はどうしたんだね?」
「オークを狩ったので、また量は限られてしまうのですが、料理したものをお裾分けをしようかと……。」
「そうかそうか、みんなも喜ぶよ。
ジョージの料理は本当にうまいからなあ。
おまけに毎回魔物を1人で倒しちまうんだから、本当に大したもんだ。」
「──1人で!?」
突然ラグナス村長の目の間の男性が大きな声をあげた。
「オークを1人で狩っただって?
それは本当なのか?」
名乗りもせずに俺に質問をぶつけてくる。
「ええ、まあ……。
パーティーを組んでないので、いつも1人です。」
「ロック鳥も1人で倒すし、おまけにこの間なんて、ワイルドボアまで1人で仕留めて来たからな。」
「ワイルドボアだって!?嘘をつけ!」
「嘘なもんか。冒険者ギルドで解体して貰ったというから、聞いてみるがいいさ。」
2人の雰囲気が更に険悪なものになる。
「本当にワイルドボアとロック鳥を1人で倒したのか?あんた。」
「はい、まあ……。ロック鳥は番いだったので少々厄介でしたが、ワイルドボアは特に問題ありませんでしたよ。」
「「──番い!?」」
今度はラグナス村長まで声を揃えて驚く。確かに言ってなかったな、ロック鳥が番いだったってことまでは。
……何がまずいんだ?
「ジョージの料理は宮廷料理人に勝るとも劣らない腕前だ。おまけに食材まで自分で新鮮なものを狩ってくる。
お前のところのロンメルなんかより、よほどいいものをこしらえられるのさ。」
「新鮮でいい食材が手に入ったら、ロンメルが負けたりするもんか。そこまで言うなら対決しようじゃないか。
負けたほうが正式に村人たちの前で謝罪をして、向こう1年間、収穫したものの半分を相手の村に差し出すんだ。」
「大きく出たじゃないか。
後で後悔するなよ?」
「食材は、自分たちで仕入れる。
何を用意してくれてもいいさ。
ロンメルが負けるわけないんだからな。」
そう言うと、勝負の日時は追って伝えるからな、と言いながら、男性は去って行った。
「そういうわけだ、ジョージ、ぜひロンメルの奴に勝ってくれ。」
……まったく話が見えない。
俺はラグナス村長の自宅に招いて貰い、これまでの経緯を聞いた、話をまとめると、さっきの男性は隣村の村長で、代々この村と対立していたのたが、隣村のロンメルという男が宮廷料理人に抜擢されたことで、わざわざ自慢にやって来たというのだ。
「ジョージなら、宮廷料理人といえども、必ず勝ってくれると信じとるよ。」
いやいや、勝手に信じないでくれ。
俺は学生時代に居酒屋の厨房で働いて以来、仕事で料理をしたことなんてない。
宮廷料理人になんて勝てる訳がないのだ。
「無理ですよ、宮廷料理人なんて、料理人界の頂点じゃないですか。
俺が作るものは、俺の国で食べられている庶民的なものばかりです。
王様が満足するようなものなんて作れませんよ。」
「だが、スパイクがああまでいったんだ。
恐らく勝負を引き下がれないように何かしらしかけてくるだろう。
勝負しなければ戦わずしてこの村が負けてしまう。なんとかならないか?」
……まいったな。
村の収穫の半分を持っていかれてしまったら、特に裕福でもないこの村は、当然日々の暮らしがたちいかなくなってしまうだろう。それは分かるが、本人を抜きにして勝手に話をすすめないで欲しい。
とりあえず、冒険者ギルドで目ぼしい食材の情報を聞いてきますよ、と俺は腕組みしながらため息をついた。
ラグナス村長は飛び上がって喜んでくれたが、こちらに勝てる要素なんてないことを、どうやったら理解させられるだろう。
カツ丼と豚汁と角煮を村人たちが器を籠に入れて取りに来てくれ、お裾分けを済ませた後で、俺は冒険者ギルドに向かうと、宮廷で人気の食材や、珍しい食材が手に入るクエストがないか聞いてみた。
「ありますけど……。今の冒険者ランクでは受けられないですよ?」
それでもいいから情報が欲しいと頼んだ。
現時点の冒険者ギルドで募集しているクエストの中で宮廷で人気で、肉が高く取り引きされる魔物は3種類だった。
他にもいるが、単に討伐依頼があるものがその3つということだ。
サラマンダーというBランククエストの火蜥蜴。
ワイバーンというAランククエストの前足のない翼竜タイプのドラゴン。
ケルピーというBランククエストの上半身が馬で下半身が魚の魔物だ。
蜥蜴は爬虫類だとして、……翼竜は爬虫類なのか?ケルピーが1番レシピを想像しやすいが、他の2つはどう料理したものか。
俺には知らないレシピを知ることの出来るスキルがあるが、この世界の料理を作って宮廷料理人と勝負になる気がしない。
せめて俺の世界の料理法と調味料で、未体験の味に興味を持って貰うしかないと思えた。
別にクエストが受けられなくても、能力で出せばいいだけだから、現地に行く必要もない。食材が欲しいだけだしな。
俺は山に登ってアイテムボックスから猛獣用の檻を出し、まずはサラマンダーを檻の中に出した。
確かに火をはくので驚きはしたが、蜥蜴というよりも……オオサンショウウオじゃないのか?これ。
これなら調理したことがあるからなんとなく分かるな。難なくオリハルコン弾で仕留めてアイテムバッグにしまう。
これは解体からやることにして、冒険者ギルドには頼まないことにした。
続いてケルピーを出した。
本当に上半身が馬で下半身が魚だ。肉を食べてみてからだが、馬の部分と魚の部分どちらも使えるかも知れないな。
……というかうまそうだな。
これも難なく仕留めてアイテムバッグにしまう。
だが問題は最後のワイバーンだった。
猛獣の檻にギッチギチに詰まって現れたかと思うと、猛獣の檻を破壊して飛び上がったのだ。
さすがはAランククエストというところか。デカい上に力が物凄い。
まずいな、逃げられちまう。
俺はすかさずライフルを構えると、よく狙いを定めて翼を撃ち抜いた。
グラリ、とワイバーンの体が真横に向いて地面に叩きつけられる。
だがすぐに起き上がると、口から何か放って来た。俺はライフルの銃身を体でガードしながら、横に転げるようにして避け、すぐさま体勢を立て直し、片膝を立てて狙いを定めると、ワイバーンを撃ち抜いた。
頭を狙ったつもりだったが、少しそれて肩にあたり、キュエエェェ!と悲鳴をあげる。
すぐ後ろでミリミリミリミリ、と音がしたかと思うと、ドーンという音とともに、振り返ると太い幹の木が倒れていた。
魔法か?恐らく強風のカマイタチのようなものだ。冗談じゃない、あんなものくらったら、体が一瞬で真っ二つだ!
連続で3発頭めがけて発射する。1発がワイバーンが身を捩ったことによってそれたが、2発命中してそのまま絶命した。
俺は空薬莢を拾って弾頭を回収したが、それた1発がどうしても見つからずに諦めた。
これはどうやって調理したもんかなあ、と思いながらアイテムバッグに詰めて山を降りた。
俺はその足で冒険者ギルドに向かうと、ケルピーとワイバーンの解体を有料で頼んだ。
カウンターに魔物を出すと、一気に冒険者ギルドの中がざわつきだす。
……まあ、これはさすがに予想はしていた。
馬やドラゴンなんて、どうやったって俺には解体出来ない。食材を手に入れる為には、どうしたって頼むしかないのだ。
だが今回は少し様子が違っていた。
ギルド長に冒険者ギルドの奥の部屋に呼ばれてしまったのだ。
食材の為とはいえ、1人でAランクを狩ることが特殊なことは、さすがに分かる。というか今までの反応で分かって来た。
クエストも受けていないのに勝手に討伐したと注意されるのだろう。
しかしギルド長の反応は、俺の予想とは少し違っていた。
「ギルド長のオリバー・スコットと申します。」
ギルド長は丁寧に俺に挨拶してくれた。
俺も名乗って挨拶をする。
「毎回お1人でランクの高い魔物を倒されているようですが、あなたは魔法使いなのですか?」
「いえ、俺は銃を使っています。」
「銃?Cランク以上を倒せる銃なんてものはこの世には……。」
「バーグさんという方に作っていただいた特別製を使っています。」
俺はオリハルコンの弾丸を見せた。
さすがにライフルは見せなかったが、弾を見れば威力は伝わる筈だ。
「これは……オリハルコンですか。
確かにこれならAランクでも難なく貫通するでしょうが、何もこんな高い使い捨ての弾を使用しなくても、他の武器をお使いになればよいのに。」
「俺は銃が1番自信がありますので。」
俺はアーチェリーをやっているので、他にすぐに扱える武器があるとしたら弓だろうが、アーチェリーで動く的なんて狙ったことがない。普段狩りで使用しているライフルが最も確実だ。
「あなたの冒険者ランクをどうしようかと思っていたのです。
実力でいうならじゅうぶんだと思いますが、何よりクエストを受けた経験が少ない。冒険者ギルドとしては、Cランク以上は試験を用意しているので、簡単には上げられないのです。」
まあそうだろうな。冒険者ランクはクエスト受注の為の資格のようなものだしな。
「ですが、ランクの高い冒険者が少ないのも事実です。現状の仕組みが冒険者の実力に追い付いてないとも言える。
ですので、特例ですが、あなたの冒険者ランクをBに引き上げることにしました。」
なんと。
「試験は今回のワイバーン討伐として申請を出しますので、別に受けていただかなくても結構です。これでAランクまでのクエストを受けることが可能です。
これからもご協力宜しくお願い致します。」
「こちらこそ、クエストも受けずに勝手に狩ってしまったのに、特例まで設けていただいて、頭が上がらないです。」
実際あれは俺がわざわざ出したわけだから、魔物の頭数は減っていないのだ。逆に申し訳なくなってくる。
……これは料理対決が終わるか、料理対決が大分先なら、それまでにクエストを受けて頭数を減らさないとなあ。
バーグさんに支払うオリハルコン製の銃身のことあるし、Bランク以上のクエストなら稼げてちょうどいいだろう。
俺はスコットギルド長に挨拶し、解体して貰ったケルピーとワイバーンの肉を受け取った。ワイバーンの肉の情報を冒険者ギルドで聞こうと思った瞬間、ワイバーンの肉の情報が表示される。そうか、食材に変われば見れるようになるのだ。
〈ワイバーン肉〉
生食可能な肉。脂肪分が少なく筋肉質で豊かな風味。味は比内鶏に近い。
比内鶏だって!?天然記念物じゃないか!
今は交配種と掛け合わせた物しか食べられないのに、原種の味が食べられるってのか?
これは楽しみ過ぎる。料理対決がなければ知るのはもっと先になっていたことだろう。
アイテムバッグに入れておけば、食材が傷むこともない。対決の日までいくつか料理法を試しつつ食べてしまおうかな。
食べ尽くしてしまったとしても、また狩ればすむ話だしな……。
いや……。
ワイバーンを狩るのは危なかったことを思い出し、俺の心は揺れる。
だが、転生時に料理に関するスキルのみを求めた俺だ。
未知の味に対する誘惑に勝てるわけがなかった。
ここはもうあれしかないだろう。
俺はゴボウ、白菜、長ネギ、セリ、舞茸、エノキ、白滝、木綿豆腐、キリタンポ、薄口醤油、すり鉢、すりこ木、秋田杉の串を出して、醤油、酒、みりん、塩、顆粒出汁、ご飯、キッチンペーパー、貰ってきておいたワイバーンの骨を準備した。
ワイバーンの骨を圧力鍋に長ネギの緑の部分とともに入れてスープを作り、ザルにあけてキッチンペーパーで濾してやる。
ゴボウはささがきにして水にさらす。
長ネギの白い部分を斜め切りにし、セリも同じくらいの長さに切りそろえる。セリがなければ三つ葉でもいい。
ワイバーンの肉を一口大に切り、舞茸とエノキは食べやすい大きさに千切る。
白菜は食べやすい大きさに切って、白滝は一周ぐるっと巻いて穴にくぐらせる感じで縛る。
ご飯は今回当然あきたこまちだ。これを粘り気があり、ご飯の粒が3割ほど残る程度の半殺しに、すり鉢のなかですりこ木で潰してやる。これを100グラムほどに小分けにしたら、秋田杉の串に巻くようにつけて、塩水で形を棒状に整えていく。串の代わりに箸でもいい。
焼きムラが出来ないよう、両手で転がすように均等にしたら、フライパンに薄く油を塗り、焦げ目がつくまで全体を回しながら、中火寄りの弱火でじっくりと20分ほど焼いてやり、熱いうちに串を抜いてキリタンポを作る。
薄口醤油と酒とみりんを60ミリリットル、醤油120ミリリットルスープに入れたら、ワイバーンの肉、舞茸、エノキ、ゴボウを先に鍋に入れてひと煮立ちさせたら、キリタンポを半分に千切ったもの、長ネギ、セリ、白菜、白滝を加えて煮る。火が通ったらキリタンポ鍋の出来上がりだ。
1回食べてみたかったんだよなあ、本物の比内鶏。……まあ、厳密に言えば本物じゃあないんだが。
ご飯が余ったらキリタンポを作って冷凍しておくと、いつでもキリタンポ鍋が食べられる。
ちなみに実家で最もよく作る鍋は、上からほうとう、豆乳鍋、キリタンポ鍋である。
味噌汁はあご出汁と鰹出汁、味噌は白味噌7割に赤味噌3割。白味噌だけのこともある。好きな味噌汁の具は大豆を水に浸してトンカチで平たく潰した打ち豆。
お好み焼きは片面だけお好み焼きにして、味のついていない焼きそばの麺と、千切りしたキャベツと豚コマとベーコンを乗せて、生卵を上から割ってひっくり返したものに、マヨネーズとソースをかけたものをオカズに白飯を食べる。
よく出るうどんは稲庭か讃岐うどん。歯ごたえのない太めのうどんは嫌いだ。
母の得意料理はゴーヤチャンプル。好きなお茶請けは梅干しといぶりがっこ。茶碗蒸しは丼で作る。
炊き込みご飯よりおこわとイカ飯が好きで、好きなおやつはずんだ餅といも餅。
日曜日にはよくタコパしていて、たこ焼き器が家にある。
よく、どちらの出身ですかと聞かれるが、うちは代々東京だ。
俺が子どもの頃にはどこもそんな家庭はなかった。あちこち旅行に出かけては、うまいと感じたものを家庭料理に取り込むのは、我が家の風習みたいなものだ。
俺の食い道楽は遺伝なのである。
ワイバーンは本当に鳥肉そのものだった。噛みごたえのある肉から、噛みしめるたびにしみだしてくるうまみ。それを吸ったキリタンポと野菜やキノコがまあたまらない。
俺はキリタンポ鍋を堪能しながら、対決のことなんてすっかり頭から吹っ飛んでしまったのだった。




