悪化する治安
「俺の不在が長引いて、いよいよ治安が乱れつつある。だが、探索は思った以上に時間がかかりそうだときた」
エルニアが寝ている間にリッチのいた大広間の探索を済ませたのだが、成果は上々とは言えなかった。
俺とリッチが派手にやり合った上、その後も異形が入り込んでいた事もあって、現場は滅茶苦茶だったのだ。
なんとか無事だった書物や紙束が、いくつか回収できたくらいである。
それらも結局まだ俺に読める代物ではなかったので、レイシャに預けて解読させている。
あそこが外れなら、他に書斎としていた場所があるかどうかに賭けるしかない。
「一直線に進んだだけで1時間かかる広さだからな。横道がいくつもある上、奥はそれ以上に長い可能性もある。その上あの異形どもだ。とても一朝一夕にゃ踏破できねぇだろう」
俺は果物ナイフを取り上げながら、忌々しい思いで吐き捨てた。
下手をすれば、何ヵ月単位の勝負となる事もあり得る。
探険そのものは望むところではあるが、悠長に構えてもいられない。
「俺が表に出なくなってまだ一月も経ってねぇってのに、両手の指に余る掟破りが出てやがる。今後は更に増えるはずだ」
ギルド直下の警備隊はよくやっているものの、この勢いでペースが上がっていけば、やがて手が回らなくなるだろう。
それこそギルドによる支配が揺らぎかねない。
「探索してる間に拠点がなくなっちまったら元も子もねぇ。と来れば、まずはアドベースの治安維持を優先しなきゃならん。ここまでは分かるか?」
俺がそう振ると、エルニアはしばし考える素振りを見せる。
グレイラから掟についてはある程度聞かされているのだろう。それに対しての質問はなかった。
代わりに、
「あの……ここ数週間は、フェーレスさんとアンバーさんのお二人で暴徒を処刑……鎮圧されていたんですよね? それでも抑え切れないものなのですか?」
アドベースの事情に疎い者ならではの、そんな疑問を呈した。
「なぁに? エルにゃん。あたしらが舐められてるって言いたい訳?」
フェーレスはハムを切り分けていた手を止め、ナイフの切っ先をエルニアに向ける。
その瞳と刃が、威圧するようにきらりと光を放った。
「い、いいえ! そんなつもりは……」
慌てて否定するエルニアから視線を外し、フェーレスはハムに向き直って俯いた。
「ま、そうよねー。同じSSランクなのに、ヴェリスと愉快な仲間達で一括りにされてるし? ヴェリスと一緒にいただけでSSになったとか言われてるし? 吟遊詩人も個別に詩作ってくれないし? そりゃ軽く見られるわよね~」
「あ、あの、ごめんなさい。本当に、悪気はなかったんです」
フェーレスがハムをスパスパと刻みながら自虐すると、エルニアは慰めるように言い繕った。
「いやもう無理。あたし、超傷付いちゃった」
わざとらしく肩を落とすフェーレスに、エルニアはおろおろと懇願するばかりだ。
「そ、そんな事言わず……この通り、謝りますから。機嫌直して下さい、ね?」
それを見たフェーレスが、背けた顔に意地の悪い笑みを浮かべるのが俺の位置からは丸見えだった。
「じゃあエルにゃん、あたしのお願い聞いてくれる?」
「え? ええ、私にできる事ならば……」
「まともに相手をするなエルニア。フェーレスも、いちいち話の腰を折るんじゃねぇ」
エルニアが困惑しつつも首肯しようとするのを止め、フェーレスを一睨みする。
「こいつの話は半分に聞いておけ。隙を見せるとつけ込んでくるからな。前にも言っただろうが。人をおちょくるのが趣味なんだよ」
「は、はぁ……」
フェーレスの舌打ちを無視しながらエルニアに言い聞かせると、俺はリンゴの皮を剥きながら仕切り直した。




