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黄金の古竜

 歴史上、金色の鱗を持つ竜はただ一体しか確認されていない。



 10年程昔、人類が版図を広げ始めた事で、それに反発した竜種との間で勃発した大戦争があった。


 後に人竜戦争と呼ばれるその戦において、抗戦派の竜達を率いて幾多の都市を灰燼に帰した破壊の権化。


 あらゆる竜種の始祖である最古の個体。


 それが黄金の古竜と呼ばれる唯一の存在だ。



 その獰猛さと圧倒的な魔力は他の竜とは比較にならず、現在ある凶悪な竜のイメージは、この古竜が形作ったものと言っても過言ではない。


 息を吐けば業火となり、翼を振るえば狂嵐を巻き起こし、天を仰げば稲妻が迸る。


 まさに生ける災害と呼ぶに相応しい暴力をもって、各地に地獄を産み出した最強の竜である。


 他の竜が次々と討伐され、又は逃亡して数を減らしていくのにも構わず、最後まで暴れ回っていた古竜には、数を頼んだ軍勢で挑むのは無駄に兵を失うだけだった。


 そこで各地のギルドと国が協力して包囲網を作り、腕利きの少数精鋭で挑む作戦を決行した。


「──そして、ヴェリス殿が一騎打ちで討伐を果たした! そうではないのですか!?」


 エルニアは咆哮から鼓膜を守る為に耳を塞いでいた手を離すと、俺へ絶叫のような疑問をぶつけてきた。


 その声に反応したように、金色の竜はのそりと首を伸ばし、俺達を遥か高みから睨め付けた。


『……我が庭に無断で立ち入る不遜な小さき者どもが。誰の許可で! その耳障りな音をまき散らしている!』


 見た目からは想像できない流暢な言葉を叩き付けて来た。


 それだけでも、今の俺の身体には十分すぎる程の圧力がかかっている。身じろぎするのも一苦労だ。


 だが、ひるまず俺は前へと一歩踏み出した。


「──うるっせぇぞ、このボンクラトカゲ!! 俺の許可に決まってるだろうが! 文句あんのか、ああん!?」


 今持てる全力を振り絞って、細い瞳孔を見上げて吼える。


『何を言い出すかと思えば……!』


 金色の竜はカッと目を見開くと、おもむろに頭を地面まで降ろし、俺達の目線に近寄せた。


『……あああああ!!』


 俺の顔をじっくりと観察した後、金竜は背筋を伸ばしてずしゃりと後ろ足で立ち上がると、前足をゴマでもするように水平に合わせて見せた。


『こ~れはこれは! ヴェリスの旦那じゃあ、ございやせんか! こいつは失敬失敬!』

「ふん、やっと気付いたか。この鳥頭が」

『いや~、あっしにはただでさえニンゲンの見分けが難しくって。その上旦那の姿が変わってしまったとあっちゃぁ、また1から覚え直しですからねぇ。この通り、勘弁してやってくださいよ」


 先程までの貫禄はどこへやら。ぺこぺこと、露骨なまでに卑屈な物言いに早変わりしていた。


『ああ、なんならドゲザとやらでも致しやしょうか? ニンゲンにとっては最上級の詫びってもんでございやしょう?』

「そこまでする程の事じゃねぇ。とにかくまずは縮め! その図体と話していると首が痛くなる」

『へい、合点で!』


 軽い調子で返事をすると、金竜の姿は眩い光に包まれ、一瞬にして中型犬程の大きさにまで縮小していった。


「……これでよござんすね?」


 言いながら金色のカーテンの中から現れたのは、ぬいぐるみのようなディフォルメが施された愛らしい子竜の姿だった。


「……な……な……」


 怒涛の展開についてこれず、口をパクパクさせるだけのエルニア。


「という訳で、紹介するぜエルニア。察しの通り、こいつが()()黄金の古竜だ。今はポチと呼んでいる」


 俺が名を呼ぶと、ポチはエルニアの前へと進み出た。


「こりゃあまた新人さんで? あっしは紹介に預かりやした、ポチというケチな竜でござんす。どうぞお見知りおきくだせぇ」


 そう言って、ひょこりと愛嬌のある仕種で頭を下げた。


「……な……なな……」


 エルニアは今にも卒倒しそうにふらついた足取りで、一歩、二歩と踏み出した。


 その様子を怪訝に思ったのか、ポチが小首を傾げてみせる。



 そこで、何かが切れた音がした。



「──なんなんですかこの可愛い子はぁぁああ!?」


 そう叫ぶと、エルニアは鼻血をまき散らしながら、ポチへと猛烈なタックルをぶちかましていった。


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