奇襲
舗装のない路面をざりざりとマントで擦り、転がりながら距離を取る。
その後跳ね起きた俺が見据えた先には、細身の剣を構えた黒ずくめの影があった。
「やっぱり、いたんじゃないですか」
転倒時に無理な呼吸をしたせいで若干喉が掠れていたが、俺は虚勢を張るべく人影へと声をかけた。
全身を黒くゆったりとした服で覆い隠し、細い剣先だけを布から覗かせてこちらへ対峙している。
「こんばんは。どなたですか? 何故いきなりこんな事を?」
息を整えた俺は、会話を試みながら観察を続ける。
背丈はそれほど高くないが、服のせいで体格も性別もわからない。
俺へ向けられた刃の表面には、薄くぬめるものが塗られている。言うまでもなく何かしらの毒だろう。
「返事くらいして下さいよ。意地悪だなぁ」
肩を竦めておどけてみせても、相手は全く応じなかった。
愛想の欠片も無い奴だ。
微動だにせず、完全に無視。
暗視が無ければ見落とすかと思える程に、自然と闇の中へ馴染んでいる。
フードの中もまた闇に覆われ、見通す事ができない。
恐らく暗視を無効化する術式が込められているのだろう。
いくらアドベースの治安が良くないとは言え、追いはぎにしては過ぎた装備だ。
どう見てもその筋の者である。
それも仕事中の私語は慎むタイプらしい。返事は期待できそうにない。
「やれやれ。問答無用ですか」
諦めた俺は溜め息混じりに戦闘態勢を取り、相手を見据えた。
顔は拝めないものの、闇の奥から強い視線を感じる。
じっとりと、舐め回すように観察されているのが良く分かった。
動かないのは、不意打ちをかわされて警戒しているのだろう。
子供だと思って甘く見ない用心深さから考えるに……
思考がその先へと至るより早く、俺は短剣に手を伸ばしていた。
ガチィンッ!!
背後で激しい金属音が響く。
もう一人の襲撃を、マント越しに展開した障壁が弾いたのだ。
声こそ出さなかったが、相手の息を呑む気配が伝わる。
俺は素早く転身すると、体勢を崩している相手の足元へ蹴りを放った。
しかしそれは空を切る。
相手は一手早く宙に跳んでいたのだ。やはり同じような黒装束である。
そいつは落下に合わせ、両手で構えた剣を振り下ろす。
再びそれを障壁で逸らすと、俺は相手の脇を抜け、壁に沿って走り出した。
だがその先には、背後にいたはずの片割れが既に立ち塞がっていた。
速い。まさかこいつも壁を走るのか?
やむを得ず、壁を背負って停止する。
「……やだなぁ。大人二人でこんな子供をいじめるなんて」
道の両側を塞がれた俺は軽口を叩いて見せるも、黒子達はやはり無反応だ。
都市部での拉致や暗殺において、万全を期する仕事人は複数で当たる事が多い。
このように挟み撃ちにして逃げ場を失くし、成功率を上げるのだ。
予想できた事とは言え、流石に二人同時で来られるのはまずい。
先程剣を受けた際の手のしびれもまだ抜けていないのだ。
「何とか言って下さいよ。訳も分からないまま襲われても困るんですけど?」
虚勢を張りつつも、額に浮かぶ汗は止められない。
時間稼ぎの俺の言葉には全く耳を貸さないままに、左右からじりじりと距離を詰めて来る黒子達。
仕事人としては満点をやりたくなるような慎重さである。
一連の攻防で互いの力量の差は読めた。
二人ともが、今の俺よりも強い。恐らくはSランク相当の使い手だ。
向こうも優勢である事を把握しただろう。
それでもなお私語を挟まず、慢心の欠片も無く仕事に徹している。
付け入る隙が無いとはこの事だ。
こうなれば、俺が取るべき手はただ一つ。
「……はいはい。降参しまーす。大人しくしますから、痛い事はなしにして下さい。ね?」
これは賭けだ。
拉致が目的ならばよし。しかしそうでなければ……
俺が短剣を鞘ごと放り投げ、両手を頭の上へ上げて見せると、二人組は一瞬視線を合わせたように見えた。
そしてその後。
──二人同時に斬りかかってきた。




