日常回帰
「いつだって……どんな困難も、遊戯と変えてしまいますのね。貴方の冒険好きも筋金入りですこと。それとも、博打好きと呼ぶべきでして?」
どこかうっとりとした色を瞳に浮かべ、俺を見詰めるセレネ。
「なぁに、お前らが持ち味をきっちり出してくれりゃ、一か八かなんて事は滅多にねぇ。足りない分は俺が埋めてやる。勝ち目だけにしちまえば博打は成立しない。違うか?」
俺が口角を上げると、セレネの笑みも膨らんだ。
「ふふ……詐欺師ではなく、イカサマ師でしたわね」
「ふっ、運もイカサマも実力の内だぜ」
俺はセレネに近寄ると、その肩をぽんと叩いた。
「ま、そう言う訳だ。元に戻るつもりはちゃんとある。だが、せっかくの寄り道くらい楽しもうぜ」
「そこまで言われては仕方ありませんわね」
ようやく呑み込んだ様子のセレネは、肩に置かれた俺の手に自分の指を添えた。
「それじゃ、俺達も飯にするか。勧誘にやたらと時間がかかったせいで、俺も腹が減った」
「ええ、そうですわね」
歩き出そうとする俺の手をセレネが離さない。
「……なんだ。手でも繋いで欲しいのか?」
「いえいえ。ですから、お食事に致しましょう? ここで。二人きりで」
可憐に微笑んだまま、俺の手を握る手に力が込められる。
「私に肉体労働をさせた対価……もしやお忘れかしら?」
──しまった! それがあった!
空腹のセレネと二人になってしまうとは、なんと迂闊な事をしたのか……!
話をしたそうにしていたとは言え、アンバーくらい同席させるべきだった!
悔やんでも時既に遅し。
あっという間にもう片方の手も拘束され、セレネの唇が迫り来る。
俺は覚悟を決め、来たる性的な衝撃に備えて目をぎゅっと閉じた──が。
「──こんの女狐があああああ!!」
咆哮と共に、俺を掴んでいたセレネの手が離れ、次いで、ばっしゃーん! と派手な水音が響き渡った。
目を開けると、セレネの代わりに怒りに燃えるフェーレスの横顔があった。
どうやら脱衣所からすっ飛んできて、そのままセレネへ飛び蹴りを食らわせたらしい。
風呂釜を見れば、蛇のようにずるりと這い出して来るずぶ濡れのセレネの姿があった。
「……よくもやりやがりましたわね、野良雌猫風情が……」
「こっちの台詞だっつーの! ちょっと目を離せば独り占めしようとして!」
フェーレスが飛び掛かってセレネの頬を両側からつまんで引っ張った。
「あにふうんれふお!」
セレネも負けじと相手の頬をつねる。
そのままお互いにふがふがと聞き取れない罵声を浴びせ掛け合う二人。
「……勝手にやってろ」
呆れた俺は放置してダイニングへと足を向けた。
この手の騒ぎは、ここ数週間で大分見慣れたものだ。
だが、この賑やかさがしばらくは続いてもいい。そんな風に思う部分も心のどこかにあるのだろう。
歩き出した俺の口元は、自然といつものにやりとしたものを浮かべていた。
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