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斬閃

「こちらも緊張が解れて来た所です。存分にお試し下さい」


 フェーレスの安い挑発にも生真面目に返事をすると、エルニアは正面に構えていた剣を下ろし、先端をやや左下に傾けた。それが本来の構えなのだろう。


「正面に剣を立てるのは、相手の出方を探る時のセオリーだ。それを解いたって事は、今の攻防だけでフェーレスの技の正体を掴んだな。良い眼をしてやがる」


 片腕を組んで顎に手を当てつつ呟く俺へ、アンバーが追随する。


「然り。まだまだ余力も残しておられるご様子。果たしてどこまでのものをお持ちか、とくと拝見致しましょうぞ」


 俺達がそんな会話をしている間にも、フェーレスの両手が揺らめき始める。


「よく言った、ひよっこちゃん! そうとも、こっからが本番なのだ!」


 ヒュヒュンと複数の風切り音が、俺の耳にも届いた。


 左右に範囲を広げた事で、脇にいるこちらの目前を掠めて行ったのだ。


 フェーレスの鎌鼬は手を捻る角度を調整する事で、ブーメランのように弧を描く変化球をも放つ事が出来る。


 それら様々な方向から無数に襲い掛かる透明な刃を、エルニアは下方から剣を逆袈裟に振り上げ、一刀の元に全て斬り散らした。


 パキィィン……!!


 ほぼ同時に撃ち落とした為に、破砕音が一つのみ響く。


「わーお」


 珍しくフェーレスが感嘆の声を上げる。

 俺も同様に喝采を送りたくなるのをぐっと自制した。


 エルニアは先程までのステージで、鎌鼬の見極め方を覚えた。

 即ち、刃の軌道の僅かな大気の揺らめきと、微かな風切り音を捉える事だ。


 それを成しただけでも称賛に値するが、特筆すべきは今の攻めに対する適切な行動だ。


 来るのが分かったとしても、一つ一つ弾いていたのでは次への動作が微妙に遅れてしまう。絶えず全方位へ気を配らねばならない対集団戦では、その僅かな()こそが明暗を分ける。積もり積もれば致命的な隙が生まれる事に繋がるからだ。


 そこでエルニアは先程までの細かい動きをやめ、倍に増えた鎌鼬をも瞬時に見切った上で、ぎりぎりまで引き付けて一斉に切り払うという、実に大胆ながら理に適った方法を選んで見せた。

 全てを一度に片付ける。まさに俺が遺跡でやっていた通り、実行さえ出来れば最も効率が良いやり方だ。


 鋭い動体視力、学習能力の高さ、そして閃いた作戦を即座に実践出来る確かな技量と身体能力。

 どれを取っても不足はあるまい。


 何と言う掘り出し物だ。元聖堂騎士の肩書に恥じぬ、見事な腕前である。


 俺は知らず知らずの内に、拳を握り締めて小さくガッツポーズを取っていた。


「ヒューヒュー、やるねぇ、お嬢ちゃん! ここまで耐えた奴は久々だわ~! ほらほら、こいつはどうかな? どうかな~?」


 すっかりテンションだだ上がりのフェーレスが、嬉し気に声を弾ませている。


「……(はた)で聞いてると、マジでうざいなあいつ」

「……黙秘致します」


 俺の嘆息を他所に、フェーレスの手の動きが徐々に鋭く、大きいものとなっていた。


 今や肘までも使い始めており、一振りで数十もの刃を生み出している。

 斬っても斬っても闇の奥から湧いて出る、異形どもの波状攻撃の再現としては完璧に近い。


 それすらも見切ったエルニアの剣が、一閃される度に小気味良い音を奏でていく。


 剣速だけならば、フェーレスにも届かん勢いだ。

 これだけの腕があれば十分だろう。


 そう思い試験の終わりを告げようと、俺が声を上げかけた時。


「よ~しよし! ここまで来れたのは褒めてあげようじゃない! そんじゃぁ第3ステージ、ラスト1発!」


 フェーレスが鋭く吠えると、大きく左右の腕を広げるように振り払った。


 ブワァッ!!


 最早鎌鼬どころが竜巻のような烈風が、両者の間へ吹き荒れる。


 あの馬鹿、調子に乗って加減を忘れやがった!


 エルニアの身を案じ、俺の背筋を冷やりとしたものが伝うが……それは杞憂に終わった。


 当のエルニアは一度大きく後退すると、竜巻に向けて怯みもせずに踏み込みながら、上段からの一撃を振り下ろす。


 その太刀筋は、竜巻にも負けず劣らずの巨大な斬閃を描き、進路の物全てを真っ二つに引き裂いていった。


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