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アドベース北区

 現在アドベースには、大きく分けて三つの地区がある。


 まずはギルド本部がある中央区。


 そしてそれを囲う外壁を隔てて付随する、北区と東区だ


 この二つは厳密に言えばアドベースには含まない。


 何故なら、ギルドに登録していない犯罪者や、登録したものの、ろくな仕事のできない落ちこぼれ共が結託して勝手に作り出したものだからだ。


 そんな無法地帯からはいつしか複数のマフィアが生まれ、ギルドに代わってそれぞれの縄張りを牛耳るようになっていた。


 はみ出し者で溢れる両地区は、マフィアから見れば裏仕事向けな人材の宝庫なのだ。


 ギルドにしてみれば掟破りどもの巣窟なのだが、そいつらを勝手に管理してくれるとあれば、利用しない手はない。


 マフィアから上納金を徴収する事で体面を保ち、中央区での掟の厳守を条件にその自治を認めていた。


 持ちつ持たれつ、という奴である。



 余談だが、西側の土地は全て俺の私有地なので、干渉する者は皆無だ。




「──で、これが北区に通じる門です」


 エルニアにしていた地理の説明の区切りとして、俺は中央区の北に位置する大門を顎で示した。


「これはまた、随分と立派な門ですね」


 エルニアが仰ぎ見る先には、遺跡の回廊もかくやという高さの鋼鉄の門が開け放たれている。


 アドベースの開拓初期、周囲には10や20m程度の壁では軽く跳び越えて来るような大型魔獣が多かったと聞く。


 この門と外壁の高さは、それらの襲撃が絶えなかった頃の名残なのだ。


 今では近辺の魔獣はほぼ駆逐され、北の山岳地帯へ入り込まなければ見かける事は少ない。

 当時の苦労など嘘のように、活気溢れる雑踏が行き交っている。

 そのため大門も、本来の役目を失って久しかった。


 俺は門の脇の詰所に近寄ると、衛兵に声をかけた。


「こんにちは。Aランクのヴァイスですけど、ギルド長からの報せは届いていますか?」

「おお、これはこれは。皆さんお疲れ様です。もちろん伺っていますよ。これから執行なさるのですね?」


 俺の顔を認めた中年の衛兵が、こちらの面々を見回して尋ね返す。


 年齢差はあれど、ただの門番とAランク冒険者では格が違う。

 俺もいちいち敬語を改めさせる事はやめていた。


「はい。手筈通りにお願いします」


 俺の声に一つ頷くと、衛兵は詰所の中へ呼び掛けを始めた。


 俺、エルニア、アンバー、フェーレス、セレネ。


 この面子が揃って街に出る事はこれが初だ。

 先程から好奇の目に晒されているのがわかる。


 加えて、新参のエルニアはその美貌もあって注目の的だ。

 あちこちから感嘆の声が上がっている。


 さてさて。これから起きる事件で、その評価がどう変わるかが非常に楽しみだ。


 衛兵と打ち合わせを手短に済ませ、俺達は門を抜けて北区へと足を踏み入れた。


 北区の中央通りは、遺跡へ向かう冒険者の往来が多いためにそれなりに整備されている。


 立ち並ぶ建物も、マフィアの権勢を誇示するように高くそびえ、過度な装飾が施されたものが多い。


 それもそのはず、冒険帰りの連中を見込んだ歓楽街として繁盛しているからだ。


 一つ通りに入れば賭博場や色街が広がり、一通りの遊びが揃っている。もちろん、非合法なものも。


 それらの莫大な利益から、一定の割合がギルドの懐に納まるのだ。

 大っぴらにやらない限りは、目をつぶってやった方が金になる……というのがギルドの方針だった。


 だが、しかし。


 今回だけは、絶対に見逃してやるわけにはいかない。


 この俺に喧嘩を売る。つまりはギルドに喧嘩を売る。


 その行為がどんな結果をもたらすのかを、今一度教育してやらなければ。


 背後で警備兵が門の通行規制を始めたのを見計らい、俺はアンバーが構えたメイスにひらりと飛び乗る。


 そして俺を乗せたまま高く掲げられたメイスの上でバランスを取り、人込みを眼下に臨むと、仮面を付けて拡声機能を発動させた。


『……あ~あ~。テステス。聞こえますか? 北区の皆さん』


 高みから発した俺の大音声が、道行く人々の足を縫い止めた。


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