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暴走

 無理もない。半ばフェーレスに扇動された形とは言え、初対面の相手へ自らの性癖をあれ程(つまび)らかに語ってしまったのだ。


 変態である事をむしろ誇りに思っているフェーレスやセレネならいざ知らず、普通の感性があれば自殺ものである。


「あ、ああ……やってしまった……」


 エルニアは大粒の涙を流しながら、俺同様に床へと沈み込んだ。


「SSランクの皆様の……更には年端も行かない子供の目前で、このような大失態を演じるなんて……」


 ぼそぼそと呟くエルニアが、不意に右手を大きく振りかぶると、猛然と床へ叩き付けた。


 ゴスン!!


 と木製の床を轟かせ、拳から血が滲み出るのも構わず連打をしつつ慟哭する。


「──うわああああああん!! 私の馬鹿!! 何故いつもいつも大事な場面で自制ができないの!? 団長に騎士の資格が無いと言われるのも当然でしょう!! こんな事なら、大人しく追手に討たれていれば良かった!」

「エ、エルニア殿! 何をなさるので!?」


 呆気に取られる俺の代わりにアンバーが声をかけるも、エルニアは構わずに続けた。


「止めないで下さい! これ程の醜態を晒してしまってはもう生きては行けません! いえ、始めから私など生きていてはいけなかった! かくなる上は……!!」


 喚きながらエルニアは革鎧を脱ぎ捨てて正座をすると、剣を抜き放ち、止める隙も無いままに己の腹部へ突き刺したではないか!


 ぶしゅり、と先の鼻血とは比較にならない量の鮮血が(ほとばし)る。


「何やってるんですかエルニアさん!?」

「ぅぐ……!! 東方の武人の作法に、切腹と言う断罪の儀式があると聞きました……皆様の御前(おんまえ)にて無様なものをお見せしてしまった罪と恥を(そそ)ぐには、こうして命を捧げる他無いと……!」


 口から血を吐きながらも、なおもエルニアは己の腹に突き立てた刃を抉る。


 なんという斜め上に突き抜けた生真面目さだ。

 気持ちは分かるが、本当に自殺する奴があるか!


「待った待った!! あーもう、アンバーさんセレネさん!」

「承知」

「ふぅ、世話の焼けますこと」


 俺が名を呼ぶだけで意図を把握した二人が、エルニアへと詰め寄っていく。


「ど、どうかお構いなく……このまま死なせて下さい……!」

「ヴァイス様のご意思です。貴女の意見は関係ありませんわ」

「……な……!?」


 セレネの一瞥によって、剣を握るエルニアの手から力が抜け、だらりと垂れ下がる。

 麻痺の魔力を込めた視線で、身体の自由を封じられたのだ。


 そして全身を支える事もできなくなったエルニアをアンバーが支え、ゆっくりと床に横たえながら祈りを捧げた。


「主よ、この者の傷を癒し給え」


 奇跡が発動すると共に、エルニアの腹に刺さった剣が独りでに抜けていき、床にからんと転がった。


 瞬時に塞がっていく肉に押し出されたのだ。


「なんて事……たったそれだけの祈りでこの傷を……?」


 辛うじて動く口で、驚愕の言葉を吐き出すエルニア。


 今アンバーが起こした奇跡は、回復術の中では低位に属するものだ。

 エルニアの傷は間違いなく致命傷だった。本来ならばもっと格上の奇跡を用いらなければ間に合わなかっただろう。


「自ら命を絶つ行為とは、主の与えたもうた生命を捨て、人生と言う闘争へ背を向ける、最も愚劣な行いなり」


 アンバーの静かな言葉に、ゆらりと瞳を震わせるエルニア。


「しかし貴殿はこうして主の御慈悲を(たまわり)り、回復を果たされた。即ち我が主は、貴殿の道行きに勇者の光を見出されたと言う事に他なりませぬ。その歩みを止めず戦いを続けるようにと、崇高な試練をお与えになったものと心得られよ」

「あ……ああ……!!」


 エルニアが打ちのめされたように瞼をぎゅっと閉じた。


 人生は闘争である、とは戦神の徒らしい説法だ。


 奇跡の効果は信仰心に比例して高まる。

 聖堂騎士は武力は当然として、教会の神官として奇跡の習熟も求められるのだ。その分、アンバーの驚異的な信仰心の篤さが身に染みて分かったはずだ。


 アンバーの説法に感動しただけではなく、SSランクの格の違いをも思い知った事だろう。エルニアは涙を流しながら嗚咽(おえつ)を漏らしている。


「全く……なんでこんなどうでも良い事で流血沙汰になるんだか……」


 俺が近寄りながらそうぼやくと、緊縛が解けたのだろうエルニアが、がばりと身を引き起こした。


「ど、どうでも良いとは何ですか!? とても他人様(ひとさま)には明かせない秘め事を、こんなそうそうたる顔ぶれの前で暴露してしまったんですよ!? このまま生き恥を晒せと言うんですか!!」

「まだ傷が塞がったばかりです。興奮せぬように」


 俺に掴みかからん勢いで叫ぶエルニアを、アンバーがやんわりと押さえ付ける。


「その秘め事とやらが、もう今更って事なんですよ」


 頭を掻きながら、俺はパーティの三人を目で示した。


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