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ソロ

「ごちそうさまでした、ヒューゴさん!」


 俺は会計を済ませると、カウンターの向こうの店主へと元気よく手を振ってみせた。


「ああ、毎度。ヴェリスにも、そろそろ一回くらい顔見せるよう言っといてくれ」

「あはは……言うだけは言っておきます。ミオさんも、またね」

「うん! いつでも来てね!」


 親子二人の見送りを受けながら、俺は黒髭亭の喧噪を後にする。


 思ったより長居したようだ。

 入店したのは日暮れ前だったが、街灯には既に火が灯っている。


 昼間には無かった出店がいつの間にやら立ち並び、客を呼び込む売り子の声が盛んに上がっていた。


 明らかに行き交う人の量が増えており、この小さな身体ではすぐに埋もれてしまいそうになる。


 中央広場の賑わいは、夜が更け行くこれからが本番なのだ。


 それらを横目に一息付くと、微かに蒸れた空気が肺に潜り込んで来た。

 夜の冷え込みも大分弱くなっている。夏ももう近い。


 俺は仮面を付けると、雑踏で溢れる通りを歩き始めた。



 Aランクに昇格してから、俺は少しずつ単独行動を始めていた。


 流石に街の外までは出ないが、ギルドの仕事は魔物討伐や素材の採集だけではない。

 完成した品物自体を指定して要求する依頼も数多くあるのだ。


 俺はそんな調達依頼を選び、錬金術で品物を創り出して達成する事にした。


 ギルドに貢献しつつも研究を進められ、更には資金を調達できる。我ながら、実に効率的な案だ。



 今はギルドに納品をした帰りで、道すがら、ヒューゴの店へと顔を出したところだった。


 この姿になって一月あまり。すっかり常連の奴らとも打ち解けている。


 しかし……相変わらず、他人だけがぐいぐいと酒を飲んでいるのを見せつけられる、というのは(しゃく)なものだ。



 いっそ錬金術で、酒の味を残したままアルコールを抜く実験でもしてみるか……?



 顎に手を当て、思案に没頭する。


 その間にも足は進み、俺は中央通りから逸れ、人気の無い裏道へと入り込んでいた。



 アドベースはギルドの周囲こそ区画整理がされているが、人の流入が激しいせいで、それ以外の場所は無計画に建物が乱立している。


 その結果、一つ二つと路地へ分け入ると、途端に迷宮の如き様相が広がるのだ。


 そしてそんな路地裏まではギルドの警備隊も手を回し切れず、ろくでもない連中がたむろしている事も少なくない。


 俺が足を踏み入れたのは、まさにそんな一角。


 街灯も無い宵闇に沈むボロアパートの狭間。大人が3人も並べば通行止めになりそうな狭い路地だ。


 セレネを同行しない場合はこの道が家までの最短ルートであり、もはや通い慣れた過程だった。


 常のこの時分ならば、すっかり俺の顔を覚えた住人らが、窓から身を乗り出しては陽気に杯を掲げてくるところだが……


 今日に限っては人っ子一人おらず、窓は全て閉じられ、どこからも明かりが洩れていない。


 一帯が闇溜まりとなったように、不自然な程の静寂が満たしていた。


 俺はふと足を止めると、ゆっくりと背後を振り返る。仮面の暗視は発動させてあった。


「……誰ですか? さっきから尾行しているのは」


 視界には、今通り過ぎて来た無人の路地があるばかりだ。動くものは見当たらない。


 受け手のいない俺の問いかけが虚空に霧散する。


「気のせいか……」


 異常が無いのを確認し、俺は前へ向き直った。



 そして同時に、上体を捻りながら斜め前方へ跳ぶ。



 ヒュ──



 耳元すれすれを、何かが掠める音が過ぎって行った。


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