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窮鼠

 アンバーが跳ね飛ばし、フェーレスが切り刻み、セレネが叩き潰す。


 異形どもを蹴散らし快進撃を続ける最中、余裕を取り戻した俺は周囲の状況を分析していた。


 行く手にはそこそこの数の異形が待ち構えているが、床には倒されて間もない死骸が散乱している。

 エルニアは途中の十字路へ逸れず、真っ直ぐに進んでいると見ていいだろう。


 俺は入り口からの距離を測りながら、以前訪れた際に頭に書き込んでいた地図を思い浮かべ、現在地と照合した。

 確か、今通り過ぎた十字路を最後に、この先はもう最深部まで一直線だったはず。


 それを示すように、道を阻む異形の姿が目に見えて減ってきていた。


 後はこのまま追い詰めれば、自然と目的地にも辿り着く。


 大回廊をひた走り、既に動く者は俺達だけとなった頃。行く先に目標の姿が見えてきた。


「……いたぞ!」


 俺の声を受け、3人が前方彼方へ視線を集中させる。同時にセレネが光源の出力を上げ、俺の暗視の範囲までも照らし出した。


「──っはっはっは……あっははハハハハハ……!!」


 最深部の扉の前に、灯りに照らされようとお構いなしに哄笑をあげているエルニアの姿があった。

 その全身は返り血で染まり、新品だった革鎧は面影もなく真紅に成り果てていた。


「フェーレス! 確保だ!!」

「はいさ~──ってああああ!? あたしのお宝になんてことしてくれんのよ!!」


 俺の指示を受けたフェーレスが壁を蹴るも、空中で悲鳴をあげた。


 扉前に放置していたゴーレムだったものが、見るも無残にコマ切れにされていたのだ。


「これじゃ価値がガタ落ちじゃないの! 相応の覚悟はできてんでしょーね!?」

「……はは! まだ動く者がいたか! まだ殺せる者がいたか! あはははは! よし、良し!!」


 俺達の姿を認めると、狂ったような哄笑から一転、嬉し気な調子でこちらに向き直り、フェーレスへと剣を突き付けるエルニア。


「良くねーのよこの小娘が!! ぶっ殺されてーの!?」

「腕の1本2本は構わんが殺すんじゃ……何!?」


 怒りに燃えるフェーレスを制止しようと声をかけた俺は、思わず目を(みは)った。


 叫ぶと同時に放たれていたフェーレスの鋼糸を、エルニアは瞳の赤い炎を揺らしながら紙一重で躱して見せたのだ。


「はははは!! ほぅら死ねぇ!!」


 そのまま鋼糸の隙間をかい潜り、フェーレスへと斬りかかるエルニア。


「ああん!? ひよっこが舐めてんじゃねぇぞコラァ!!」


 すっかり昔の口調に戻ってしまったフェーレスが、エルニアの剣を宙返りで避けながら両の手を縦横に振るう。


 音は無かった。


 網目状になった鋼糸の波を躱し損ね、エルニアの両腕がハムのように何枚にも薄く輪切りにされていく。

 手放された剣が床に落ちてからんと音を立てた時、遅れてどばりと血の花が咲き乱れた。


「む……!」


 激痛からか、一瞬エルニアの動きが止まる。


 その隙を見逃すフェーレスではない。瞬時に背後を取ると、エルニアの首へ腕を回して締め落としを試みた。


 しかし……


 フェーレスの顔が驚愕に歪む。恐らく俺達全員が同じような顔だったろう。


 斬り崩され床に落ちたエルニアの両腕だった肉片。


 それらが時を巻き戻すように、元ある形へと返り始めていた。


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