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生ける災害

 山のような巨躯が太陽を覆い隠し、俺達へと影を落とす。



 背に生えた2対の長大な翼を交互にはためかせ、旋風を巻き起こしながら滞空している。


 コウモリの羽にも似た皮膜は、両翼合わせれば街一つを覆い尽くさんばかりの大きさだ。


 それらが一つ打ち鳴らされるだけで、俺の身など簡単に宙へ巻き上げられそうな烈風が地表へ届く。


 俺がアンバーの陰に隠れて風をやり過ごしている間に、そいつは羽ばたきを止め、一気に急降下して地面へと降り立った。



 ズン──



 あまりの轟音のせいで、音としてはそれしか聞き取れない。


 しかし着地の衝撃たるや、先程のアンバーの一撃が霞むほどの強烈な振動だった。


 脚と胴体が接した地面は深く陥没し、周囲へ無数の地割れを生んでいく。


 同時に、羽ばたきとは別次元の衝撃波が俺達を襲う。


 俺とエルニアはアンバーの鎧へしがみつき、セレネは自前の魔力障壁でそれに耐えた。


 たたらを踏むどころではない。

 アンバーがいなければ、彼方まで吹っ飛ばされていたただろう。



 狂風の舞踏が止むと、堂々たる巨体が視界に姿を現した。


「……あ……あれは……まさか……」


 エルニアがわなわなと唇を震わせている。



 目前に降ってきたものを一言で表すなら、4枚の翼が生えた巨大な爬虫類である。



 表面はびっしりと鎧のような鱗に覆われ、4本の脚の指先には鋭い鉤爪が伸びている。その1本ですら人1人分の長さだ。


 太い胴からは首が長く伸び、そのうなじから背中、尻尾にかけて、大小様々な棘が連なっている。


 首の上には、細長い蛇の頭をこれでもかと凶悪にした強面が乗っており、後頭部からは(いびつ)な螺旋を描く巨大な角が二本突き出ている。


 唇の無い口元は歯茎を余さず晒し、無数の刃を思わせる牙を剥き出しにしたまま噛み合わせている様は、まるで獰猛な笑みを浮かべているようだ。


 顔の左右に付いた目は瞳孔が縦一筋になっており、細めた金色の目を爛々(らんらん)と輝かせながら俺達を見下ろしていた。


「り……竜……? 本物の、竜……?」


 エルニアが戦慄を隠し切れない様子で呻いた。



 竜。



 これほど有名な魔物は他にいまい。


 お伽噺や英雄譚には定番の大いなる者。


 人類を脅かす、最大にして最凶の生ける災害。


 その知性や魔力の高さから、神秘的な一面を指して幻獣とも呼ばれる至高の生命体。


 それがこの世界において竜と呼ばれる存在である。


「なぜ竜かこんなところに……! ま、まさかここは彼らの縄張りなのですか!?」


 狼狽えたエルニアが俺の肩を掴んで揺すって来る。


 エルニアの慌てぶりはもっともだ。


 竜は非常に強力な怪物ではあるが、繁殖力が低く個体数が少ない。


 人類が繁栄するにつれ、狂暴な竜種はあらかた駆逐され、争いを好まない性格の竜達は生息域を狭めて行った。

 現在はそのほとんどがアドベースより北の、常人がおいそれと入り込めない山脈へと引き籠っている。


 こうして遭遇する事などはそうそうある事ではない。


「そ、それに! あの鱗の色、あれは、あれは……!!」


 エルニアが震える指先で示す竜。


 その全身の鱗は陽光を照り返し、眩い金色(こんじき)の輝きを放っている。


「──黄金の古竜!! かつてこの国を破滅に導こうとした、かの邪竜ではないのですか!?」




 ──グルルォォオオアアアアアアアアッ!!




 エルニアの必死の問いに呼応するように、黄金の古竜はその(あぎと)を割り開き、激しい咆哮を轟かせた。


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