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採用試験

 初撃を撃ち落としたエルニアが、僅かな驚愕を瞳に浮かべている。


 確かに何かを弾いた手応えを感じたはずだ。外野の俺達もその音は聞いている。


 だがしかし。

 弾いたはずの物がどこにも見当たらないのだ。


「はーい、第1ステージクリアおめっと~。今のは入り口開けた時の奇襲ね。それじゃ、次は第二波~」


 フェーレスが緊張感の欠片も無く口を開き、同時に振るわれた手に合わせてエルニアは剣を振り払った。


 ギィン! キキキン!


 正体不明の攻撃に戸惑ったのも束の間、エルニアは集中を高めて見えざる攻撃をしっかりと凌いでいく。


「まずはお見事……と言えますな」


 俺の隣に寄って来ていたアンバーがぽつりと呟く。


「ああ。手加減してるとは言え、初見であれに反応出来ただけでも大したもんだ」


 それに同意しながら、俺はほっと胸を撫で下ろしていた。


 下手をすれば一瞬で終わってしまう可能性もあったが、ひとまず出だしは好調だ。


 フェーレスが繰り出す高速の連続攻撃を、エルニアはその場から退くことなく最小限の動きで次々と弾く。

 その顔からは既に焦りは消え去り、完全な武人として戦闘に没入を始めていた。


「いいよいいよー、その調子。段々数が増えるから集中ね~」


 左手を腰に当て、自然体のまま右手の先のみを振るうフェーレス。

 その言葉通りに、エルニアが何かを弾く音のペースが徐々に上がって行った。



 指弾、と言う技がある。


 肉体を武器とする格闘家の奥義の一つだ。

 親指を拳の内側へと握り込み、強烈に弾き出すことで圧縮した空気を(つぶて)として投擲するもので、徒手にして遠距離攻撃を可能とする神業である。


 本来ならば途方もない修練の果てに会得するものだが、フェーレスは類稀(たぐいまれ)な速さと柔軟性のみで似たような技を編み出してしまった。


 驚くべき事に、手首の捻りと指のしなりだけで空気を弾き飛ばしているのだ。


 身体の起こりも何もなく、軽く手首を振るっただけで、不可視の攻撃が正確に急所へ襲い来る。


 その恐ろしさを、まさに今エルニアは身をもって体験しているだろう。

 チリッと、防ぎ損ねた一つがその頬を掠め、皮膚を浅く切り裂いた。


 音速を超えるフェーレスの手から発生する衝撃波は、最早礫と言うには生温い。人の肌など軽く切り刻む、鎌鼬(かまいたち)とも呼べる代物である。


 本来なら、服を脱がすだけの変態技を神の手などと名付けず、こちらこそをそう呼ぶべきなのだ。


 これ程の絶技を、「短剣投げると回収するのがめんどい」との理由で思い付いたと言うのだから、とことんふざけた奴だ。


「……久々に見たが、あいつも人の事言えねぇくらいには人間辞めてるよな」

「左様で。こと速さと器用さにおいては、勇者殿とも渡り合いましょうぞ。それでこそSSランク。それでこそ道行きを共にする価値や有り」


 ぽろりと零した俺の感想へ、アンバーが深い相槌を打って見せた。



 手配犯として各地を荒らしていた頃のフェーレスは、まだ10代の小娘だった。しかし俺が捕縛に出向いた時にはもうこの技を身に着けており、果敢に挑んできたものだ。


 実際大した技だった。当時既にSSランクだった俺に初っ端から命中させたのだから。

 ただ、一つ欠点を挙げるとすれば、一発一発で見れば威力が弱い事か。せいぜいが短剣で斬り付けた程度で、重装備の者や大型魔獣相手には効果が薄い。遺跡のタフな異形の大掃除には向かないと、自らも認めている。

 それでも並の戦士では対抗しようもあるまいが、俺にとっては防御の必要すらなく、ただ直進してあっさりと首根っこ引っ捕まえてやった訳だ。


 その時俺は、生意気だが才気に溢れる小娘を死罪にさせるのを惜しみ、国とギルドに掛け合って引き取った。そして冒険者として鍛え上げてやった結果がこれだ。

 我ながら慧眼だったと言えよう。



 慧眼と言えば、今はそうだ、エルニアの才を見極めなければ。フェーレスとの思い出に浸ってどうする。


 意図せず深い思考に陥っていた意識を、立ち合いの場へと戻す。


 すると丁度、次のステップへと切り替わる所だった。


「はーい、第2ステージクッリア~。いい調子ね~。第3ステージは十字路に差し掛かりまーす。と、言う訳で……」


 未だ息の乱れないまま剣を構えるエルニアを見て、フェーレスは心底楽しそうな笑みを浮かべると、腰に当てていた左手を持ち上げた。


「左右からの敵も合流するから一気に増えますよー。覚悟は良いかな、お嬢ちゃん?」


 両手を顔の前で交差させ、その裏でフェーレスは(わら)っていた。


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